今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第81回 2010/01

高めたい医療従事者の放射線防護への意識

IVRや放射線治療をはじめ、医療の現場では"放射線に触れる機会"が多くなっています。もちろん一般患者が治療などで放射線を浴びることも多く、今、「医療と被ばく」に大きな注目が集まり始めています。「怖い」というイメージが先行しがちな放射線、そして被ばく。その防護と実態について、財団法人放射線計測協会の沼宮内弼雄(ぬまくない・たかお)さんにお聞きしました。

財団法人 放射線計測協会
相談役
沼宮内 弼雄(ぬまくない たかお) 氏

財団法人放射線計測協会

現場で生かされていない被ばく防護の知識

医療現場での被ばくをもっとも強く心配しておられるのが、そこで働く「医療従事者」の方々だと思います。なかでも看護師さんは、大きな不安を抱えていることでしょう。
一口に看護師さんといっても、その職場環境は様々です。ほとんど放射線を浴びることのない職場環境もありますし、がんの治療に携わるなど、被ばくする機会の多い職場もあります。こうした環境によって、被ばくの度合いが大きく変化すると思います。

前者のような職場の場合、ほとんど心配する必要はないと思いますが、後者のような「被ばくする可能性が高い環境」の場合、そこで働く看護師さんは、様々な局面で放射線を浴びていることと思います。レントゲン撮影はもちろん、検査、診断、治療などなど。近年、医療分野における放射線を利用した技術の進展は目覚ましく、従前と比較して被ばくする機会が多くなったと思います。

しかし、そうした現場で働く看護師さんたちが、放射線や被ばくに対して十分な知識を持ち、それが生かされているかというと、必ずしもそうでないのが実情のようです。当然、看護師さんたちは、被ばく防護のための厳しい研修や講座を受けています。受けてはいるのですが、それらの講座や研修が、一過性の形式的なもので終わっているところが問題だと思います。せっかく研修で被ばく防護に対する知識を身につけても、現場であまり生かされていないのが実態ではないでしょうか。

医療用放射線利用の特異性

被ばく防護の知識が現場であまり生かしきれていない理由は、大きく二つに分けられると思います。
一つは、放射線の利用の仕方です。一般には、医療放射線装置には医療従事者と患者さんの被ばく低減化の防護対策が講じられています。しかし、医療の種類、例えば、IVRを行う場合、放射線を照射している状態で医師は患者さんと接して診断、治療を行いますので、このような場合に、放射線防護のための鎧や兜、手袋をつけることは動作が不自由で精密な作業ができにくくなりますので、防護具を装着することが嫌われます。また、不自由さのために逆に放射線の照射時間が長くなって被ばく線量が増える場合があります。さらに、防護対策のための費用が必要になります。これらのために、多少被ばく線量が多くなることを承知の上で医療行為を行う場合があります。現状は、現場の医師が個々のケースに応じて医療行為と放射線の量を決めているのが実情です。看護師は医師の指示に従って作業するわけですから、自然と被ばく防護の意識が薄れてしまうのです。

もうひとつの理由は、「医師や看護師などの医療従事者は、人命を救助するための"聖職者"である」という考え方が根付いている点です。「人命救助のためなら自分たちが厳しい状況に追い込まれたとしてもやむを得ない」「なんらかの被害を受けたとしても己を顧みず職務をまっとうしなければならない」といった考え方が伝統的に存在していて、「医師や看護師さんをどう被ばくから守るか」といった課題が後回しにされてしまいがちなのだと思います。
しかし、近年は多くの職場で「安全文化の醸成」が必要であることが力説されています。これは職場の、上はトップから下は新人に到るまで、組織の人たちが一丸となって職場の安全に取り組もうというものです。看護師さんたちも積極的に自分たちの意見を提言して安全文化を醸成するこが期待されます。

医師や病院の経営者は、自覚を持って被ばく管理を

先ほど「治療における放射線の量は、医師が個々のケースに応じて決めている」と申し上げました。そこで大切なのが、医師の自覚と知識です。
治療を担当する医師が放射線に対するしっかりとした知識を持っていて、なおかつ、きちんと被ばく管理を行っている場合、一緒に働く看護師さんは安心して職務に専念できることと思います。逆に医師の自覚が薄いと、その下で働く看護師さんが必要以上に無駄な被ばくをしてしまいます。ですから、医師には、放射線管理者として放射線防護に強い自覚と知識を身につけていただきたいのです。

