Archive

小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第128回 スズメとカラス 2015/2
dotline

 午前11時の閑静な住宅街。
 その一角を、グレーのダッフルコートを羽織った瀬戸大助さん(23歳) が、梅の花の香りに足を止めたりしながら、ゆっくり歩いています。いい天気です。
 大助さんは、叔父の瀬戸涼さん(57歳)の住まいに向かっているところです。看護師として病院に勤務している彼は夜勤明けで、手には、駅前で「買うか買わないか」さんざん迷った末に買ったたこ焼きの包みをぶらさげています。
 大助さんは、小さいころから叔父の涼さんが大好きでした。自宅から、電車なら一駅、自転車なら25分の涼さん宅に頻繁に遊びにきていました。涼さんはフリーの本の装丁家で、だいたいは自宅におり、その家には音楽や映画や小説やマンガがたくさんあって、独身で自由に生きている雰囲気があり、大助さんのあこがれの人でした。
 大助さんは、高校に入って部活をはじめ、その後大学の看護学部に進んだため、忙しくなりましたが、それでも年に5、6回は涼さん宅に顔を出していました。
 大助さんはたこ焼きの包みに手をあてながら、道沿いの小さな公園に入りブランコに腰掛けます。涼さんの顔を早く見たいと思いながらも、なんとなく足が向かない面があるのです。
 彼は、ブランコで身体を少し揺らしながら、涼さんを訪ねた前回のことを思いだします。

 あれは、昨年の看護師国家試験の合格発表の日でした。合格の報告と、涼さんの弟である大助さんの父親から命じられたひとつのミッション――体調が悪そうな涼さんに、病院受診をすすめる――がありました。涼さんは大の医者嫌いで、みながいくらすすめても行かないため、最も涼さんが可愛がっている大助さんの言うことならきくかもしれない、ということになったのでした。
 果たして結果は――。国試合格についてはたいへん喜んだ涼さんでしたが、病院受診をすすめた途端に烈火のごとく怒りだしたのです。そしてこう言いました。
「大助だけはわかってくれていると思ったけどな。がっかりだよ。医者にかかれって、おまえだけには、言われたくなかったよ。おまえを養子にもらわなくて、本当によかったよ!」
 この最後の言葉が大助さんの胸にぐさりと来ました。
 それは、大助さんの心の中にチクリと痛みとして残っているあるできごとと関係していました。

 小学生のころの大助さんは、夏休みなど長期の休みには涼さん宅に泊まり込んでいました。
 小学5年生の夏休みのある夕方のことです。涼さんは、早めに仕事を終えてテレビの前で晩酌をはじめており、大助さんはそのそばでたこ焼きとサラダを食べていました。冗談を言ってけらけら笑い合う楽しい夜でした。
 そして涼さんは、楽しいお酒のときのお決まりの話を、このときも話し出しました。
「なあ、大助。スズメとカラスは親子なんだぞ、知ってたか?」
 大助さんはどんな話なのかをよく知っているのですが、頭を大きく横に振ります。
「なんだ、大助。知らないのかあ。だよな。うん、大助はさすがだ。ここは、知らない、じゃないとな。以心伝心だな。さあて、あるところにスズメとカラスがおりまして、スズメが<チチ、チチ>と言いながらカラスのほうに寄っていくと、カラスが<コカア、コカア>と答えたんだ。よって、そのスズメとカラスは父子なのでござる」
 涼さんは、「これは、狂言の『竹生嶋参』という演目のなかの一説なのでござるー」とつづけ、スズメとカラスのくだりを、背筋をのばし、まるで演者のように、朗朗とおかしみのある独特の感じで吟ずるのでした。
 大助さんは、これをするときの涼さんが大好きで、何度見ても飽きなくて、このときも笑いながら喜んでいました。
 しかし、この日の涼さんはいつもと違っていました。急に真面目な声になって大助さんに言ったのです。
「なあ、大助。俺の子どもになるか。次男坊だから、おまえの父さん母さんもいいって言ってくれるだろ。そうするか。どうだ?」
 涼さんが、テレビのほうを向いたままで言っていることや横顔の感じから、冗談で言っているのではない、と大助さんは思いました。
 実は彼は小さな頃から涼さんに冗談の雰囲気で「大助は俺の子になれ」と何度も言われていました。「そうなったらどんなに楽しいか」と思っていましたが、よくよく考えると「それはできない」という結論にいたっていました。
 小5の大助さんは、このタイミングに、涼さんに真面目に返事をしておくべきだと考えました。涼さんをがっかりさせてしまうだろうことを考えるととても言いづらいことでしたが、きちんと自分の思いを伝えないことは涼さんを騙しているような気もして、大助さんは「がんばれ」と自分に言い聞かせて言ったのです。
「子どもには、なれません」
 そういうと大助さんは、わーっと泣いてしまいました。
 すると涼さんは、しばし黙った後平常の声になって、
「な、なんだよ、大助。そんなに重くとらえちゃったの? 悪かったな。冗談だよ、冗談。寝ろ、今日はもう寝ろ」
 これ以来、涼さんは大助さんに「子どもになれ」と言わなくなりました。そして、スズメとカラスの狂言のマネもしなくなりました。
 大助さんは、成長するにつれ、あのとき、わざわざ断りの言葉を述べなくてもよかったのではないか、という後悔が生じてきたのでした。

 そういうことがあったため、大助さんは、昨年の涼さんの「養子にもらわなくてよかった」発言から<やはり、あのときの、息子になれ、は冗談ではなかったのだろう>と思い、あのときにはっきり断ったことがよかったのか悪かったのか、ますますわからなくなってきたのでした。そして、新人看護師として余裕がなかったこともあり、涼さんの身体が心配ではあったものの、結局、一年近く顔を出しそびれてしまいました。

 大助さんはブランコからおり、意を決したかのような表情をすると足早に涼さんの家へと向かいます。
 玄関のドアを開けた涼さんは、ぐっと老けた印象で、かなり痩せており、鼻からずりおちている老眼鏡らしい眼鏡を指で上げながら言ったのでした。
「おう」
 大助さんは、たこ焼きを涼さんに乱暴に差し出しながら、靴を脱がないまま言います。
「親身って言葉。親身って言葉について、この一年近く病院で看護師として働いてわかった気がするんだ。ぼくは涼ちゃんの身体がとても心配。ものすごく心配。ずっと心配。これって親身ってことなんだ。だから、とにかく、受診してください! お願いします!」
 目を丸くして大助さんの様子を見ていた涼さんですが、顔を崩し笑い出します。
「ククク、おまえ、子どものときと全然かわってないとこと、ものすごく大人になったとこがあるな。親身ねえ。もはや、おまえは、親みたいな気持ちで俺のこと心配してるのかもねえ」

 この日、涼さんはたこ焼きをほおばりながら、久しぶりに例の狂言のマネをしました。そしてその翌週、病院を受診したのだそうです。

ページの先頭へ戻る