Archive

小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第12回 オリジナルケア 2005/5
dotline

 4月8日の朝、乗客まばらな地下鉄に乗っていると、新中学生らしき男子とその母親らしい女性が乗ってきました。二人はこれから入学式に行くようです。長いすに座ってもどことなく落ち着かない様子や、お母さんのスーツ姿や、男の子の真新しい学生服や靴などからそれがわかります。
 そのお母さんがとなりに座る息子の顔を覗き込みながらいいます。
「どう? わくわくしてる? それとも緊張してる? お母さんにおしえてよ」
 すると男の子は、お母さんの顔から中刷り広告のほうへと目を転じ、口の端で小さく笑ってから首を横に振ります。他人の目と耳があるところで話すが恥ずかしいのかもしれません。彼は<ボクも今日から中学生なんだからさ、子供扱いしないでほしいわけよ>とでも言いたげにすまし顔で咳払いをします。
 しかしお母さんは、そんなこと気にしないようです。
「ねえねえ。やっちゃん。緊張してるんでしょ。ふふ。緊張を取る方法、おしえてあげようか」
 大人ぶっている息子を微笑ましく思うのか、ニコニコしながら男の子の顔を再び覗き込みます。
 男の子は何も言わずに首を横に振り、<黙っていてくれないかな>とでもいいだげに、お母さんの肩に静かに手を乗せます。彼は<中学一年生ってこんなに子供っぽかったっけ?>と思うほどあどけないルックスですが、大人の男性のようにズボンの両ポケットに手を突っ込み、足を組み、目を閉じて寝たふりをはじめます。
 それを見てお母さんは、嬉しそうにニヤリすると、椅子に深く座りなおし、彼女も目を閉じます。
 それから二駅ほど過ぎ、お母さんが目を閉じたまま、息子になにかをささやきました。お母さんの顔色が少し悪くなっており、具合が悪くなったことを息子に知らせたような様子でした。
 男の子は、即座に組んでいた足を正し、手を両ポケットから出し、お母さんを心配そうに覗きこみます。
「だいじょうぶ? どうしたらいい?」
 その声は、外見を上回る子供ぽさでした。
 お母さんさんは目を閉じたまま、「だいじょうぶ」と応えますが、男の子はとても心配らしく、何度もお母さんの顔を覗いたり、肩を触ったりします。内心、相当オロオロしているのが、表情やしぐさでわかります。

 お母さんは、バッグからハンカチを取り出し、口を押さえます。
 それを見ていた男の子は、心配でいてもたってもいられなくなったらしく、いきなり立ち上がったかと思うと、何かを思い出したかのようにまた座り、カバンの中をごそごそとやり、iポットというのでしょうか、音楽を聴く器械のイヤホンを自分の耳にあてます。<音楽を聴いて自分を落ち着かせようとしているのかな>と思いましたが、それはハズレだったことが次の瞬間にわかりました。
 彼は、しばらくイヤホンをつけて器械を操作していましたが、それを外してお母さんにこう言ったのです。
「お母さん、曲聴いてみない? ボクさ、この曲聴くとスカッとするから。もしかしてお母さんにも効くかも」
 お母さんは「え?」と言って目を丸くしましたが、「じゃ、聴いてみようかな」と応えて微笑みました。
 男の子は、お母さんの耳に丁寧にイヤホンをつけてやり、スイッチを入れました。
 某駅に到着すると、二人は降りていきました。降りる直前、曲を聴いているお母さんをちらちらと見て気にしながら、男の子は財布を取り出し、中身を確認しました。
 車中から、ホームに降りた二人を見ていたら、男の子は真っ先に自販機の前に行き、コインを入れていました。これもやはり、自分のためではなく、お母さんに飲ませるためのもののようでした。お母さんの顔色は少しよくなっていました。
 以上、男の子なりのケアの様子に心和んだひとコマです。
 私が中学生になったばかりのころ、不注意でオデコにコブを作ったことがありました。そのとき、隣の席の男子が「これ、つけていいよ」と密かに渡してくれたのは、小さな乳液びんでした。女性用化粧品の試供品でした。「せっかくだけど、いいや」と返してしまいましたが、気持ちは嬉しかったのを覚えています。

ページの先頭へ戻る