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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第122回 嫌いなタイプ 2014/8
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 昼下がり。
 閑静な住宅街にひっそりと立つシティホテル内のカフェ。
 店内の客は、窓際の席に座る女性二人だけ。ともに窓の外に眼を向けて、ぽつりぽつり言葉をかわしています。
 二人は、看護師の新田あゆみさんと貝塚千鶴子さんです。キャリア1年目から12年目までを同じ職場で働きました。
 最近、当時の職場の同窓会が開かれ、そこで二人は再会し、住まいも近いことがわかり、このたび、一緒にお茶を飲むことになったのです。
新田「そういえば不思議だったね、私たち二人、異動先がいつも同じだったのが。なんかさ、看護部の策略だったんじゃない?」
貝塚「策略って、なんの策? どんな目的?」
新田「またあ、貝塚は、すぐ、そういう言い方をする。まあ、策略っていうかさ、私たち二人を同じ病棟で働かせたほうが、スタッフがまとまるとか、そんな、なんとなくプラスになる感じがあったのかも」
貝塚「えー? そうかなあ。だって、あたしたち、お互いに嫌いあっていたしさ、二人がいたことで病棟のためになった感触なんてないけどね」
 そう。いがみあうことはありませんでしたし、普通にやりとりをしていましたが、二人は互いに嫌いなタイプだとまわりに公言していたのでした。
貝塚「看護師になって12年目、つまり新田と働いた最後の年にさ、私、深夜勤の休憩のときに、新田をわーっと攻撃したことあるよね、覚えてる?」
新田「あー、もちろん、鮮明に覚えてるよ。あの、剣幕。すごかったもの。<なによ! 患者さんに顔を近づけて握手したりして。顔、近すぎるでしょ。私が患者だったら、ああいうことされるの、すごくいやだよ。新田の自己満足だよ。それと、新田って、やたら患者さんの身体をさわるでしょ。そして、すぐさする。そりゃ、患者さんは喜ぶ人が多いよね、新田さんは優しくてよくやってくれる、って言ってさ。患者さんには見えない場所での仕事に励んでいる看護師がいるんだからね。なんか、新田は自分だけおいしい思いしようとしているんだよ、きっと無意識にね!>ってさ」
貝塚「いやー、一言一句よく覚えてるね。あのとき、看護研究にトライしていたところで、すごくいきづまってて、つい、新田にあたってしまったんだよ。最近話題の、ユマニチュードの本で見てたら、なんとなく、新田の姿が重なってみえてきてさ、新田もちゃんと考えや感触があって、やっていたんじゃないの? あのとき、なんで反論してくれないんだろう、してくれればいいのに、って思ったのを覚えてる。とにかく、あのときは、いきなり攻撃して申し訳なかったね」
新田「反論しなかったのはさ、私、患者さんに対するスキンシップとか丁寧な接し方は大事だと思って行動してたけど、それより、貝塚に指摘された、自己満足、自分だけおいしいって言葉が胸にささってね。否めないなって。それとさ、反論だなんて、弁の立つ貝塚に何か言い返したって、どうせ勝てっこないと思ったような気がする。あたし、ほら、感性派とか言われてたでしょ」
貝塚「そうだね。私は、理屈派とかって言われてた。そうだ、あたしたち、患者さん、ほら、名前は確かAさん。彼に二人して呼び出されたことがあったよね」
新田「あった、あった」
 それは二人が看護師6年目のころでした。お互い嫌いなタイプだと公言していた二人について、なぜか入院中の患者Aさんに、いがみあっているように伝わったのでした。
 その夕方、Aさんは、日勤を終えた二人をベッドサイドに呼び出し、「仲良く仕事しなければだめだぞ、今後は仲良くします、と私の前で誓いなさい、そしてここで握手しなさい」と言ったのでした。
新田「Aさん、いかにも建設会社の社長という感じの、面倒見のいい親爺という雰囲気だったね。Aさん自身、病状はよくなかったのにね」
貝塚「そうだね。幼稚園児の仲直りでもあるまいし、と内心思ったし、私たちは憎み合っているわけじゃないし、普通に話もするって説明しようかとも思ったけど、黄疸が出た顔でさ、腕組みして、私たちをにらんでいるAさんの姿に、なんだかジーンときて、もう、理屈派かたなしだったよ」
新田「で、私たち、Aさんの前で握手したんだよね。Aさん、<よーし、それでいい>って頷いてたね。だからといって、私たちはその後も、お互い嫌いなタイプという関係には変わりなかったけどね」
貝塚「変わりようはないよね。嫌いなタイプなんだからね。それにしてもさ、話は戻るけど、どうして看護部の人事は、私たち二人を一対みたいに異動させたんだろ、偶然かな」
新田「偶然とは言い難いよね。ほかの人たちはみんな一人ずつ異動してたから。だから、なんか意図はあったんだろうとは思うけどね。なんだろね」
 二人はしばらく首をかしげて、黙ります。

 そのあと二人はこの話題はやめて、一緒に働いたナースや医師、放射線部や事務のひとたちなどの話題に花をさかせました。
 外はもう夕方です。
新田「そうだ、私さ、貝塚と一緒の職場じゃなくなってから、よく若い人に言ってたのはさ、職場には嫌いなタイプもいたほうがいいんだ、タイプが嫌いなだけでその人が嫌いというわけじゃないと思うのが大事なんだってさ」
貝塚「なんか、論理が破綻してる気がするけど、思えば私も、嫌いなタイプと働くことを若い人とすすめてきたなあ。嫌いでも、その相手を認めていればいいんだってさ」
新田「あっ、そうか。そういうメッセージをこめて、看護部はあたしたちを一緒に異動させたのかな」
貝塚「さあね、確かめようとしたって、当時の看護部のみなさんは、たぶん、あの世に行っている確率が高いからね」
新田「そうだね」

 二人は今年、71歳。
 また会う約束をして二人は別れました。

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