今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第82回 2010/02

広い視野で地域を見る、本来の保健師の育成を

新型インフルエンザやHIVなどの感染症、地域の介護の問題などで保健師さんの役割が拡大しています。しかし、保健師さん本来の仕事を理解している人は少ないのではないでしょうか。今回は、保健師として長く現場で活躍されてきた堀井とよみさんにうかがいました。

滋賀県立大学 人間看護科学部地域看護学領域 教授
社団法人 日本看護協会 保健師職能理事
堀井 とよみ 氏

滋賀県立大学
日本看護協会

地域のすべてのステージの人を対象に

人口が5万人以下くらいの都市の住人であれば、保健師は、たとえば乳幼児健診や家庭訪問などでよく出かけていきますし、一般の家庭で子育てで困ったときに連絡してやりとりしますから、保健師の顔が見えていると思います。ところが、大都会になると保健師の顔は見えないと思います。政令市などでは保健所業務があり、そこに保健師もいるのですが、なかなか対人保健サービスまではできません。インフルエンザやHIVなど、現在起こっていることへの対処にかかりきりになってしまうのです。

では、保健師はどういう仕事をするのかですが、基本的に、地域の人々の、健康レベルは問わず、元気な人も病気の人も、すべてのステージの人を対象に保健サービスを行ないます。ただし、今は介護保険や障害者自立支援法ができていますので、障害を持ったりして医療的なケアが必要な人は外れてしまうことが多いですが、本来はすべての人を対象にします。

それだけでは、訪問看護師とあまり変わりがないと思うかもしれませんが、その人にとって環境的に問題がある場合もありますね。たとえば、太っている人は運動する環境がなければ「運動してやせる」ことはできません。ある人が運動してやせる必要があるのに、その人の住んでいる地域の環境には散歩やジョギングするコースがないことがわかったとします。コースを作れば運動ができるわけですから、保健師は今度は運動ができるコースを作るべく関わっていくわけです。
そういう、個々の人たちと関わっていくなかで、問題が、個人の問題ではあるけれどその環境を作らなければ解決できないのであれば、それを行政的に解決していくことも保健師の業務となっています。

保健師が関わることで地域全体が見えてくる

保健師はとにかく人に関わることが必要です。地域で、訪問看護師が関わっているところにも関わる必要はあります。なぜなら、訪問看護師は患者本人には関わりますし、家族とも会話はするでしょう。しかし「家族指導」の責任はありません。訪問看護師は患者本人のケアに対して責任を持つのであり、家族の健康状態というところまでの責任はありません。そういう意味で、高齢者でも障害者でもそうですが、保健師が関わることで介護者全体の問題が浮き彫りになってきます。

私は、人口4万人の都市で保健師(当初は保健婦)の仕事を、現場で35年やってきました。そして、仕事を始めてしばらくして、忘れられない経験をしたことが保健師の仕事の本質に触れるきっかけとなりました。
私が30代の頃、お昼頃でしたがあるお宅を訪問しました。そこには寝たきりになった認知症のお姑さんがいて、お嫁さんがそのお姑さんの食事介助をしようとしていて「保健師さんも手伝って」と言われたのです。お姑さんを起こしてあげて、食べさせてあげてと、とても大変な作業でした。それを見た私は、お嫁さんに「大変ですね」と言ったのですが、「何を言ってるの。このくらいのことが大変だったら、他のことはどうなるの」と言われました。

実はその奥さんは会社勤めをしていたのですが、半年くらい前に辞めたのです。会社を辞める少し前は、帰宅するとお姑さんが家にいない、近所中を探し回ってもいない。バスで30分くらいかかる、遠くの町で保護されていたというようなことが、毎日のようにくり返され、勤めを辞めざるを得なかったのです。ですから、お姑さんが寝たきりになったのですが、「あの頃を思ったら、こんな楽なことはありませんよ」というわけです。

「大変ですね」という言葉しかかけられなかった私は、これを聞いて、自分は保健師として何をしてきたのか、このような介護者の負担を軽くすることを考ることが私の仕事だったのに、保健師は本来そういうことのプロでなければいけないのにと、とても反省しました。そうしたケースはそのあとも幾つかあり、そのたびに自分は何をすればいいのか、何ができるのだろうか、と考えました。

それで最初にやることにしたのが重度認知症のデイケアです。はじめのうちは認知症の方を2週間に1回預かっただけなのですが、それでもそのご家族は喜んでくださいました。日本ではまだデイサービスなどはなく、参考になる書物もなかった頃です。とにかくそれらしきことをやっているところに見学に行ったりして、それを地元で実践しました。その後訪問看護と介護の協働による24時間在宅ケアを始めましたが、この経験があったからできたのだと思います。

地域と関わることで保健師本来の専門性を発揮

当時は認知症の方へのケア技術はありませんでしたので、重度の認知症の人に対して何をしたらよいかわかりません。コミュニケーションもとれないし、ご家族も大変ですからご自宅では人権侵害と思われるケアを受けていたのです。そのような中で、私が一つだけできたのが、その人にとって「居心地の良い場所を作ること」でした。そうすることで精神的に安定することがわかったのです。それが結果的に症状を良くしていくことにつながりました。

