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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第13回 ひとり拍手 2005/6
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 先日の山口宇部空港での出来事です。
 荷物検査ゲートに入ろうとしたとき、近くにご夫婦らしき男女が黙って向き合って立っているのに気づきました。四十代後半と思われる男性はジャージの上下にサンダル履きで、男性と同じ年代と思われる女性はスーツ姿。出かける奥さんをご主人が見送りきた、というふうです。時間的に、私と同じ東京行きに乗るようです。
「じゃ」と奥さん。
「うん」とご主人。
 ほかには何も言わない二人なので、「じゃ」と「うん」がひと際意味深に聞こえてきます。数日間の旅行あるいは出張、といった短期間の旅ではないのかもしれません。
 奥さんは、足元に降ろしていた大きめのバッグを持ち、荷物検査ゲートのほうへと身体を向け、進みました。私は彼女のうしろ並び順番を待つことにします。
 そのときです。背後から音が聞こえたので振り向くと、さきほどのご主人が、こちらに向かって立ち、「ひとり拍手」をはじめていたのです。音の小さくない意思の感じられるしっかりとした拍手です。ひとりだけが拍手することを、私は特別視して以前から「ひとり拍手」と呼んでいます。複数の人がする拍手とは印象ががらりと違ってくるように思うからです。
「やめてよ!」
 そう言いながら奥さんはご主人にその意味の手振りをします。恥ずかしいのでしょう、周囲をきょろきょろしながらです。
 しかしご主人は、ハナムケのようなお祝いのような、また激励でもあるような、そんな拍手をやめません。
 奥さんはもう一度「やめてよ」と言って手振りをしますが、ご主人はひとり拍手を続けます。
 奥さんはうつむき、荷物検査ゲートを通過します。私も続きます。

 搭乗口は、荷物検査ゲートを通過したらすぐのところにあり、ご主人の拍手が続いているのが聞こえてきます。奥さんは困惑した様子で、椅子に座りうつむきます。
 そのときです。ひとり拍手の音が止み、
「がんばれよー」
 と荷物検査ゲートに向こうから男性の声がしたのです。ご主人の声のようでした。
 奥さんは、ハンカチで目のあたりを押さえ「がんばれよ」に答えるようにしっかりと頷いたのでした。
 「ひとり拍手」と「がんばれよ」で、私は船田夫妻のことを思い出しました。
 脳梗塞により半身不随になってしまった奥さんが病室から毎日リハビリ室に通い、ご主人はそれに付き添っていました。お二人とも七十代後半でした。
 船田さんの奥さんは、とても努力家で訓練熱心で、リハビリはかなり順調に進んでいました。その奥さんに付き添っているご主人は、それぞれの訓練メニューでたいへんそうな場面になると、
「がーんばれ」「がーんばれ」
と運動会のような応援をし、目標の回数まで達成できたり、目標の場所まで行けたりすると、パチパチパチとひとり拍手をするのでした。奥さんは、ご主人の「がーんばれ」がはじまるとむすっとしてしまい、ひとり拍手をされると、うんざりしたように「はあ」とため息をつくのでした。あまりうれしい応援ではなかったようなのです。
 ところが、奥さんが、ある難関な訓練を達成できたときのことです。ご主人は、難関なところにさしかかったからよほど気を遣ったのか、「がーんばれ」もひとり拍手もしないで見守っていたのです。
 すると奥さんは、不満気に口を尖らせて「拍手は?」と催促したのでした。

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