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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第44回 真紅のマニキュア 2008/1
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 ある老人保健施設のスタッフの休憩室で、ナースの柳沢由美さん(42歳)が、ひとり、ほっとした表情でお茶を啜っています。気がかりだった問題がひとつ解決できたのです。
 その問題とは…施設に入所中の小山田ミサさん(90歳)が、十日前からフットケアを拒否するようになってしまったことでした。
 フットケアは、立つことや歩くことの妨げとなる爪と足のトラブルの防止改善策として、最近、ケアの分野で大変注目され、実施されるようになりました。特に高齢者の場合は、変形・肥厚した爪のケアを行うことで歩けるようになるケースが多く、高齢者の自立支援のために大きな役割を果たすことがわかってきました。ナースの柳沢さんがケア長を務めるこの施設でも、フットケアに積極的に取り組み成果をあげてきました。
 小山田ミサさんは、この施設に入所した四ヶ月前には、ひどい巻き爪や肥厚がありました。スタッフが熱心にフットケアを続けることで、徐々にその状態が改善され、爪による痛みのため歩行をさけ車椅子移動だったのが、歩行可能になり、自宅に帰るためのリハビリが順調に進んでいったのです。
 小山田さん自身も、自宅に帰るためにリハビリに熱心でした。最愛のご主人とともに自宅で過ごしたいという強い思いからです。ご主人は、近くはない自宅からバスに乗って一日置きにミサさんに会いにきていました。そして、一週間間隔でせっせとミサさんにマニキュアを塗ってあげていました。
 五年ほど前からこの施設では、女性の入所者の多くがマニキュアを塗って楽しむようになりました。体調が悪くて寝ていても、爪をきれいに塗った手をかざして見ると、華やかな気分になり元気になると好評で、定着したのです。医療や関連施設では、爪の色で体調を観察するために、マニキュアは塗らないようにしていただくのが一般的ですが、「体調が比較的安定している老人保健施設などでは、体調は別の部分で観察すればいい」とケア長の柳沢さんは判断したのです。
 マニキュアはスタッフが希望に応じて塗ってあげる形ですが、ミサさんはご主人にせがみ、毎回、彼に塗ってもらっていました。ご主人が選んだ真紅のマニキュアをです。手をあずけてマニキュアを塗ってもらうミサさんは、少女のようにはにかみながらもうっとりと満ち足りた表情で、その様子を目にしたスタッフまで幸せな気分になったものでした。
 そのご主人が、二ヶ月前に急に急逝。
 ミサさんはショックのために臥せってしまいましたが、ご主人と最期に交わした言葉が「リハビリを頑張って家に帰る。約束する」だったため、その約束を果たそうとリハビリを開始。約束を果たそうと必死で、そのパワーには鬼気迫るものがあり、リハビリは進み、この調子なら自宅へ帰る日も遠くないとスタッフは考えていました。
 しかし、十日前に、彼女のリハビリを阻む事件が起きてしまいました。
 ベテランのケアスタッフが、励ましになればと考え、あの真紅のマニキュアを、リハビリ疲れでぐっすり寝ているミサさんの手の爪に勝手に塗ってしまったのです。目を覚まし、そのことを知ったミサさんは激怒し「今後一切、誰にも私の爪を触らせない!」と宣言し、大事なフットケアを拒むようになってしまいました。ご主人との大切な思い出を汚された気持ちになったようでした。
 高齢のミサさんにとって、フットケアをやめることは、車椅子使用→活動の低下→臥床がちな生活→肺炎などの体調悪化、につながる可能性が高く、つまりフットケアの中止が命取りになりかねないのです。
 ケア長の柳沢さんは、ケアスタッフの軽率な行動をミサさんに詫び、そのスタッフに厳重に注意し、その後はミサさんにフットケアを受けてくれるように説得しました。
 しかし、ミサさんは頑なでした。何度もいろんなスタッフが説得を試みるなどしてもノー。頼りのミサさんの娘さんから話してもらってもダメで、柳沢さんは頭を抱えたのです。

 そして今日、なんと、ミサさんはあっさりとフットケアに応じたのです。着任したばかりの二十代後半の男性ナースが、フットケアの準備をしてベッドサイドを訪れると、自然に応じたというのです。「また拒まれるだろう」と内心思っていたスタッフたちは、フットケアを終了してワゴンを押して出てきた彼の姿を見て目を丸くしました。
 スタッフたちに「ミサさんにどう接したのか」「どんな言葉をかけたのか」などと聞かれた彼は「とくにこれといったことは…」と首を傾げるのでした。みなは「ミサさんの好みの男性だったのではないか」「ご主人にどこか似ているのではないか」「新しい人だから意地をはらなくて済んだからではないか」などなど、あれこれ推理していましたが、ケア長の柳沢さんは「それはあとでゆっくり考えればいいじゃない。とにかく、フットケアが再開できてよかった。まずはそれでいいじゃない」とみなに話し、さしあたり彼を今後のミサさんのフットケア専任としたのです。
 柳沢さんはお茶を啜りながら、救命救急外来で働いていたころを思い出します。そして、瀕死の状態の患者さんの命を助けることができたあとのほっとした気分を思い出し、いまもそのときとまるで同じ気分であることがわかったのです。

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