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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第67回 さする手をとめる瞬間 2009/12
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 夜。消灯後の病室。ベッド上に女性が仰向けになっています。東野保子さん、51歳です。
 彼女は明日、手術を受けます。それに備えて十分に眠っておきたいと思い、目蓋を閉じてみたものの、なかなか眠りにつけない彼女は、真っ暗な中、目蓋をあけて母親の歌子さんのことを思います。
 80歳になる歌子さんは、一年前に夫を亡くして以来急激に衰え、現在は特別養護老人ホームに入所中です。
 歌子さんが入所して以来、保子さんは日曜日ごとに面会するようになりました。自宅から片道二時間をかけてです。そして、毎回、きっちり一時間歌子さんの体を背中や肩や腕をさすります。
 最初は、さするのではなくハンドマッサージとツボ指圧を歌子さんに行ったのでした。歌子さんに少しでも気持ちよい思いをしてもらいたいと考え、保子さんは講習を受けたり本を読んだりして準備しました。歌子さんが喜んでくれることを想像しながら、なんとか時間を捻出してです。
 そして、入所してまもない歌子さんに、保子さんははじめてハンドマッサージと指圧を行いました。
 その終了後に、歌子さんはこう言いました。
「専門のマッサージとかではなくて、ただ、さすってもらうほうがいいんだけど、せっかくやってくれるなら、そうしてくれる?」
「ん? そう?」
 歌子さんがはっきりと自分の希望を口にするのは珍しいことでした。
 次の日曜日、保子さんは歌子さんの身体をさすりました。肩から腕を左右10分くらいずつ。さすりながら保子さんは、<たしかに、馴染みのないマッサージやツボ指圧などされるよりもさすってもらったほうが安らぐし気持ちいいのだろうなあ。そういえば、私が子供のころさすってもらったなあ>と思いました。
 さするのを終えると歌子さんが言いました。
「もっと、さすってくれる?」
 保子さんは驚きました。予想とは逆の反応だったからです。物静かで遠慮深く、つねに相手を気遣うタイプの歌子さんの言葉とは思えませんでした。娘を気遣って「ありがとう。面会に来てもらって、その上に身体もさすってもらって悪いねえ」とか「すごく気持ちよかったけど、無理しなくていいよ」などと言ってくれるだろうと思っていたのです。
 それほどに夫を喪ったショックが大きかったのだろう。唯一の家族となった娘に甘えたい気持ちなのかもしれない。保子さんはそう思って、少しでもさびしさをうめてあげられたら、と心をこめてさするのを続けました。
 それを30分ほど続けていると、中腰になって行っていたからか、保子さんは疲れてきてしまいました。
「母さん、ごめん、疲れてきちゃった」
「………」
 保子さんはまた驚きました。疲れたといえば、当然「もういいよ、ありがとう」と言ってくれると思っていたのに、なんの返答もなかったからです。寝てしまったのかなと思い顔を覗き込んでみると、起きています。
「母さん、疲れちゃったから、さするのを終わりにしていい?」
「うーん」
「じゃ、もう少し、がんばって、つづけるね」
 それから10分ほど、さすりつづけた保子さんでしたが、どうしても腰が痛くてそれ以上は続けられず、「ごめん」と言ってやめたのでした。当然、言ってくれると思っていた「ありがとう」「楽になった」といった言葉は歌子さんから聞かれずじまいでした。
 次の日曜日も次の日曜日も、保子さんがさするのをやめていいか、と聞いても、歌子さんはなにも答えず、もっと続けほしいという思いを表すのでした。それで保子さんは、さする手を止めることに罪悪感のようなものを感じるようになり、さするときの自分の姿勢を工夫しながら、前回よりも少しでも長い時間さすらなければと思い、毎回少しずつさする時間を延ばしていったのです。そしてそのうち、<血のつながりのないあなたを育ててあげたのだから、もっとさすって当然だと思っているのだろうか><私がいい子じゃなかったことの罰を与えているのだろうか>などと思うようになり、複雑な心境でさすりつづけたのです。
 三ヶ月たったころには、さする時間が一時間ほどになり、一時間が限界だと感じた保子さんは、その後毎回一時間でやめるようにしました。さする手をとめる瞬間は、娘としての愛情を計られているようななんとも嫌な気持ちになりました。もっと素直な気持ちでさすってあげなきゃと自己嫌悪に陥ったりもしました。さすっていた手をとめる瞬間は、毎回、苦しい気持ちになりました。
 二週間前の日曜日のことです。一時間さすり、いつもの苦しい気持ちになりながら保子さんが手をとめたとき、歌子さんが言ったのです。特別養護老人ホームに入所して以来、口数がぐっと減り、保子さんとも会話が少なかった歌子さんでしたが、久しぶりにしっかりとした口調で言いました。
「保子ちゃん、病院に行ってきなさい。それでもしどこか悪かったなら、ここに来てもらうのはそれが直ってからでいいからね」
 実は出血が続いていた保子さんでした。歌子さんの言葉を受けて彼女は、婦人科に受診。病気が見つかり、手術が決まったのでした。
 暗い病室で目を開けている保子さんは思います。父さんが亡くなって以来、母さんは母さんらしくなくなったけど、私も更年期で心身ともに不安定だったところに父さんが亡くなりどうかしていたんだ。もしかして母さんは、さすり方の感じで私の体調の変化を感じたのかもしれない。退院したら母さんとゆっくり話してみよう。
 保子さんは、じわりと温かな涙が出てきたのを感じ、しずかに目蓋を閉じました。

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