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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第121回 元同僚 2014/7
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 土曜日の午後。
 東北のA駅近くの一室で「がんカフェ」が開かれています。さきほどゲストによるミニ講演が終わり、30人ほどの参加者が5つのグループに分かれて、飲み物を手に雑談をはじめたところです。
 今日のこの会の参加者の一人、北川みゆきさん(31歳)は看護師です。都内の病院を辞め、今月から東北のA市の病院で勤務をはじめました。A市からは容易に彼女の実家に車で帰ることができます。家族の状況変化を受けて、こちらに引越してきました。

 この先、緩和ケアの認定看護師を目指す予定の北川さんは、このような会で患者さんやご家族などいろんな立場の方と接することがとても勉強になると考え、はじめて参加しました。
 その北川さんが、さきほどから、落ち着かない様子で隣のグループにちらちらと目を向けています。以前に同じ病棟で働いていた看護師の高田沙知絵さん(31歳)の姿に気づき、驚いたのです。
 北川さんと高田さんは、ほかの2人とともに新人看護師として同じ病棟に配属となりました。計4人の新人のうち高田さんだけ別の学校の卒業でした。高田さんは、ほかの新人3人が何度ごはんに誘ってもノーだったため、そのうち3人と高田さんは職場以外では接しなくなりました。
 高田さんは、同期のみならず職場の同僚全員と、プライベートで仲良くするようなつきあい方はしないタイプでした。仕事のうちと思われる職場の歓送迎会への参加も避けたいらしく、会の参加を免れるためにその日に準夜勤や深夜勤、あるいは休暇希望を出しているふしがありました。結果、彼女が参加した歓送迎会は、参加を逃れられない自分自身の入職のときと退職のときの2回だけだったのです。ただ、それ以外の部分で高田さんは、職場において、みなとの関係は悪くはありませんでした。北川さんとも、同僚として同期として、それなりに冗談を言い合ったり励ましあったりという関係でした。

 「がんカフェ」の室内は、手作り菓子が配られて一層和んだ雰囲気となります。北川さんは、なつかしの高田さんの背に目を向けながら、一緒に働いたころのことを次々と思い出します。
<高田さん、以前と同じ髪型だ。誰だったかドクターが「ボクが好きな女性の髪形は、高田さんみたいな品のあるショートカットだなあ」と言ったから、私はある日休憩室で彼女に髪型について聞いたのだっけ。それがきっかけで、高田さんが月に2回美容室でカットしていると知り、世の中には月に2回も行く人がいるのだと驚いたんだった>
<そういえば高田さん、ものすごくマメにハンドクリームつけていたな。いつも、ポケットからチューブを取り出し、手の甲に1センチほどクリームを、ラベンダーの香りのやつを出してたっけ>
<ロッカールームで、私が反対側で着替えてるって気づいてなくて、高田さん、連ドラの主題歌を鼻歌で歌ってた。あのドラマを見てるイメージがなくて、意外に思ったな>
<そうだ。はじめてのエンゼルケアも高田さんと一緒だったんだ。あのときは先輩が入ってくれて3人で。平日の午前中で、その時間帯の喧騒があったはずだけど、あの病室だけはシーンと独特の静けさに包まれていて、患者さんの身体を動かしたり、清拭したりしながら、私と高田さんは何度も、目を合わせては小さく頷いたんだっけ>

 北川さんは、高田さんの肩の感じや頷く動作を見ながら、元同僚って不思議な存在だな、と思います。
<3年間、それも新人からの3年間に一緒に働いた関係は、ずっとつきあっている友達よりも身近に感じる面もあったりする。同僚って、友人関係にならなかった場合には、同僚でなくなった途端にいっさいの接点がなくなる。でも、お互いの記憶には残っている、つまり少しではあってもお互いの人生の一部となっている>
 元同僚と奇遇にも6年ぶりに会えたことが嬉しくて、北川さんは、会が終了したら彼女に声をかけようと決めます。挨拶をして、ひとことふたこと話せたらいいと思いました。同じ病院に勤務しているのかも、別の病院に勤務していたとしても緩和ケア分野で働いているのかもしれない、などと考えながら。

 会の主催者から説明があり、グループ内で順に自己紹介をすることになりました。
 その数分後、北川さんの耳に隣のグループからなつかしい声が聞こえてきました。そして、北川さんの胸がズシリと重くなったのです。
 なんと、高田さんががん患者として語りはじめたのです。
 それにショックを受けた北川さんは、グループの人たちの話など聞こえなくなります。そして心配になります。
<あれほど同僚とはプライベートなつきあいはしなかった高田さんだもの。彼女はいま、元同僚の私がいるなんて微塵も思わずに話しているのだろうから、私は彼女に声をかけないほうがいいかもしれない。でも、私の自己紹介の声で私の存在に気づいてしまったらどうしよう……>
 まもなく、北川さんの自己紹介の番がまわってきました。名前は名乗る必要はなく、彼女は蚊の鳴くような声で、看護師であると話して終わりにしました。
<会が終わったら、さっさとこの場所から消えよう。そのほうがいい>
 北川さんは、高田さんに顔を見られてはならぬと、背を向けるように座り、下を向きます。
 と、誰かに背中をトントンとされ、反射的に振り向くと、なんと高田さんです。北川さんは驚きと困惑で、こわばった表情になってしまいます。
 高田さんは、うれしそうににこりと笑って「やっぱり、北川さんだ。あとでね」と早口で言って、グループのほうに向きなおりました。

 会が終わると、高田さんのほうから北川さんに声をかけてきました。
「なつかしいねえ、会えてうれしい!」
 高田さんがそんなふうに親しげに話してくれるとは思わなかった北川さんは、ほっとしますが、目から涙がぽろぽろこぼれてしまいました。
「ごめんなさい、急に、なつかしくて泣けてきちゃって……。高田さん、いまもカットは月2回なの?」
 泣けてきた理由は、なつかしさだけではありません。
「うん、月2回だよ。ほんと、なつかしいねえ。私、あの病院にいたとき、すごく肩肘はってたからね、なんか、はずかしい、でもなつかしい」
 そういって高田さんも、涙をぽろぽろこぼしはじめます。

 2人は、「なつかし泣きってあるんだね」などと言いながらいろいろと話し、その後、ちょくちょく会うごはんを共にする関係になったとのことです。

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