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2017/1

保健師がつくる「健康な街」。医療データを元にした、地域の保健活動(後編)

日本が抱える「健康寿命の延伸」という課題に対し、期待が高まっているのが保健師によるデータヘルス。国保データベース(KDB)システムを用い、地域住民の医療・福祉におけるさまざまなデータを分析し、ヘルスケア指導に活かし、地域全体の健康への関心を高めていく計画です。保健師によるデータヘルス計画の推進について、日本看護協会の中板育美氏にお話を伺いました。

中板 育美

公益社団法人 日本看護協会 常任理事

地域の特徴を「診る」のが保健師の役割

前編では、「国保データベース(KBD)」システムのデータを読み取り、地域における健康課題を見つけ出す方法の一例をご紹介しました。ここでは、KDBを活用して実際に展開された、地域独自のデータヘルス計画を取り上げてみます。

■長野県王滝村(人口約800人、うち国保対象者200人)の例

長野県は、日本国内でも平均寿命が長い「長寿の地域」と言われています。王滝村でも同じだと考えられてきました。しかし、実際にデータを見てみると、王滝村ではがんによる死亡者が多く、平均寿命は県内でもそれほど高くないことがわかりました。死亡者の多かったがんの中には、早期発見できていれば、助けられる種類のものも多くありました。

そこで、王滝村の保健師はリスク因子の調査を始めました。対象者が約200名と統計データを取るには少なかったため、一人ひとりに直接アセスメントを行いました。その結果、がん検診の参加率が低く、がんへの関心度が低いことがわかったのです。

このことから、保健師はがんの早期発見に向けた取り組みが重要であると判断しました。現在は、個人を対象としたがん検診の告知の強化や、地域の住民同士が誘い合って検診に参加する風土づくりを進めています。


その他、各地域でもデータを元にしたデータヘルス計画が進められています。いくつかの例をご紹介しましょう。

■愛知県武豊町『めざせ!!脱!太っ腹な武豊』

腹囲の平均値が県内で最も高く、メタボリックシンドロームの該当者もワースト4位であったため、メタボ対策が求められていた。
https://www.town.taketoyo.lg.jp/cmsfiles/contents/0000001/1202/plan.pdf

■静岡県伊豆の国市『国民健康保険 データヘルス計画』

生活習慣病の重症化リスクが高い患者が多く、生活習慣の見直しと、特定健診・特定保健指導の受診奨励などの生活習慣病予防の取り組みが課題となっていた。
https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/kokuho/shisei/seisaku/documents/documents/date-health-plan.pdf

■日本看護協会 平成27 年度 厚生労働省 先駆的保健活動交流推進事業

『データを活用した保健活動の強化-パイロットスタディー報告書』
https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/senkuteki/2016/27_pilotstady.pdf

 

地域の背景を知り、その街独自のデータヘルス計画をつくる

データヘルス計画は、地域住民の声を聞き、その地域の文化を深く理解することでより効果を発揮します。

例えばお酒をよく飲む習慣があったり、塩気のあるつまみをよく食べる地域では、「アルコールや塩分を控えましょう」と指導しても、受け入れてもらうことはなかなか難しいでしょう。保健師はその地域の文化も考慮して、データヘルス計画を立てる必要があります。食文化を変えずに塩分量を減らすにはどうすればよいか、地域の人々とともに納得のできる形で生活の改善を目指します。文化を変えたり禁止したりする必要はまったくなく、その生活の中で改善できる部分を探すのが保健師です。保健師の活動は「治療」ではありませんから、無理なく続けられる生活に溶け込む提案をしていかなくてはなりません。

こうした文化・背景を知るためには、地域の方々とのコミュニケーションを深めることが大切です。例えば地区の自治会長さんに相談して、自治会などの場を借りてKDBの説明をしたうえで理解を促したり、雑談の中で生活習慣について聞きだし、リスクの原因を探っていきます。自治会だけでなく、老人会や健康推進委員さんなどにも協力を仰いで、一緒に情報を集めるのもよいですね。

保健師は、看護師のように「病気を治す」のではなく、「病気の予防をうながす」職業です。健康な人たちへ「生活習慣病になる可能性が高いから塩分は控えめに」と指導しても、なかなかご自身のことと考えてもらえず、行動変容させるのは難しいのが実情です。保健師が健康増進のための答えを一方的に出すのではなく、「みなさんならばどうしますか?」と地域の方々自身に答えを考えていただく。これが地域住民自身が行うセルフケア、「自助」をうながします。自分で考えた対策がよい結果につながれば、本人たちのやる気につながります。医療従事者の一方的な指示ではなかなか健康づくりは進みません。

医療施設とともにつくる地域の健康

保健師と病棟看護師との違いは「個人だけではなく、地域全体を診る」ことにあります。健康寿命の延伸を図るためには、個別の対応ではなく、地域全体に健康指導し、住民の皆さん自身が健康に関心を持つように育てていかなければなりません。
そのために、保健師の皆さんにはデータを見るとともに、実際にフィールドに立って、しっかりと人や地域を見てほしいと思います。KBDのデータは判断を根拠づけ、後押しするためのもの。データとフィールド調査をうまくミックスして地域全体を診断し、人々を健康な生活に導くプラスαの提案をしていきましょう。

保健師は健康な人も診る仕事ですから、治療を担当する病院側からは保健師の活動は見えにくいかもしれません。しかし、十分な予防医療を行うためには保健師や市区町村だけでなく、医療機関にも協力していただかなければいけない部分も出てくるでしょう。そのために、各施設との連携を今から強化していかなければならないと考えています。
データや人の生活を「診て」生活とデータと人々の思いと歴史を「つないで」良い方向へ街を「動かす」。そんな保健師の仕事は「街づくり」の一環です。看護職として、どのような街づくりができるのかを考えていきましょう。

<資料>
『データの「見方」は保健師の「味方」―データを活用した保健活動の展開―』
著者:日本看護協会
発行:平成28年3月
https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/hokenshido/2016/27_hokenshido-01.pdf

中板 育美

公益社団法人 日本看護協会
常任理事

【略歴】
1989年
東京都で保健師として活動を開始
1999年
国立保健医療科学院(当時国立公衆衛生院)専攻課程修了
2004年
国立保健医療科学院生涯健康研究部 上席主任研究官
2012年
日本看護協会常任理事

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