言うまでもなく、病院の経営者も、被ばく管理に対する自覚を強めなければなりません。病院経営者には、そこで働く医師や看護師を守る義務があるのです。それにも関わらず、管理の甘い医療機関が多いことはとても残念です。きちんと被ばく管理をしている病院もあると思いますが、日本の医療機関は全体的に、被ばく管理、被ばく防護の意識が薄いと思いますね。

「被ばくする可能性のある職業」に従事している人、その中には放射線関連の研究員や放射線を取り扱う会社の社員もいるわけですが、世界的に見ても、また、わが国においても、その6割は医療従事者で占められています。実に全体の半分以上が、医師、看護師などで、その数は、わが国では約40万人程度といわれています。病院経営者、放射線管理者である医師が現状の甘さを認識して、40万人の医療従事者を守るという強い意識を持つこと。安心して医療に従事するためには、これが欠かせないと私は思っています。

安全と考えられている「被ばく線量限度」とは

さて、ここで少し技術的な話をいたしましょう。一般の人の線量限度は、「1年で1mSv(ミリシーベルト=放射線量を測る単位)」とされています。一方、医師や看護師といった放射線診療従事者に対する線量限度(職業人線量限度)は「5年で100mSv、いかなる1年も50mSv」となっています。これだけ見ると、医療従事者が圧倒的な量の放射線を浴びているように感じるかもしれませんが、一般の人の線量限度が低いのには、もちろん理由があります。一般の方は、

・18歳以前の感受性の高い時期に被ばくする
・全生涯にわたって被ばくする
・個人ごとの健康管理が行なわれない
などのリスクがあります。ですから、線量限度が低いのです。

では、放射線診療従事者の線量限度は、なぜ「5年で100mSv、いかなる1年も50mSv」と定められているのでしょうか。これは、脱毛や白内障といった確定的な影響が、100mSv以下では絶対に発生しないとわかっているからです。そこから考えて、前述のいかなる1年においても50mSv以下という数値が導き出されたというわけです。

一方、がんや白血病などの確率的影響は、「18歳~65歳の被ばく線量が1Sv以下であれば、被ばくによるリスクは容認できる」とされています。かなりあいまいな表現でわかりにくいと思うのですが、そもそも、がんや白血病は放射線だけが原因で発病するわけではありません。個人の生活環境や食生活及び嗜好によっても変わってきます。がんの発症頻度や死亡率は地域間や集団間での変動幅が大きく、5年間で100mSv、一生涯で1Svを被ばくした場合のがんの発症頻度や死亡率の増加は、自然発生がんの変動の幅に埋没してしまい、検出できません。ですから、「○Svの放射線を浴びたからがんになった」というように単純に結論づけることができませんので、「職業で浴びた放射線が生涯で1Sv以下だったら、別に放射線のせいだけではない」というふうに考えるのです。

生涯の被ばく線量を一元管理し、安心して働ける仕組みが必要

ここで問題となるのが「どうやって、生涯の放射線量を管理するのか」です。医師や看護師の被ばく線量は、所属する病院や組織などで管理されることがほとんどです。ところが別の病院に移ったり、診療所を開業したりする場合、日本では、前の病院の記録が公開されたり、引き継がれたりすることはまずありません。転院を繰り返している人の場合、個々の施設における被ばく線量を積算して「生涯線量に換算するのは不可能」ということになるわけです。

また、IVRのエキスパートなど素晴らしい技術を持つ医師の場合、そもそも一つの病院に所属していないケースが多々あります。フリーランスとして活躍し、全国の病院を飛び回ったりします。こういった仕事をしている人も、生涯でどれぐらいの放射線を浴びているのかわからない、というのが現状です。
こんな状態でいいわけがありません。私は、医療従事者一人ひとりの生涯における被ばく線量を管理する、いわゆる「名寄せ」ができる仕組みを作らなければならないと考えています。EUなどは安全管理に対する意識がとても高く、国が認可した測定機関が、責任を持って、非常に厳しく医療従事者の生涯被ばく線量を一元管理しています。日本ももっと高い意識を持って、医師、看護師さんたちの生涯被ばく線量を一元管理しないといけない。命を守る人たちには、安全な環境で、安心して仕事に専念してもらいたい、そう願っています。

沼宮内 弼雄 氏
【略歴】

日本原子力研究所保健物理部長、安全管理室長。
【役職・社会的活動など】
日本保健物理学会長、放射線審議会基本部会長、原子力安全委員会原子炉等安全審査専門委員会委員、核燃料等安全審査専門委員会委員等を歴任。
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