今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第80回 2009/12

遠隔看護外来システムが描く近未来の看護・医療

看護とものづくりという考え方の間には少し距離があるように思います。そのような中で、看護発の道具に進歩がないのに驚き、看護における人間工学という立場から研究を続け、看護発の「遠隔看護外来システム」を提唱されている川口孝泰さんにうかがいました。

筑波大学大学院 人間総合科学研究科
教授(看護科学系長)
川口 孝泰 氏

筑波大学

看護をする人、される人のものづくりを目指して

私は看護学の中で、ほぼ20年来、人間工学を中心とした創造・開発研究に大きな関心を持って研究を続けています。それまでの看護学における人間工学研究は、作業学を中心とした人間工学の影響を受け、看護労働・看護作業に関するものが多く行なわれていました。そのため看護学の領域で紹介される人間工学の内容も、看護作業におけるボディメカニクスが中心でした。

しかし、人間工学が「人間学」を前提として「工学」(ものづくり)を進めていくための知識体系であり、アートとサイエンスの両方を合わせ持った学問と考えるなら、今後は看護学の中で人間工学をもっと広く応用・展開する必要があると思ったわけです。看護学は、看護を実施していくのに役立つ知識の体系です。そして看護とは、健康問題を抱えている人に対して、その人が最も良い状態でいられるように専門的な支援をする営みです。このような営みの中で、看護に役立つさまざまな道具やシステムを創造・開発していくことは、看護学の分野で研究されるべき人間工学の重要な課題だと考えたわけです。

看護や介護で使われている道具は、今でも、昔ながらの古くさいものがほとんどです。「介護とデザイン」などと言われるようになったのはつい最近のことで、介護用品売り場には茶色や黒など、暗くなるような色のものが並んでいます。車椅子も、日本の製品はあまりにも現代の人権の常識や基準と違っていて、ヨーロッパの製品と比べたらお話にならないくらいおそまつです。

工学の場合、はんだごてでモノを作って「見てごらん」とやるのが一番早い。それが役立つかどうかはその後の判断になるのですが、10個作って1個でも役に立てばいいのです。そういうトライアルを看護はあまりしてきませんでした。私が現在の研究に取り組むようになったのは、看護・介護をするときに何か少しでも役立つものを作ろうと思ったのがきっかけなのです。

看護・医療の情報基地としての遠隔看護外来システム

筑波大学には近々、地域医療・健康科学イノベーションセンターという、先端研究施設ができる予定です。私はその中に看護・医療の情報基地を作りテレナーシング=遠隔看護外来を作ることを計画しています。
これは何かと言うと、2011年にすべてのテレビがデジタル化され、テレビが高速通信でつながるわけですから、テレビに病院の外来機能を持たせようとする発想です。つまり、今は病院の外来に人があふれてしまっていますから、必要な患者さんは病院で診察を受けるべきですが、経過が安定している患者さんにおいては、自宅のテレビでフォローアップできるのではないかという話です。

つまり、看護研究において私が取り組んでいるのは、次世代のバイタルサイン、いわゆる生命兆候を知る機械を開発して、テレビのUSBジャックにつなげば、今、あるいはもう少し先の予測ができる健康管理ツールの開発です。そうすれば、わざわざ外来に来て医者と3分間話して帰る、というような現状が変えられるのです。

看護の場合は毎日チェックすることが大事なので、月に1回外来に来て、のっぴきならない状態になったのではもう遅いですね。ですから、簡単に測れて、日々健康チェックができることが重要なのです。

このツールのだいたいの完成形はできています。その原理を簡単に言うと、人間が生きているというのは、エネルギーを体内にためこんでいて、いざ何かがやってきたとき、そのエネルギーを小出しに出して対抗しているからなのですが、そのエネルギー、エントロピーの放出を指先で測るというものです。カオス分析という数理解析法を用いるのですが、小さな器械に指先を入れて、脈波形を記録・分析するものです。専門家が見れば、どのような健康状態かが瞬時に判断できますから、各住戸のテレビを通じて健康管理をメッセージできるようになります。

三つの異なる分野の研究グループで、患者さんの自宅でのQOLをサポートする

平成23年度に、さっき言ったイノベーションセンターができれば、遠隔看護外来システムを、脳神経外科の松村教授のグループと、ロボットスーツの開発で知られている山海教授(山海嘉之氏:筑波大学大学院システム情報工学研究科教授)、私との、3つの研究グループで共同研究を考えています。

