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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第119回 持ち味 2014/5
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 18時30分。
 A病院の小さなカンファレンスルーム。
 入院中の鳥海蝶子さん(83歳)の関係者が集まり、テーブルを囲んで座しています。
 鳥海蝶子さんは、ひと月前にA病院を退院し、酸素療法などの医療処置をつづけながら在宅療養をはじめました。蝶子さんの「自宅で好きなものを食べ、好きなように過ごしたい」という強い希望をうけ、同居している娘のケイコさんやその娘のマリさんは、リフォームをしたり仕事のやり方を調整したりと準備に奮闘し、蝶子さんを迎え入れたのでした。
 ところが、蝶子さんはその後あまり食べなくなり、身体を動かさなくなり、あれよあれよという間に衰え、ついには三日前に緊急入院となってしまったのでした。点滴で脱水が改善されれば、退院に向けての胃ろう造設の検討をしようという医師からの提案が出ています。
 カンファレンスルームで、蝶子さんの在宅療養のサポートチームの一人である訪問看護ステーション「あじさい」の看護師・結城美智子さん(31歳)が、話し合いの資料メモを、A病院の担当医師、看護師、ケイコさん、マリさん、ケアマネジャー、ヘルパーなどに配布します。出口付近に遠慮がちに座る美容師の玉山さん(39歳)に対しては、丁寧にお辞儀をして資料を渡します。
 看護師の結城さんは、資料を配布しながら、おととい「あじさい」の所長に言われたことを思いだします。
「誰にも持ち味があるの。当然、あなたにもあなたの持ち味があるのだから、それを仕事に生かしてほしいの」
 いったい、私の持ち味とはなんなのだろう――と結城さんが考えていると、所長は続けました。
「自分の持ち味をわからなくても、言語化できなくてもいいの。とにかくベストを尽くそうとするのが大事なところ。一人で勝手に突っ走るのはよくないけど、積極的な提案は必要。変に遠慮して消極的になってもらったら困るのよ。これからは、在宅療養がぐぐっと拡大する時代なんだからね」

 結城さんは訪問看護ステーション「あじさい」に勤務して2年目です。大学の経済学部卒業後文具メーカーに2年間勤務。その後看護学部に編入して看護師になり、某大学病院のICUに2年間勤務。その後1年ほどは検診のアルバイトなどをして過ごし、そのあと「あじさい」に就職しました。
 今後は、訪問看護の現場に腰を落ち着けて働いていくつもりですが、現時点では看護師としてのキャリアに乏しいことが、彼女を消極的にしている面があります。

 鳥海蝶子さんの件は、ご家族がなんとなく後ろ向きになっており、そのムードを変えるなにかが必要だと結城さんは考えていました。
 蝶子さんが食べなくなったきっかけは、食欲低下というよりも本人の意思によるものでした。ケイコさんとマリさんが、蝶子さんの好物を奮発して買ってきても、彼女が贔屓にしている歌手のDVDを苦労して入手してきても、突然に見向きもしなくなり、そのうちに三度の食事に手をつけなくなり、そして寝てばかりいるようになりました。
 その理由を尋ねても蝶子さんはだんまりを決め込むばかりでした。
 そんな蝶子さんにケイコさんらは腹を立て、「わがままだ」「もう知らない」と言いだす状況となっていました。このままでは、ご家族は蝶子さんの在宅療養のサポートを放棄するかもしれません。
 結城さんは、蝶子さんの今回の行動には何かしら理由があり、しかしそれは家族に言いたくないか言いづらいのかもしれないと考えました。結城さん自身、いままでの退職や転職について両親から理由などなにもない単なるわがままだと言われ、余計頑なになってしまった経験がありました。
 食べなくなった理由を追及したり、わがままだと糾弾するのではなく、まずはおだやかな態度でご家族が接すれば、蝶子さんも変化するのではないか。食べないということは自殺行為とも言える大それた行動ゆえ、話してもかまわない人にはなにか話しているかもしれない。そう思った結城さんは、月に一度、ボランティアで在宅療養者を訪ね美容ケアをしている玉山さんに会いに行きました。

 カンファレンスルームで結城さんが発言します。
「こちらの美容師の玉山さんは、あまり食べなくなる直前ごろの鳥海蝶子さんを訪ねて、シャンプーやカット、顔や手のマッサージ、顔のメイクとマニキュアをされました。そのときの蝶子さんの様子と会話の内容について、ここでお話いただきたいと思います。では、お願いします」
 玉山さんは緊張した面持ちで話しはじめます。
「鳥海さんは、その場限りの相手だと思って私にお話になったことかもしれませんので、まずはそのことをどうか、お含みおき願います。シャンプーとカットを終えて顔のクレンジングマッサージをしているときでした。大きくため息をつかれて、とても気持ちよくてありがたくて、もったいない、と。で、こんなふうにいい思いをすると、あの世に行ってしまった娘のことを思いだして、こういうことをしてあげたかったな、ってつらくなるんだとおっしゃっていました。おいしいものを食べれば食べさせてあげたかった、見事な景色を見れば見せてあげたかったと思って辛くなるって」
 蝶子さんは玉山さんに何度もありがとう、と言ったあと、美容のボランティアはこれ一回でいいと言ったそうです。
 それを聞き、ケイコさんが口を開きました。昔、蝶子さんは一回目の結婚をしたときの娘さんがいて、いろいろあって離婚した夫の家に娘さんを置いてきたといいます。その娘さんは高校生のときに病気で亡くなってしまった。鳥海家に嫁いできてから、蝶子さんはその過去を一切話さず、その話は親戚の人から教えられた、と。
 ケイコさんはつづけました。
「母は、玉山さんにやっていただいたのがとても気持ちよくて感動して、その、私の姉にあたる人のことを思ってつらくなり、それがきっかけになって、おいしいものや好きなことも姉のことを思うとつらくなるので、今回みたいなことになってしまったのかもしれません。私もがんばりすぎて、母にいろいろ押し付けていた面があるかもしれません」
 その後、みなで話し合い、食べなくなった理由の追及などはせずに、ケイコさんとマリさんが穏やかに「食べてほしい」と蝶子さんに希望を伝えていただく方向にしようということになりました。
 
 それから一週間。蝶子さんは自宅療養に戻っています。食事も生活動作も、元の程度にもどると期待できる状態にあるとのことです。

 結城さんは、いまも自分の持ち味がどういうものかわからずにいますが、なにかしら持ち味はあるのだろうと思うことにして勤務をつづけているそうです。

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