今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第160回 2016/07

“家”を拠点に地域包括ケアを学ぶ「TOHOいえラボ」プロジェクト(前編)

マンションの一室を活用し、ユニークな看護教育を行うTOHOいえラボプロジェクト。2014年に取り組みがスタートし、今年で実施3年目を迎えました。いえラボが実践する「柔軟性を育てる看護教育」「多職種横断型プログラム」とはいったいどんなものなのか……。責任者の横井郁子さんにお聞きしました。

東邦大学看護学部 教授
横井 郁子 氏

TOHOいえラボプロジェクト

仮想住人「坂東さん」の家で暮らしを見据えた看護師を育てる

「TOHOいえラボプロジェクト」(正式名称:都市部の超高齢社会に挑む看護師養成)は、東邦大学が行っている、“家”を中心とした看護師養成プロジェクトです。東京都大田区の閑静な住宅街にある集合住宅、その一室をお借りして、「高齢者が『暮らす』とはどういうことなのか」、「入院する前、退院したあとに、どのようなケアをすると効果的か」といったことについて、体験しながら学習できるプログラムを提供しています。現在は、学部生向けに一つ、大学院生向けに一つ、現役看護師向けに5つの、計7つのプログラムを展開中。マンションの住人や地域の方々、学生の実習先である介護施設の皆さんにご協力いただきながら、世代・職種横断型の地域包括ケアについて学びを深めているところです。

いえラボ最大の特徴が、「坂東邦恵さん」という仮想住人を設定しているところです。「3年前に夫に先立たれ、一人暮らしをしている75歳の女性が住まう家」という想定で、家具、家電、食器類などをレイアウトしていきました。ほかにも坂東さんには、「短大を卒業後、出版社に就職し、家事と育児を両立しながら定年退職まで勤め上げた」「夫は悪性リンパ腫を患い、在宅医療を受けて自宅で最期を迎えている」など、細かい物語が設けられています。これらの“設定”があることで、人や暮らしがイメージしやすくなり、より具体的な議論へと発展しやすくなるのです。

立ち上がりをサポートする手すりつきチェスト、アルミ素材が織り込まれているカーテン、滑りにくく柔らかい樹脂コップなどなど……。いえラボは、自宅で夫を看取った坂東さんならではのアイテムであふれています。その工夫を感じながら、家に送り出すための看護について考えを深めることができる。また、地域の方々に学習の様子やいえラボそのものを見ていただくことで、看護や介護を身近に感じていただく役割も果たしているものと考えています。

将来的には看護師だけでなく、介護士、地域の方々、子どもたちが集い、日々の暮らしや健康について気軽に語り合う場にしたい――。いえラボは、そんな“学び合いの場”を目指して、日々、運営されているのです。

理工系大学院での経験がいえラボの発案につながった





いえラボプロジェクトは、2014年、文部科学省からの呼びかけがきっかけで始まりました。
当時の看護教育機関は、“病院の中”の看護師ばかりを育てていたように思います。増え続ける患者さんに対処するため自宅に帰して支援を行う、いわゆる「地域包括ケア」が推進され始めていましたが、“病院の外”に出てしっかりしたケアが行える看護師は、ほんの一握りしかいませんでした。そこで始まったのが、文部科学省による「課題解決型高度医療人材養成プログラム」。この事業の一環として「地域での暮らしや看取りまで見据えた看護が提供できる看護師の養成」を目指す取り組みが募集され、私たち東邦大学がいえラボプロジェクトを発案、採択されたというわけなのです。

いえラボプロジェクトの骨子は、主に私が考えました。私は看護師として11年、東大病院に勤務したあと、とある理工系大学院の修士・博士課程で、人間工学や自律神経機能を数値化する研究に取り組みました。そこで出会ったのが、看護師ではない仲間たち。医療福祉建築について学ぶ人や、人とものの関係について研究する人など、とてもユニークな仲間たちと交流をもつことができました。中でも刺激になったのが、組織事故の分析をしている学生に出会ったことです。飛行機や原子力プラントの事故について数値やデータに基づいた詳細分析を行っており、「病院の場合、どうやって事故を分析しているのか」「なにか特別な仕組みや体制は用意されているのか」と、ずいぶん質問されました。そうこうするうちに、彼らが取り組む分析手法を看護に取り入れたいと考えるようになったり、病院の仕組みを客観的な視点で見直したりすることが多くなって……。事故の起こりにくい大きなシステムづくりや施設の在り方などに興味をもつようになっていきました。こうした経験が、のちにいえラボというアイデアにつながったのです。

「よい看護を実践するには、よい器を作ることが欠かせない」、私はそう考えています。医師のように、直接、疾患を取り除くことができないからこそ、私たち看護職は、みんなで団結し、環境を整えて、患者さんをあと押しする必要があると思うのです。看護の知識だけに頼るのではなく、理系、工学系の方々のお力などをお借りしながら。今後も長い目で、いえラボを発展させていきたいと考えています。

東邦大学看護学部 教授
看護キャリア支援センター長
横井郁子氏

【略歴】
1983年 東京大学医学部附属病院入職
1999年 日本大学大学院理工学研究科医療・福祉工学専攻 博士後期課程修了 博士(工学)
2007年 東邦大学看護学部 教授
2007年 ベッドまわりのサインづくり研究会発足
2009年 いのちを見守るコミュニケーションデザインがグッドデザイン賞を受賞
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る