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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第47回 夫婦喧嘩 2008/4
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 植松勇一さんと寛子さんご夫妻の話です。
 同い年の二人は、最近、定年退職を迎えたばかりで、現在はだいたい毎日自宅で過ごしています。また、最近、二人の娘が相次いで結婚して家を出てゆき、夫婦二人だけの暮らしとなりました。
 そんな植松さん夫妻が、現在、いわゆる「冷たい戦争」の状態になっています。
 ひと月前、そのきっかけとなる出来事がありました。その日は、32年前に二人が婚姻届を提出、つまり入籍した日でした。
 その後二人が結婚記念日を祝ってきたのは、入籍した日ではなく結婚式をあげた日。よって、入籍した日については家の中で話題になることはありませんでした。
 しかし、今年の入籍記念日に寛子さんは、夫の勇一さんとできれば一緒に入籍のあの日を懐かしみたいと思い、ちょっとしたいたずらをしたのです。コップに泥水を入れて、それをお盆に載せて、縁側で新聞を読んでいた夫の勇一さんにニコリと笑ってから「あなた、コーヒー牛乳ですよ」と言って丁寧に差し出したのです。その際の勇一さんの反応に、寛子さんはかちんときて、喧嘩へと発展したのでした。
 入籍したころの32年前の二人はとても貧しく、すぐには結婚式をあげられない状況でした。それで入籍したその日に二人は、役所に行った帰りに小さな公園内のブランコに乗り、缶コーヒーで乾杯をしてささやかなお祝いをしたのでした。ブランコをこぎながら役所の窓口の人の口マネをしたりしたあとに二人は、入籍の喜びをかみしめるかのように黙ってみつめあいました。そこへ、すぐそばの砂場で小さな男の子と女の子がおままごとをはじめた声が聞こえてきたのです。
 女の子が「あなた、コーヒー牛乳ですよ」といいながら、泥水を入れたコップを木の板に乗せて差し出すと、きちんと正座した男の子はそのコップを取り「かたじけない」といって飲むマネをし、「うん、うまいぞよ」と言う。それを、何度も何度も繰り返しました。
 その光景を微笑ましく思った二人はままごとの口真似をしながら、女の子と男の子をしばらく眺めていました。そしてこんな会話を交わしたのです。
「泥水のコーヒー牛乳といったら、ボクたちの入籍日。一生忘れないと思う」と勇一さん。
「そうだね」と寛子さん。
 しかし寛子さんは、入籍日は覚えてはいても、泥水のコーヒー牛乳のことはすっかり忘れていて、最近になってふと思い出したのでした。それで、勇一さんは覚えているのかどうか試してみただけで、たとえ忘れていたとしても彼女は腹を立てたりはしなかったのです。
 彼女が腹を立てたのは、夫に「ボケたのでは」と思われたことでした。泥水のコーヒーを出された勇一さんは、驚きと不安の色が隠せず、そそくさと自室に入って「物忘れ外来」や「認知症」のネット検索をはじめたのです。それを知った彼女は、夫の物忘れの数々や自堕落な生活ぶりをののしり、それに腹を立てた勇一さんも言い返し喧嘩に。
 長い結婚生活。二人は数え切れないほどの喧嘩をし、言葉を交わさない冷たい戦争に突入し、そして仲直りをしてきました。仲直りのきっかけはいつも、突然の来客か家族の誰かが風邪などをひいて体調を崩すか、でした。お客さんの前で喧嘩しているわけにはいかないし、家族の誰かが病気になったりしたら喧嘩どころではなくなるからでした。
 ところが今回は、そのどちらも訪れず、気まずい日々が続いたのです。一週間が過ぎ、十日が過ぎ…。
 そして、二週間が過ぎようとした朝、勇一さんが寝込んでしまい、同時に冷戦が終了したのでした。体調が悪いといいながらも医者に行こうとはしない勇一さんを、寛子さんはたいへんに心配したのでした。
 勇一さんは一日寝込むとけろっとして調子よくなり、寛子さんもひと安心したのですが、勇一さんの一言で、また喧嘩になってしまいました。実は、勇一さんは、終わらない冷戦の日々が耐え切れず、迷った末、その解決策として仮病を使っていたのです。寛子さんは、勇一さんの体への心配が大きかっただけにその嘘が許せず怒りがこみあげてきて、彼を攻撃。勇一さんも反撃に出て、ののしりあってしまったのです。そして再び冷戦状態に突入。
 冷戦状態をつづけるのは、両者ともたいへんに疲れます。しかし二人は「相手が先に折れるまで」と意地を張りつづけ、とうとう、入籍記念日から一月も経ってしまったのでした。<ずっとこのままでいるわけにはいかない>と二人は胸のうちで思いましたが、いままで、どちらからも折れたことがなかったのですから、折れる術も知らなかったわけです。
 そこへ、長女がふらりとやってきました。ご夫妻は内心「救いの女神だ」と思い、これでやっと仲直りができると思ったのです。実は長い結婚生活で、急な来客や家族の誰かの病気のほかに、娘たちの取り持ちも仲直りの大きなきっかけなのでした。
 しかし両親の冷戦を察知した長女は、「これからは他力をあてにしないで、喧嘩は当人同士で努力して仲直りをして頂戴ね。いつも私たち娘がいるわけじゃないんだし」と言い残し、すぐに帰ってしまったのでした。
 
 それから一週間して、二人は自力でやっと仲直りできたそうです。勇一さんは、妻が好きな紅茶をいれ、寛子さんは夫が好きなコーヒーをいれたのがきっかけになったとか。

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