Archive

小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第145回 ナースマン3号 2016/7
dotline

 某市に病床数200弱のアットホームな雰囲気のただようA病院があります。
 平日の午後、A病院の隣に位置するスパに坂口祐樹さん(25歳)が入っていきます。彼は病床数1,000近くの病院を辞めて、ふた月前にA病院に就職した看護師です。
 配属先の東3階病棟(以下、東3)のナース・染野さんに、
「みんな、顔見知りに会わないようひと駅先のスパに行くからさ、うちの隣のスパが誰にも会わなくて済む穴場だよ、今日、帰りに寄って見たら。寄ってみなよ、そうだ、割引券あげるからさ」
と強く勧められた坂口さんは、午前半日勤務を終えたあとにやってきたのです。ちょうど、サウナでも入ってすっきりしたい気分でした。
 前の職場に比してA病院では男性看護師が少なく、就職後まもなく坂口さんには「ナースマン3号」というあだ名がつきました。
「あっ、あなたがナースマン3号ねっ。サンダーバードだと3号って5男坊なのよね、あなたは?」
「長男です」
「へえ。サンダーバードだと長男は1号なんだけどね」
「そうですか。ぼく、3号、気に入っていますから」
 などと答えながら坂口さんは、サンダーバードは関係ないですから、と心の中でつぶやくのです。
 3号になったことにより、そんな会話に巻き込まれることは、新しい職場の人たちが話しかけてくれるきっかけとなるので、どちらかといえばありがたいことだと思っていました。
 しかし、少々迷惑な事態がひとつ生じており、それには困惑しています。東3に清田さんという30代後半の男性看護師がいて、彼がナースマン1号。丸い体型でおおらかな印象。そして、西3に仙川さんという27歳の男性看護師がいて、彼が2号。痩せ形でやや神経質な印象。その1号と2号それぞれに誘われ、飲みに行ったなら1号(清田さん)は2号(仙川さん)の、2号は1号の悪口を聞かされるのです。
 1号の清田さんは、
「キャリアデザインばかりに気をとらわれずに、東3でじっくり、目の前の仕事に丁寧に取り組めばいいんだよ。流れに身を任せるっていうのもね、大事なんだから。自分だけ秀でようみたいな考えを持つと、人間関係が面倒になってくるからね。2号の仙川は、自らのステップアップばかり考えていて実に貪欲に動いているんだけど、そんなふうだから西3で浮いていて人望がないばかりか、煙たがられているんだ。あいつに何か言われても、言うことは聞かないほうがいいぞ」
 一方、2号の仙川さんは、
「今後、自分が看護のどんな分野に進むか、認定看護師の資格をとるのか、専門看護師か、教育にゆくのか、あるいは起業するのか、をよくよく考えて、それに向けて前のめりで取り組んで行かないとだめだよ。清田さんは呑気なこと吹き込むかもしれないけど、そういうこと言って、後輩の芽を摘もうとしているんだからな。だまされるな」
 そして、ひと月前には、坂口さんが三方活栓の患者側をうっかり閉じたままにしてしまった一件があり、その後に誘われて飲みに行くと1号の清田さんは、言いました。
「あれさ、オレがすぐに気づいてよかったよ。ほかのいじわるな奴だったら、一生言われる可能性あるからな。3号じゃなくて、ナースマン三方、なんて渾名がついちゃうおそれもあったよ。<三方良し>って言葉知ってる? 元は近江商人の心得で、売り手良し、書い手良し、世間良し、って、みなにとっていい形で商売するってことだけど、三方活栓の確認のときに、三方良し、と心の中で声を出して、三方向開いているべきところと閉じているべきところを確認する癖をつけるようにしてきたんだ、おれはね。ところで坂口君は、まさか、仙川についたりしないよね?」

また、2号の仙川さんにも誘われて飲みに行くと、こういわれたのです。
「あの三方活栓の件で、清田さんは君に恩を着せて、自分の子分にしようと考えていると思う。早めにぼくについておいたほうがいいと思うよ」
 つくとかつかないとか、実に面倒臭い話だと坂口さんは思っています。
 今後ふたりは、どちらにつくんだと迫ってくるかもしれず、両者に対し距離を置く方向を検討しなければと坂口さんは考えています。しかし、そうしたなら、余計面倒な事態になってしまうのではないか。誰に相談するでもなく対処法を決めかねていました。

 スパはとても空いていました。坂口さんはプールをひと泳ぎしているうちにリラックスしてきます。そして泳ぎながら決めます。1号にも2号にも、どちらか側に「つく」といったことはしたくないししない、と両者にきっぱり伝えることをです。前の病院は、派閥争いとともに陰険ないじめなども日常化している職場で、それに見切りを付けたくて彼は辞めたのでした。
 プールからあがり浴室に入って身体を洗った坂口さんは、次にサウナ室に入ります。
 サウナ室内には入口近くに二人座っていました。
 ちらとその二人を見た坂口さんは動作を止めます。少し離れた場所に座ろうとして、見覚えのある顔だったからです。確認のためにもう一度みると、二人は「おお」と言って同時に手をあげます。1号と2号でした。
 仲の悪い二人が一緒にそれもサウナにいるなんて、坂口さんには不思議でたまりません。
 でも、ちょうど二人が揃っているので、決めたことを言ってしまおうと思います。
「あの、言いにくいことではありますが、思い切ってお二人に伝えたいと思います。いま、よろしいですか?」
 すると二人は顔を見合わせたあと、坂口さんにむかってうなずきます。
「では、すみません、いいます。ぼくは、お二人とも、同じようにおつきあいさせていただきたいと思っています。どちらにつくとか、そういうことはしたくないんです!」
「うん、いいね!」
 坂口さんからは死角になっている奥から急に声がして、男性が立ち上がり姿を見せます。彼は「うー、暑い。もう我慢できん」と言いながら出口のほうにやってきて坂口さんに、
「わたし、A病院のナースマンゼロ号の桐田です。よろしく! A病院の男性看護師はこの四人だけだから、結束してやっていきましょう。じゃ」
 と言ってドアを開け水風呂へと直行します。
 そして1号が立ち上がり、
「あの人、手術室勤務。ナースマンって言葉が広まる前から勤務していたからゼロ号なの、じゃ」
といって出てゆき、つぎに2号が立ち上がり、
「桐田さんから、二人の仲が悪いみたいに坂口君に接してみろって言われてさ、つい、悪ノリしちゃって、悪かったね」
といって出てゆきます。
「えー、それはひどいんじゃないですか! ひどすぎますよ」
 水風呂に入った3人の前に行き、坂口さんは仁王立ちになって抗議します。
 その様子を指さして3人は笑い、水風呂の水を坂口さんにバシャバシャとかけます。
「やめてくださいよう!」
 と声をあげる坂口さんも、なんだか可笑しくなってきます。
 3人はここで坂口さんを待っていたこと、坂口さんがここに寄るように促すことをナースの染野さんに頼んでいたことも明かしました。

 それから半年。
 A病院のナースマン0~3号の4人は、仲良くやっているそうです。

ページの先頭へ戻る