ロボットスーツに関しては、ネットワークを通じて、ロボットと共存した場合の日常生活でのQOL評価を担当します。 そのため、データベースセンターを作って、病院のサテライトでテレナーシング外来を開くことを計画しています。そうすれば、生活指導やケアが継続的に必要な人は、毎日5分でも10分でもいいので、テレビにつないだ機器にたとえば指先を入れれば、本人は専門的知識がないので分からないことでも、専門家が見れば一目でわかります。本人にも、多少はわかるように工夫すれば、自己管理をしながら専門家支援を受けることができるようになりますね。

もう一つは、患者さんが「いつまで治療するのか、薬ばかり渡される」などと疑問が出てきた時に、セカンドオピニオンが手軽に受けられるようにしたい。それには、知識データベースを作る必要があります。そこにアクセスすればいろんな情報が得られるようにする。普通の人用の文献検索システムがあり、分からないことをクリックしたらその人が分かるように提示してくれる。そうしたデータベースも、作ってしまいましょうという話もしています。

個人の継続的健康管理とデータベース、知識を提供するデータベース、そして近所の医師との連携への展開。そのシステム作りと道具作りを、10年ぐらいかけて研究してきました。今、その集約をしているところです。

これからの看護師はICTの知識が不可欠

専門技術者も作らなくてはいけないので、看護学の習得だけではなく、コンピュータサイエンスとインフォメーションサイエンスを、同時に勉強するコースを作らなくてはいけないと思います。

大学院教育に、どうやってコンピュータサイエンスとインフォメーションサイエンスをカリキュラムとして取り入れていくか、そういうことも課題となります。看護だけでなくて、ダブルメジャー、トリプルメジャーなど、複数の学位取得はこれからは当たり前になっていくと思います。看護の学位を持っていて、しかもコンピュータサイエンスの学位も持っている…、そんな人が出てこなくてはいけないと思います。

医療におけるデータベースの管理は、看護師の役割だと思います。それを医師と共有できるシステムを作らなくてはいけない。私たちはエビデンスを目に見える形で確保し、社会にアピールしていくにはデータベースを握ることが必要なのです。

ここで大事なのは人間の手によってなしえるものと、機械によってなしえるものは、区別していかなければいけないということです。機械によってなしえる看護の限界は、やはり看護を知っていなければできません。すべてコンピュータサイエンス、インフォメーションサイエンスだけでやることなどできないのです。

テレナーシングは看護発の継続ケアです。もっと言うと、看護発のものを一人で10年20年も考えてかけてやってきましたが、他にも同じようにたくさん作り出す人がいたら心強いですね。でも、今はまだそういう人をこれから育てる段階です。
遠隔看護外来を作ってそこで健康管理をする。人の手をくださなくてはならない状態になったときに病院に来てもらうか、こちらから行くか、絶対に最後は人なのです。データベースセンターにデータを送って医師のコメントを確認する。でもいわゆる日々のケアは、将来は自分でやってほしいのです。ですから、今後は、遊び感覚でもできるような健康管理ツールを創り出していきたいなと思っています。

川口 孝泰 氏
【略歴】

千葉大学教育学部卒業、千葉大学大学院工学研究科修了、立命館大学大学院理工学研究科博士後期課程修了(博士(工学))、2009年現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科看護科学専攻教授(看護科学系長)
【主な著書・論文等】
<著書>
『ベッドまわりの環境学』(医学書院、1998.6)
『看護研究ガイドマップ』(医学書院、2002.9)
『リンクで学ぶ看護基本技術ナビゲーション-清潔の援助技術-』(川口孝泰,佐藤蓉子,宮腰由紀子,村中陽子編著,中央法規出版,2003.11)
『リンクで学ぶ看護基本技術ナビゲーション-排泄の援助技術-』(川口孝泰,佐藤蓉子,宮腰由紀子,村中陽子編著,中央法規出版,2005.11)
『リンクで学ぶ看護基本技術ナビゲーション-食事の援助技術-』(川口孝泰,佐藤蓉子,宮腰由紀子,村中陽子編著,中央法規出版,2008.6)
『看護における研究』(日本看護協会出版会、2008)
他多数
1)Kawaguchi T, Uyama O, Konishi M, Nishiyama T, Iida T.Orthostatic hypotension in elderly persons during passive standing : A comparison with young persons.J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001;56A:M273-M280.
2)Kawaguchi T, Azuma M, Ohta K. Development of a telenursing system for patients with chronic conditions. Journal of Telemedicine and Telecare. 2004;Vol10(4):236-244.
3)Satoh M, Kawaguchi T, Masuhara K..Risk factors for revision total hip arthroplasty: emphasis on the characteristics of Japanese lifestyle..Arch Orthop Trauma Surg. 2009 Aug 12. [Epub ahead of print] 他多数
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る