今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第161回 2016/09

「年のせい」が見逃しの元に。“手術で治せる”認知症、特発性正常圧水頭症。(前編)

手術で治すことができる認知症「特発性正常圧水頭症」。脳外科の専門領域でありながらも病気に対する脳外科医や初期診療にあたる総合医の認識率が低いため、アルツハイマー型などと誤診に至るケースもあると言います。「約37万人の患者を救うために、多くの手術を行うことと、周知活動が私の使命」と話す東京共済病院の桑名信匡先生は、比較的患者さんの負担が少ない手術法「L-Pシャント術」を生み出した名医でもあります。治療における課題や、病気の特徴などについてうかがいしました。

東京共済病院
正常圧水頭症センター(NPHセンター)長
桑名信匡 氏

東京共済病院

治療率わずか2%の原因は「医師の誤診」

認知症とは、症状の出る原因によって大きく治療方針の異なる病気です。現在確認されている認知症には、いくつか種類があります。認知症患者の約50%はアルツハイマー型認知症で、その他約20%がレビー小体型認知症、約20%が脳血管性認知症、その他の原因が約10%です。同じ「認知症」というくくりでも、症状も治療方法もそれぞれ異なります。
 
私が専門とする特発性正常圧水頭症は、ほかの認知症とは異なり、手術で治る可能性の高い認知症です。しかし残念ながら、約37万人と予測されている患者数に対し、実際に手術が行われているのは全国で7,000~8,000件程度、推定患者数のわずか2%にとどまっています。
なぜなら、この病気は専門の脳外科医にすらあまり知られておらず、非常に多くの見逃しが発生しているからです。
特発性正常圧水頭症他の認知症と大きく違うのは、歩行障害が出ることです。
その他、自発性が落ち、判断力や遂行能力が低くなるのが特徴です。物忘れも発生します。
 
こうした特徴は、患者さんのご家族はもちろん、医療・介護従事者にも「老化により発生する仕方のないもの」と考えられがちです。しかし、本当にそれは老化のせいなのでしょうか? この先入観のせいで、特徴的な症状を脳の病気が原因だと疑わずに、誤った診断を下してしまっているケースが非常に多いのです。そのため、経過観察に留まったり、アルツハイマー型認知症と誤診され、治せるものも治せていないのが現状です。

「年のせい」ではない。疑う視点をもつことが、病気の発見につながる

まずは医師の知識向上のために、周知を広げていかなくてはなりません。
 
2004年当時、私たちは正常圧水頭症研究会で特発性正常圧水頭症のガイドラインを作り、公開しました。現在も私は、講演やメディア出演などを通し認知活動を続けています。医師向けの勉強会や手術見学会も開催しています。少しずつではありますが、特発性正常圧水頭症について知る人が増えていると感じますが、現状まだ充分とは言えません。
 
脳外科医はもちろん、整形外科の医師や総合医にももっと認知を広めていかなくてはなりません。特発性正常圧水頭症には歩行障害が出るため、転んで整形外科を受診する患者さんが非常に多いからです。この病気の約90%の方は転倒しており、そのうちの約4分の1は骨折しているというデータもあるほどです。骨折した患者さんの足腰の筋力や骨に異常がない場合、「もしかして脳の病気が原因では?」と疑いを持ち、脳外科へ紹介していただければと思います。それが病気の早期発見につながります。
 
整形外科の先生たちにも、ぜひ特発性正常圧水頭症の症例をご覧いただきたいと考えています。特発性正常圧水頭症の患者さんは、歩くのが遅くなったり、がに股であったり、うまく足を持ち上げることができずにすり足になったりします。逆に歩き出したら止まれなくなり、足がもつれるケースもあります。
実際の患者さんや動画での説明を見ていただければ、老化による足腰の衰えと大きく異なる特徴があることがわかるでしょう。勉強会に参加いただいた整形外科の方には、その後「もしかして」と当院に相談いただける例が増えています。
 
また、看護師、介護士の皆さんにも疑いの目をもっていただければと思います。患者さんの普段の生活を観察し、そばに寄り添う看護師、介護士さんにこそ、気づける異変があると思います。なんだか歩くスピードが遅くなった、といったわずかなひっかかりでもよいのです。この「もしかして」という疑いが、37万人いると言われる患者さんを救います。

翌日には別人のように! 驚くべき手術の効果

特発性正常圧水頭症の治療に用いられるのは、L-Pシャント術という手術法です。特殊な技術が必要ですが、脳外科の医師が何度か経験すれば、それほど困難な手術ではありません。この病気は、脳脊髄液が脳に過剰にたまっているため、腰椎から腹腔にシリコン製のチューブで流すことで、脳室による中枢神経の圧迫を回復させます。頭部を切開する必要もなく、約1時間程度で終了し、脳外科手術のなかでもリスクも比較的低い手術です。この治療において当院はトップクラスの実績があり、年間約100件程度の患者さんを治療しています。
 
驚くべきことは、手術を行った翌日にはその成果が出ることです。テレビを見る気力もなかった患者さんが、手術の翌日に自分の意思でテレビや新聞を見るようになったり、歩き方がぎこちなかった方が、スタスタと歩けるようになったりもします。脳外科医や他科の医師が、この病気に関する見識を深めるためには、手術前後の患者さんの様子をじっくりと観察することがもっとも近道であり、衝撃的な経験にもなると思います。
 
また、ご家族の方や、患者さんに関わってきた看護師や介護職の方々も、みな一様に驚くようです。これまで、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病と誤診され、ほかのさまざまな治療をされてきても効果が表れず、つらい思いをされてきた患者さんに、ようやく希望の光を見せて差し上げることができるのです。医療に携わる者として、患者さんやご家族の喜ぶ姿は、本当にうれしいものだと日々感じています。
 


後編では、看護師や介護士に期待したい、術後のケアなどについてお話いただきます。

東京共済病院
正常圧水頭症センター(NPHセンター)長
桑名信匡氏

【略歴】
1969年 東京医科歯科大学医学部 卒業
1974年 横浜市立大学医学部 脳神経外科 講座助手
1977年 横浜南共済病院 脳神経外科 初代医長
2002年 横須賀北部共済病院 院長
2009年 東京共済病院 院長
2016年 同院 顧問(前院長)、水頭症センター長
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