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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第136回 人生時計 2015/10
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 午後。
 曇天の下、訪問看護ステーション ひばりの野末まゆみさん(27歳)が、自転車で訪問先の福山恭三さん宅へと向かっています。ペダルをぐんぐん漕いでスピードを出していますが、内心は少し気が重いようです。

 福山恭三(90歳)さんは、妻の真子さん(88歳)に身のまわりのことを手伝ってもらいながら自宅で療養中です。夫妻は一日一日をかみしめるように大切に、そして仲睦まじく暮らしています。二人とも小柄で、丸顔にいつも柔和な表情を浮かべているので、お地蔵さんのようだと野末さんは秘かに思っています。
 前回の恭三さんへの訪問は一週間前でした。
 その際に野末さんは、つい噓をついてしまったのです。

 恭三さんの何種類もの内服薬の服薬の確認を終えたあとのことでした。横たわる恭三さんの枕を整えながら、妻の真子さんが話しだしました。
「昨日テレビを見ていて、人生時計というのを知ったんですよ。年齢を3で割った数が人生の時計だって」
 真子さんは、寂しげに恭三さんの顔に目をやります。
 訪問者への対応で疲れたのか、恭三さんは目を閉じてしずかに呼吸しています。この日の恭三さんは、なんとなく元気がないなと野末さんは気になっていました。しかし体調に変わりはないと本人は話し、バイタルサインや病状にも変化は見られませんでした。
「それ、聞いたことあります。たとえば、18歳なら3で割って、人生の6時にあたるから、早朝ですね、これから起きて活動を開始する時間、というふうに」
 野末さんは帰り支度をはじめながらこたえました。
 それにうなずいた真子さんは、顔を曇らせて再び恭三さんの顔を見ます。そしてなんと、真子さんははらはらと涙を流しはじめます。
「ど、どうなさいました?」
「ごめんなさいね。その人生時計のことでね。主人は90歳ですから、3で割ると30時ということになります。24時を6時間もすぎている、もう人生の翌日の早朝ってことになり、人生はとっくに終わっているべきだったのかも、なんて主人が言いだして、なんだか、がくっときてしまいまして。
 それを考えたら、私だって88ですから29時と少し、人生時間では、一日が終わったあとの早朝の5時すぎですよ。なんだか、余分な人生を過ごしているみたいで、むなしくなって、私までがっくりきてしまってね。なんかすぐ泣けてきちゃうんですよ。年寄りは困ってしまいますよね」
 さらに恭三さんは、人生時計でいうところの24時の72歳のときに大病して命の危機に陥ったことがあり、昨夜、彼は<ほんとうは、あのとき死んでしまえばよかったのかもしれない>とまで言いだしたといいます。
 それを聞き野末さんは言いました。
「そういえば、最近は4で割るんだと聞いたことがありますよ! いまは平均寿命が大幅に伸びましたし、昔よりも若者が実質的に自立する年齢も遅くなったので、4で割ると、ちょうどいいというわけです。ご主人も4で割ったなら、まだ人生時計は22時半ですよ。まだ、いろいろ楽しみのある時間ですよね、テレビの夜のスポーツニュースだって、まだ始まっていないですよ」
 すると、恭三さんは目を開けてニコリとします。
 それを見ていた真子さんの顔は、灯りがともったようにうれしそうになります。
 野末さんは笑顔で福田宅をあとにしました。
 
 しかしその後、野末さんの心の中にじわじわと罪悪感が膨らんだのです。4で割るという考え方は出まかせであり、本当は誰からも聞いたことのない説なのです。
 実は野末さんは、自分自身の人生時計の計算を、24歳ごろから4で割って考えるようになっていました。24歳は4で割れば人生時計の6時です。起床して、これからがんばるという時間。現在は27歳ですから、6時45分。まだまだ、これからがんばればいい。つまり、4で割れば、まだこれからなのだ、と思うことができ、なんとなく気が楽になるのでした。
 そもそも3で割って人生時間とするというのは単なる一つの考え方にすぎないのです。それを都合よく4にしてしまうのは、いかにもご都合主義で、自分の人生への不安の気休めの材料である、というふうに思われ、野末さんは人にそれを話したことはなかったのでした。
 しかし、つい福田さんご夫妻に言ってしまったことで、彼女は自分の情けない了見を人様にさらしてしまったような気持ちになりました。
 
 今日の訪問で野末さんは、まず福田さんご夫妻にきちんと詫びようと考えています。もしかしてご夫妻は噓を知って憤慨するかもしれない。場合によっては、訪問の看護師を変えてほしいと希望するかもしれない。それでも、丁寧に一日一日を生きている人たちに、いい加減な了見で思いついたことを語るなんてよくないことだと強く思ったのです。
 人間関係を良好に保つために、どんな些細なことでも自分の落ち度は必ず謝り、そして助けてもらったときにはきちんと感謝する。野末さんは訪問看護に携わって、利用者やそのご家族、介護・医療関係者と接する中で、その大切さを身を持って学びました。
 福田さん宅をたずねると、ご夫妻は柔和なお地蔵さんの表情でむかえてくれました。
 二人を前に神妙な面持ちになり、野末さんは正座して背筋を伸ばし言います。
「先週、私が申し上げた人生時計の4で割るという話なのですが、世間では誰ひとりとして語っている人はなく、私は噓を申し上げてしまいました。申し訳ありません!」
 二人に頭をさげました。

 野末さんが顔をあげると、夫妻はなんとも優しい表情で彼女を見つめていました。
 真子さんがいいます。
「ひとつも謝ることないのよ。野末さんが先週、4で割ることを言ってくれて、そしたらなんだかたのしくなってきて、ほかに訪問に来てくださる人なんかとも話してね、新しい考え方、72までは3で割り、それをすぎたら4で割るなんていうのもよいのでは、とかいろいろ話してね、結局、いまのところは元の計算の仕方の3で割るのでいいかってね、主人が」
 続いて恭三さんが口を開きます。
「そう。考えてみれば、人生の24時をこえた朝方6時にあたる90歳は、すごく得をしているようにも思えてきたんですよ。そのお得な感じがいい。そう思えるきっかけを作ってくれたのはあなたですよ、ありがとう」
 お地蔵さんが二人してぺこりと野末さんに頭をさげました。
「そ、そんな」
 と、恐縮しながら野末さんは、なんて素敵な人柄のご夫婦なのだろう、と感動を覚えたそうです。

 そして野末さんも、3で割って人生時計を考えることにして、人生時間の9時のいまを充実させようと決めたそうです。

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