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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第111回 板チョコの会 2013/9
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 9月の日曜日の午後。
 マンションの一室で、女性3人が、たくさんの料理と飲み物が置かれたテーブルを囲んで座っています。
 3人は、A子とB美とC恵。全員が1963年生まれの看護師です。同じ病棟に同期入職して仲良くなり、以来彼女らは、異動や退職で勤め先がばらばらになっても、一年に一度、「板チョコの会」と称し、9月の第二日曜日に、A子の家に集まって飲食をするのが定例となりました。
 今日は、28回目の、皆が50歳になる年の板チョコの会です。
 彼女らは、20代の終わりの「板チョコの会」の際に、
「老後に独身だったら、皆で一緒に住もう。そのことを50歳になる年の会で具体的に話し合おう」
と硬い約束をしたのでした。
 3人は、茹でたての山盛りの枝豆に手を伸ばしながら話します。
B美「今日のことさ、当然、忘れてるよね。いや、もし、覚えていたとしても、来ないって感じなのかな」
C恵「来ないんじゃないのかな。ブランク、長いしさ」
A子「でもさあ、私はね、何%かは、来るかも、って期待は持ってるんだ。去年も結局はこなかったけど、今年はね、特別だから。だってさ、そもそも、この会の発足も、老後に4人で一緒に住もうという計画も、みんなD子が言い出したことだからね。来る責任がある!」
B美・C恵「だよねえ」
 板チョコの会は、もう一人のD子をプラスした4人で作った会なのです。彼女らが30代の前半の時期に、4人それぞれに人生の転機となる出来事が起きたのですが、その最中の34歳のときの会を最後に、D子は会から離れました。
 D子は、4人のリーダー的存在で、ムードメーカーでもありました。「板チョコの会」の命名者もD子でした。

 4人は、入職したばかりの新人のころ、全員がアンプルカットをうまくできずに悩んでいました。力の加減がつかめないのと焦りと緊張で、手のひらでアンプルを握りつぶしてしまうこともありました。それを見かねた先輩ナースから「板チョコを割るような力でやるといい」というアドバイスがあり、4人はある日の夜中、A子の部屋に集まり、山ほど買ってきた板チョコをつぎつぎと割って、その感触を確かめたのでした。
 その際、もったいないから、と割ったチョコレイトを皆で食べていたところA子が鼻血を出しました。その手当てをしているときA子が「あたし、一人前の看護師になれるんだろうか」とつぶやいて泣き出し、同じ思いを持つほかの三人も、頭をたれて深い深いため息をついたのでした。
 その重い空気の中、D子が「それにしても、チョコ食べて鼻血出した人を実際に見たの、はじめてだよ」とぼそぼそ言うと、重い空気が一転し、みな、A子を指差して笑い、A子も笑ったのでした。
 20代の終わりの板チョコの会のときには、D子が「教務主任だった磯田先生、定年後に同級生と同居をはじめたときいて、さっそく話を聞いてきたんだ。で、提案があるの」と、熱く語りだしたのでした。
「磯田先生、名言を吐いたよ。<老後をともにする約束をできるほど信頼できる友達がいるという誇り、その約束を実行できたという誇り、その二つの誇りが、これからも私を支えるのです>って、いつものもったいぶった言い回しだったけどさ、いいなと思った。同居のための具体的ルールなんかもいろいろ聞いてきたよ」
 それを受けて4人は、本音で議論して、同居する結論を出したのでした。

 残り少なくなった枝豆をつまみながら、3人は会話をつづけます。
B美「それにしても、50歳の現在、よかったのかどうか、奇跡的に、皆一人暮らしになっているとはねえ」
C恵「ほんと、まさかだね。こうやって会が続いたことも含めて、結局、私たち、一緒に住む宿命ってことなんじゃない?」
A子「うん。だからさ、今日は、将来にみんなで住む場所とか、一戸建てがいいか、マンションがいいか、間取りとか、こまかなルールとか決めたいわけだし、そのことをD子はよくわかってるんだからさ、来てもらいたいよ。ねえ、D子が会を離れた理由は、あのことじゃないよね。私はぜんぜん気にしてないわけだから」
B美・C恵「違う、違う」
 D子は34歳のときに、A子の元彼と結婚したのです。
B美「それに、D子はそのあとすぐに離婚してさ、彼は、なんていうか、A子にとってもD子にとっても同じ元彼になったわけだし、D子が会をはなれた理由ではないよ」
C恵「うん、絶対に違う」
A子「とにかく、来てほしいな」
B美・C恵「来てほしいけど、来るかなあ…」
A子「来る! きっと来る。今日のことは覚えているはず」
B美・C恵「会いたいよね。50歳のD子に」
A子「うん」
 それからしばらくの3人の話題は、D子が来るか来ないか、でした。
 そのあと、言葉が途切れ、シーンとします。
 そしてA子が、冷酒をぐっとあおり、窓際のチェストのほうに振り向いて言います。
「来てるんだけどね、D子はさ」
 B美とC恵もA子と同じほうに顔を向けます。3人の視線の先には、額に入れられたD子の写真があるのです。

 実は、D子は38歳のときに不慮の事故で亡くなりました。D子が板チョコの会に来なくなり、毎年「今年は来るかも」と話し合っていた3人は、D子が亡くなったあとも同じように「今年は来るかも」というやりとりをつづけてきたのです。
 A子がD子の写真から目を離さないまま、いいます。
「まっ、D子の部屋も確保してさ、みんなの間取り考えてみようか」

 それにうなずいて、B美とC恵も冷酒をあおりました。

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