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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第62回 張り合い 2009/7
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 看護学部四年の美和さんは、彼女の大叔父・大叔母である清さん・節子さん(ともに80歳。二人暮らし)のことで心配し悩んでいます。
 清さんと節子さんは、三十年前に一人息子を亡くして以来、二人で暮らしてきました。小さいときからときどき遊びにきていた美和さんは、おしゃれでたのしい二人が大好きでした。
 四ヶ月前、美和さんは久しぶりに二人の家に顔を出しました。高校では部活や受験勉強、看護大学では試験や実習やレポートで忙しく、訪ねたのは5年ぶりでした。久しぶりに会った二人は、予想を大きく超えて老け込み、衰えており美和さんはショックを受けました。
「美和ちゃん、先月、キョンが亡くなってね。なんだか、二人してがっかりしちゃって」
「そう、気が抜けちゃって。生きる張り合いみたいのがなくなっちゃって」
 清さんと節子さんは、順にそういって肩を落としたのでした。キョンとはネコの名前です。長年の日課だった散歩もしなくなってしまったということでした。
 看護学生の美和さんは、講義や実習で、「気を落とすなにか」が高齢者の大病の引き金になることを勉強し目の当たりにもしてきました。高齢者の場合は、気を落とさないようにすること、つまり生きる張り合いを失わないようにすることがたいへん重要であることを美和さんは知っていました。それで彼女は、二人が張り合いを見つけられるようにかかわりたいと思い、日曜日にはできるかぎり顔を出すようにしたのです。
 美和さんが清さん宅を訪ねるようになって三回目の日曜日。美和さんのお土産の饅頭を三人で食べていると、あの世の話になりました。
「あの世ってどんなとこなんだろうね」と清さん。
「行ったことがないからわかんないけど、ひとつだけわかってるのは、あの子がいるってことね」と節子さん。
 あの子、とは三十年前に亡くなった一人息子の達郎さんのことです。二十二歳だった達郎さんは、火事にあった友達を助け出そうとして命を落としました。
 清さんと節子さんは、達郎さんを思い出し、がくりと肩を落としてしまいます。それを受けて美和さんは場を明るくしたいと思い、とっさに「あの世に行ったら、達郎さんに、こちらのたのしい土産話をしたいですね」と言ったのです。言ったそばから彼女は後悔しました。あの世に行く=死です。うかつな発言が、生きる張り合いとは逆方向の感情を刺激してしまうかもしれないと思いました。
 しかし清さんは、膝をぽんと叩いて言ったのでした。
「そうか、達郎に土産話か。こっちでどんなことがあったのか、いろいろ話してやらないとな。そう考えると、なんだか、あの世に行くのが楽しみになってくるな」
「そうね、立派に生きて立派に死んだ達郎ですからね。あたしたちもシャキッとして、こっちの世界の実のある土産話をしてあげなきゃね。どんな話をしてあげるか、あの子が亡くなったあとの出来事をいろいろ整理しなきゃ。そうだ、最後までしっかりと生きたこともあの子に話したいから、もっとちゃんとしなきゃ」と節子さん。
「あいつの親として恥ずかしくない生き方をして、それであいつに会いたいな。散歩、再開するか」
 というわけで、この日から二人は、「あの世に行ったときに、達郎さんに胸をはって土産話をする」という張り合いを見つけ、俄然いきいきとしはじめたのでした。
 美和さんは、心の中で「なんだか、二人があの世に行くことを応援しているみたい」と、手放しでは喜べない気持ちもありましたが、以前のおしゃれでたのしい二人に戻りはじめたのを見て、よしとすることにしたのです。美和さんは、三ヶ月ほどは日曜日ごとに顔を出しましたが、その後、学業がとても忙しくなり、このひと月は顔を出していませんでした。
 そして昨日、なんとなく気になって電話を入れてみると、受け答えや声の調子で清さんが気落ちしていることがわかりました。
「あの世で達郎にあったときの話を節子としていてね、ほら、こっちで、あいつとお別れができなかったからね、あの世に行っても会えないんじゃないかなんて話になってね……」
 電話を変わった節子さんも同様の状態で、美和さんは胸が痛みました。<やっぱり、おかしな話だったのよ、死を勧めているみたいなことをしていたのかもしれない。それで二人の抵抗感がこんな形として出たのかも> 達郎さんは焼死し身体が焼けてしまったため、清さんと節子さんはご遺体に会うことができなかったのです。
 どうしたらいいか・・・。美和さんは、昨夜から悩んでいたこのことを、今日、久しぶりに会った恋人の隆志さんに相談しました。美和さんは、清さんと節子さんのところにすぐでも行きたい気持ちがありましたが、それよりもずっとすれ違いで会えなかった隆志さんとの約束も大事でした。
 ひととおりの話を聞き終えた隆志さんはこういいました。
「あのね、美和は当事者だから気づかないんだと思うけど、そのおじさんとおばさんにとって、いま、一番の張り合いは、たぶん、美和なんだよ。学業が忙しくてこれないのはわかってはいるけれど、こなくなってひと月、火が消えたみたいになって、さびしくてたまらないんだよ。だから、美和がふたたび顔を出すようになればまた元気になると思う。以上」
「ふん、私は文学部のあなたより看護のことを知ってるのよ。わかったようなことを言わないで。それと、ひとごとだと思って簡単に片付けないで。私だって顔を出したいのはやまやまだけど、今日はこっちにきたんでしょ!」
「なんだよ、きてあげたみたいに言うなよ!」
 こうして美和さんと隆志さんは言い合いになり、話の流れで、二人して清さんと節子さんの家に行ってみることになったのでした。
 その結果、隆志さんの読みどおりだったのです。

 その後、美和さんと隆志さんのデートは清さん宅で行われるようになり、そのうち隆志さんだけでも清さん宅を訪ねるようになり、一年がたち、二年が経ち、二人はもうじき結婚するのだとか。清さんと節子さんにとって、美和さんと隆志さんの存在が大きな張り合いになったようで、現在とても元気だそうです。

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