これもその当時の話ですが、そうした認知症の患者を持つご家族は、自分自身はそうなりたくないと思うようになります。それでご家族の方から「保健師さん、ああいうふうにならない方法を教えて」と相談があるのです。そこで、認知症にならない方法を指導しますが、そこからまた「認知症になったとき、どうやって見つけるの」という質問があります。

当時はそれほど研究が進んでいませんでしたから、もちろん私たちにも認知症の早期発見方法はわかりません。幸いなことに当時の保健所長が京都府立医科大学の教授と親しかった関係で、その先生たちと協力して認知症を早期発見できるシートを共同開発しようということになりました。私は保健師ですから、研究的なことはできなかったのですが、専門家を巻き込んで開発へとつながりました。
このことは保健師が地域を細かく歩いて、技術を身に付けて、それだけで終わるのではなく、今まで保健師がやってきた集団に対する働きかけとあわせて、システムを作るところが保健師本来の専門性だと思います。

問題が山積する保健師の教育

私は、現場で35年体験したことを生徒に教えてほしいという依頼があって、5年前から教壇に立つことになりました。現在はなんとかして本来の保健師活動のできる人材を育成したいと思っています。しかし、大学に教員として入ってみて、現状の教育体制では地域の人たちに安心して相談してもらったり、関わらせてもらえるような保健師を育成できないのではないかと危惧しています。  保健師の教育は何パターンかのコースがあり複雑ですが、基本的には、看護師の基礎教育プラス1年と考えていただければ良いと思います。看護系の4年制大学では保健師の資格も一緒に取れるようになったのですが、ここで大きな問題が生じてきました。

看護師の基礎教育は基本的に3年です。専門学校では教養科目を大学のように多く学びませんが、大学では教養科目に多くの時間が割かれます。4年制大学では看護の専門科目も学ぶわけで、4年間の中の3年では時間が足りなくなります。そうすると必然的に、保健師の教育時間がとれなくなってしまっているのです。
1例を挙げますと法律では「保健師は保健指導ができる」と定められていますが、保健指導論そのものを履修させていない大学もあります。老年看護や成人看護の科目を修めれば、保健指導を習ったことになってしまうのです。これでは、本来、保健師が身につけなければいけない基礎技術の教育が、4年制大学ではできないという矛盾が生まれています。助産師にも同じような矛盾があり、現在、日本看護協会で保健師、助産師の基礎教育の充実を目指し、大学院教育を訴えています。

広い視野で地域を見られる保健師の育成を

個別の事例のアセスメントをすることは臨床看護で学びます。私たち保健師は地域看護ですから地域のアセスメント力も要求されます。いわゆる「地域を個人と同じように診断する地区診断」という活動があります。これには量的に分析する手法がとられます。疫学と研究的な分析力が必要です。このような一例をみても、4年制大学では十分に学べないのが現状です。
私が経験したデイケアなどは、それはその地域に必要だという地区診断から事業化した例です。介護される人の健康も大事ですが、介護する人の健康も大事ですから、私たちはそこも含めて全体を見ていくのです。仕事を持っていた人は仕事が生きがいだったかもしれないのに、介護だけに明け暮れてしまう、そんなことでは誰でも健康を害します。それを回避する方法を考えなければなりません。

私はこのような実践経験を背景に、保健師活動に対する考え方や実践的なノウハウを伝えたくて大学に来ました。保健師は広範囲にわたる広い視野でものごとを見て、住民が本当に困っていることを解決する。介護をする人が勤めたかったら勤めを続けられるようにする。もしかしたら、そういう人は近隣から「あのお嫁さんは」などと言われるかもしれません。その地域にそのような問題があれば、地域の人の意識を変えるように啓発もしなければなりません。このような活動は面白いものです。個から地域へという視野を持つことは本当に楽しいです。地域がダイナミックに変化していくことの面白さがわかる保健師を育成していきたいと思っています。

堀井 とよみ 氏
【略歴】

1970年~1972年、土山町役場保健婦。水口町役場保健婦、保健センター所長、訪問看護ステーション所長、在宅介護支援センター所長等を経て、合併により甲賀市健康福祉部介護保険課長(1972年12月~2005年3月)。
2005年4月より現職、滋賀県立大学人間看護学部教授。
滋賀県立総合保健専門学校保健学科 (高齢者保健指導)非常勤講師(1991年~2005年 )
滋賀医科大学医学部看護学科 (地域ケアシステム)特別講義(1997年~ 2005年)
大阪大学医学部看護学科 (地域ケアシステム)特別講義(1999年~)
東京大学大学院医学系研究科地域看護学分野(市町村保健師活動)特別 講義(2003年~)
【専門分野】
地域看護学
【研究課題】
介護保険ケアマネジメントおよび介護予防に関する研究
高齢者虐待予防に関する研究
軽度認知症ケア実践研究
市町村における政策形成過程研究
【所属学会】
日本公衆衛生学会、日本地域看護学会、日本看護科学学会、日本ケアマネジメント学会、日本高齢者虐待予防学会
【主な著書】
『看護職が行うケアマネジメント』(日本看護協会出版会 1995)
『行政が支える24時間在宅ケアシステム』(日本看護協会出版会 1996)
『24時間ケアプラン』( へるす出版 2000)
他、論文等多数
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