今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第79回 2009/11

要介護の危険信号、ロコモティブシンドローム

世界に例を見ないスピードで進む日本の高齢化。介護が必要な人がますます増大する事態が懸念されています。そんな中、最近、介護が必要になる大きな原因としてロコモティブシンドロームを指摘するグループがあります。この症状に注目した最初のお一人の大江さんにおうかがいしました。

日本ロコモティブシンドローム研究会 委員長
医療法人社団蛍水会
名戸ヶ谷病院 副院長・整形外科部長
大江 隆史 氏

日本ロコモティブシンドローム研究会
名戸ヶ谷病院

ロコモティブシンドロームとは何か

日本の高齢化は勢いが激しく、先進諸国では100年くらいかかって到達するのが、日本はほんの30年で高齢化率が3倍になりました。さらに2005年から2025年までの間に、65歳以上の人が1000万人増えますが、2025年を過ぎるとその伸びは鈍化すると予測されています。
一方、要介護の人は65~69歳で2%、70~74歳4%、75~79歳は10%、80~84歳になると18%になります。ですから、このまま何もしないでごそっと高齢化していくと、要介護の人が非常に増えていくということが分かると思います。2025年までの間に何かをしないと、確実に要介護の人数が激しいい勢いで増えるのです。

要介護になる原因として一般によく知られているのは、脳卒中や認知症などです。しかし、骨粗鬆症で骨が折れる、関節炎で歩きにくくなる、そういう整形外科の病気を全部まとめると、要介護になっている人の実に20?25%は整形外科のことが原因で要介護になっているのです。
ところが、一般の方に「高齢になって心配な病気は何ですか」と聞くと、がんや認知症などは出てきますが、整形外科の病気は上位には入りません。現実にはたくさんの方が整形外科の病気、運動器の病気で要介護になっているにもかかわらず、一般の方の認識はそういうところにはないのです。そこに大きなギャップがあります。

それで、人々に知ってもらい認知してもらう、何か現状を変えるような概念が必要だということで、中村耕三教授(東京大学整形外科)と私で2007年の秋に考え出した新語が"ロコモティブシンドローム"なのです。ロコモーション(locomotion)は移動能力、ロコモティブは移動能力があるという意味です。つまりロコモティブシンドロームは、"移動能力の具合が悪くなる状態や病気を全部まとめたもの"を指しています。

高齢者の整形外科医療は全体を診られなければ対応できない

ロコモティブシンドロームで喚起したいことは、実はもう一つあります。今はどの医学も専門分化し、整形外科も例外ではありません。たとえば背骨専門、関節専門、膝の専門などと分かれてきています。

専門分化は、科学や医学の進歩のためにはある程度仕方のないことですが、その弊害もあり「背骨は分かるが関節は分からない」という医師も増えてきました。しかし、高齢者の問題は高齢になって起こる加齢現象が、腰にも、膝にも、神経にも、体のどの場所にも起こることです。それにもかかわらず、受け皿となる臨床の医師が細かく専門化していて、全体を診られなくなっています。それでは、高齢者の整形外科の医療には対応できません。

移動する能力に関しては、全部がうまく働かないと歩けなかったり、立てなかったりします。たとえば"脚を動かす"という運動の仕組みは、脳で出した"歩く"という命令が神経を通って脚に行くわけですが、その一連の全部がうまくいかないと不都合が生じるわけです。ですから、高齢者の問題は運動器の全部を考えないといけない。私たち医者側の専門分化しすぎたところを改め、全体を診るような考え方を作っていかなければならない。そのために考え出したのが"ロコモティブシンドローム"なのです。

ロコモティブシンドロームの診断法

ロコモティブシンドロームの診断法については、今から研究を始めるのでは遅いので、当研究会が中心となり、整形外科、社会科学の分野、厚労省の報告書なども含めて高齢者の運動器についての研究や報告書を、内外を問わずある限りのものをすべて調べました。こういうことがあると要介護になる、転倒しやすいといった項目をすべて調べたのです。そうすると分野は違っても、かなり共通していることが分かりました。

私たちはそのさまざまな研究や報告書の中から、お互いに似たようなものを一つにまとめるなどして、暫定的ではありますが次の5つのチェック項目、ロコモーションチェック(ロコチェック)を作りました。これは当研究会のホームページでも紹介しています。

①「片足立ちで靴下がはけない」。これはバランスが保てるかどうかを見ます。
②「家の中でつまずいたりすべったりする」。脚がうまく上がらなかったり、脚がスムーズに出ないことで、ちょっとした段差でつまずくことがあります。特に首のところの脊椎に問題があると、脚がスムーズに出ないということがよく起こります。
③「階段の上り下りに手すりが必要」。これは自分の体重を持ち上げるだけの力があるか、関節が問題なく曲げ伸ばしできるかを見ます。
④「15分続けて歩けない」。人はだいたい15分で1kmほど歩けるのですが、高齢になって足腰が弱る原因の中に腰部脊柱管狭窄症という、腰のところで神経がうまく通らないという病気があります。ある程度の距離は歩けるけれど、それ以上では下肢が痛くなって立ち止まらなければいけない。休むとまた歩けるようになる。そのくり返しが起こります。15分ほど歩けるかどうかは、そういう間欠性跛行があるかどうかを見ています。
⑤「横断歩道を青で渡りきれない」。これは歩く速さを見ます。秒速1m以上で歩けるかどうかの目安です。歩くスピードが遅くなると、転倒したり要介護になる可能性が高くなるという報告があります。

