Archive

小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第1回 ナースの休憩室内の天気はくるくる変わる 2004/6
dotline

 みなさん、はじめまして。私は元ナースで、現在は看護にまつわるエッセイや小説を中心に書いている者です。ここでは、みなさんとナース休憩室で雑談するような気持ちでつれづれに書いていきたいと思っています。お茶でも飲みながら読んでいただけたらと思います。よろしくお願いいたします。

 ナースの休憩室というものは、休憩している顔ぶれや時間帯などでがらりと空気が変わるものです。それまではわいわい騒いでいたのに、ある人が入ってきた途端に水を打ったように静かになったり、みな疲れきっていてため息がひとつふたつ漏れ聞こえ全体にどんよりしていた室内が、誰かが差し入れのタコヤキを持って現れたことで突然宴会のように賑やかになったり、また、言い争ったあとの二人がシーンと無言で睨み合いながらお茶を飲んでいたり、深夜に患者さんたちの容態が落ち着いていてのんびりしているときにけたたましくナースコールが鳴りにわかに緊迫した空気になったり…。休憩室は、晴れ、雨、曇り、台風、あられ、大風、と、くるくる変わり、しかもその天候の変化がなかなか予想できないのが特徴です。就職して一番に覚えたことは、休憩室内の天気をすばやく察知することだった気がします。

 先日、むかし私が経験をしたナース休憩室の「晴天」の雰囲気がぱーっと蘇った瞬間がありました。
 朝日新聞に掲載されていた投稿記事を読んだのがきっかけです。投稿内容は、投稿者(21歳・男性)のおじいさまが病院で亡くなられた際、ベッドサイドで医師が白衣のポケットから取り出した「携帯電話」で時刻を確認して臨終の告知をしたということがとても心外だった、厳粛な場面で携帯電話で時刻確認をするというのは不謹慎で常識はずれだと思う、といった文脈でした。
<医師と投稿者の彼との間には、携帯電話の位置付けやイメージにかなりギャップがあるのだろうなあ。やはりこういう場面で家族は「亡くなった家族を医療者がどれだけ大事に扱ってくれたか」を医療者の所作の隅々までするどく見てジャッジしているものなんだなあ。この投稿についての感想はきっと一様ではないだろうなあ>
 と、心の中でつぶやいた私は、ふと思いついて昔同じ病棟で働いたA子とB子の二人にこの投稿文を同時にメールしてみることにしてみました。「どう思う?」という題をつけて。

 これは、臨床ナースを続けているA子からの返事です。
「くわしい状況、その医師とご家族とのそれまでの関係はどうだったかとか、医師のそのときのしぐさとか表情とか、こまかなことがわからないとなんとも言えないけど、携帯電話を時計代わりにしていたってことは、細菌の温床となる腕時計をつけていなかったってことでしょ。つまり、院内感染防止に対して意識が高いということじゃない? いいように解釈してあげるならね。もし、ふざけたようなストラップをじゃらじゃら付けた携帯電話を持ち出して臨終告知したのなら、その医師、わたしのところに連れてきなさいよ。事情聴取後にしかるべき対処をするから」
 次、看護職を離れてご主人の自営業を手伝ってるB子からの返事。
「医師が時刻を確認した携帯って、院内で業務用に使ってるピッチなんじゃないの? 投稿した彼がそれを知ってたら、また感じ方は違ったかもしれないよね。そういえば私の祖父が亡くなって退院するとき、父は担当医が最後まで顔を見せなかったことが余程納得がいかなかったようで、いまでもそれを言うわよ。それにしても、いきなりこういうメール送ってくるって、あんた、なにかあった?」
 みなさんは、この投稿記事にかんしてどんなことを思われました? よかったらご意見をお聞かせください。

 さて、A子とB子と私は、先の新聞投稿にかんするメールをきっかけに、二人同時に送信する式のメールをチャットさながらに送りあうやりとりを開始。三人ともたまたまパソコンの前にいて、時間にも余裕があったため、なんの気兼ねもなく好き勝手に思うことを述べあいました。
 しばらくそのやりとりをつづけているとA子から「なんか、昔、三人で夜勤やって、休憩室でのびのびおしゃべりした夜のこと思い出しちゃった」とメール。B子も私もすぐに思い出し、そのことを返信しました。あの夜私たち三人は、気のおけない同期だけでの夜勤でした。未熟者同士で不安ながらも、休憩室では思う存分手足を伸ばして、あれこれ好きなことを言い合ったのでした。休憩室にはスタッフ用の冷蔵庫が置かれていました。その中に入れてある飲み物のパック(マジックで所有者の名前が書いてある)を取り出し、パックを本人に見立てて、パックに向かって言いたいことを言ったりしました。たとえば「ヨウコ先輩、あんたの雷は怖すぎる!」とか。あのときの私たちにとって文句なく晴天だった休憩室でした。
 昨日、久しぶりにヨウコ先輩の家に遊びに行ってきました。彼女は、ナース休憩室の天気を変えるのが大得意だった人で、数年前から子育てに専念しています。
 私が訪ねる直前に、ヨウコ先輩はご主人と子供たちに大きな雷を落としたようで、室内はシーンとしずまりかえっていました。いまも先輩は、家庭内の天気をくるくると変えているようなのです。さすがヨウコ先輩。
 思えば、ナース休憩室に限らず、外の天気とは別に屋内のいろんな場所で、くるくるとそこだけの天気が変化しているわけですよね。いまの、あなたのいる場所の天気はどんなふうでしょうか。

ページの先頭へ戻る