以上の5つのうち、一つでも該当するものがあったら、ロコモ、すなわち要介護になる可能性が高いということになります。
ただ、現段階のチェック項目は暫定的なもので、診断基準ではありません。整形外科学会でも、自治医科大学の先生を中心とするグループで、ロコモの早期診断法という研究を2008年から始めており、中間報告が少し出ています。将来的にはロコチェックが少し変わってくる可能性はあります。

ロコモティブシンドロームへの対処法

では自分がロコモらしいと思ったらどうすればいいのか。病気だったら治療してもらえばいいのですが、病気らしくはない、しかしなんとなく足腰が弱くてロコチェックに引っかかったという場合です。対処法はたくさんありますが、これは二つにしぼりました。ロコモーショントレーニング、ロコトレです。

ロコトレその1は「片足で目を開けて立つ」。これは、片足で立つためのバランスを鍛える訓練です。歩くというのは、片足を上げて次の脚が出るまで立っているということです。これが不安定になるとつまずきやすい。片足で立つ時間は転倒などの指標になることが知られていて、15秒以上立てないとかなり不安定です。整形外科の病名としては運動器不安定症です。片足で立つ訓練をしてバランスを保つための脚の筋肉をつける、これは有効です。

もう一つは、「スクワット」。しゃがみこむ体操ですね。ゆっくりしゃがみこみ、日頃あまり鍛えられない膝から上の、太腿とお尻の周りの筋肉を鍛えるスクワットが有効です。これは正しくやらないとうまくいきませんし、かえって膝を痛めてしまいます。正しくお尻を後ろに落として、膝がつま先より前に出ないようにして、膝の曲げる向きはつま先の方向に向ける。ゆっくり曲げてゆっくり伸ばすことが大事です。

歩けなくなる病気の三大要因

実際に整形外科でよくある病気で、歩けなくなる病気の種類は実は多くはなく、当研究会のホームページにも書いていますが、骨粗鬆症、関節の軟骨の老化現象、脊柱管狭窄症の3つです。

骨粗鬆症は、骨折がなければなかなか症状が出ません。私たちのところに来られる患者さんで一番多いのが骨粗鬆症による骨折です。骨をついだり、人工の関節を入れる手術をして治すわけですが、治って1~2年は皆さん気をつけます。骨のお薬を飲んだり、筋肉トレーニングをしたりするのですが、しばらくすると忘れてしまうのです。そして、数年経ってから別の骨が折れたり、人工関節が入っている部分のすぐ下で折れたりして病院に逆戻りします。一度骨折した人は骨粗鬆症があるのですから、それを防ぐだけでもかなり違います。
また骨密度を測って骨粗鬆症があると思ったら、転ばない訓練をするとか、薬物や食事療法をやると効果があります。

人間は気付くと行動が変わります。たとえば、タバコを吸いすぎるとがんのリスクが高まる、そのことに気付くと本数を減らしたり禁煙する動機になります。それと同様、運動器を放っておくと要介護になってしまうことに気付くと変わるかもしれない。とにかく気付いてもらうことが大切だと思っています。

運動器というのは、神経や筋肉などの全部で運動器なので、なかなか理解しにくいところです。しかし、人生80年生かされる時代になったということは、運動器を80年も使わなければならない時代ということでもあります。未曾有の事態なのです。それには意識を変えて対応する必要があります。

大江 隆史 氏
【略歴】

1960年、京都府生まれ。
1985年3月、東京大学医学部医学科卒業。同年5月、医師国家試験合格。同年6月、東京大学医学部附属病院研修医。1986年7月、茨城県立中央病院勤務 整形外科医師。1988年年1月、国保旭中央病院勤務 整形外科医師。1988年7月、   静岡厚生病院勤務 整形外科医師。1991年1月、焼津市立病院勤務 整形外科医師。1992年7月、東京大学医学部附属病院 文部教官助手。1994年7月東京大学医学部附属病院 整形外科医局長。1995年7月、医療法人社団蛍水会名戸ヶ谷病院勤務 整形外科部長。2004年4月より東京大学整形外科非常勤講師。2005年4月より東京芸術大学非常勤医。2008年4月名戸ヶ谷病院 副院長。
【研修・研究歴、専門資格】
1985年 東大整形外科入局
1993年 日本整形外科学会 専門医
1992年より 東大整形外科 手の外科診療班で手の外科の研究、研修を開始、2006年には切断肢・指再接着成功症例が100例を超える
2007年 日本手の外科学会 専門医
1994年より 東芝と共同して三次元透視装置の研究を開始
2002年 東京大学医学博士号取得 「可搬型ステレオ透視装置の開発と臨床応用」
2008年5月 日本ロコモティブシンドローム研究会を設立、委員長
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