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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第76回 カーテンお化け 2010/9
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 A病院の西4階病棟(通称西4、ニシヨンと読む)には、「カーテンお化け」が住んでいるという噂があります。職員ならそのことを知らぬ人はなく、入院患者さんの間でも話題になることがあるそうです。
 そのお化けは、患者さんのベッド周囲をぐるりと囲むカーテンを、いたずら心で開けたり締めたりするだけで、ほかにはとくに悪さはしないそうで、世話好きな面もあるといいます。
 そのカーテンお化けは、一年前に登場しました。地方の地域病院であるA病院は、地元の利用者がほとんどです。一年前の某日、小学校の同級生だった高齢男性の四人が、406号室(西4内の病室)に一人、別の病棟に三人という形で同時に入院している事実を、それぞれの娘さんたちが偶然売店で出合ったことで判明したのでした。
 その娘さんたちは、父親たちの小学校の同窓会が近々開かれることを知り、西4の看護師長の串田さんにこう言ったのでした。
「父たちは、今度開かれる十年ぶりの同窓会をとてもたのしみにしていたんです。今回は入院中で出席できないのが可哀想で…。だから、その同窓会の日に、出席できない四人を同じ病室で過ごさせてくれるよう便宜を図っていただけないでしょうか! 弱っている父たちを励ますためにも」
 看護師長の串田さんは首を縦に振ることができませんでした。
 患者さんたちの入退院や容態の変化などに合わせて、看護師長は日々、頭を悩ませながら、患者さんがどの病室で過ごせばよいのかを決めているのです。「ベッド調整」と呼ばれている仕事です。医師側から「担当患者の○○さんのためにすぐに○号室のベッドを空けてほしい」とか、救急外来から「患者さんの入院を受け入れてほしい」といった連絡がいきなり入ることも多く、それに応えるために、患者さんたちに病室を急遽移っていただいたりすることもあり、ベッド調整のストレスで胃を痛める師長もいるほどです。
 串田さんは、娘さんたちの気持ちがわからないではありませんでした。しかし、ただでさえベッド調整は容易ではないのに、その四人のうち三人は診療科も違う別の病棟に入院中なので、実現させるためにはさまざまな問題をクリアしなければならず、それを行うような時間はない。実現は到底無理。串田さんはそう思いました。
 しかし、「同窓会に出られない父親を、同じ病室で過ごさせてあげたいと希望した娘たちの話」は院内にすばやく伝わり、「希望をかなえてあげたい」と西4に言いに来る患者さんがいたり、数は多くないながら何人かの署名とともに実現させてほしいと言ってきた患者さんがいたり、職員の中からも「なんとか実現させてあげられないのか」という声が聞かれるようになり、実現方法をあれこれ提案してくる人もいたりして、院内の注目の話題となり、結局は、串田さんやみなの尽力によって実現ができたのでした。
 それは、同窓会の日にめでたく四人の患者さんが406号室に揃った直後のことでした。他の病棟からベッドごと406号室に三人の患者さんを運び入れて、一旦病室を退室してナースステーションにやってきたナースが、いつもの癖で、ベッドまわりのカーテンを全部ぴっちり締めてきてしまったことに気づきました。
「みんなで顔を合わせて同窓会してもらわなきゃ意味ないよね」
といって、彼女がすぐさま病室に戻ると、四人のカーテンはすっかり開けられていました。ナースが退出した一瞬に出入りしたスタッフは誰もおらず、病室に会した四人の患者さんは、起き上がることも話すことも困難な容態だったため、患者さん自身がカーテンを開けることもできませんでした。それで「カーテンお化けがやったのだ」ということになり、とても粋なことをしたとしてカーテンお化けの話が院内に広まったのでした。

 夜。某居酒屋の奥座敷で、西4のナース主催の送別会が開かれています。主賓は、八月末に退職することになった看護助手の長澤さん(20歳・女性)です。当直以外のナース全員と部長を含む医師数人が、箱型に並べられたお膳の前に座ってたのしげに飲食をしています。
 主賓の長澤さんが恐縮したような様子で立ち上がり挨拶をはじめます。
「今日は、まさかこんな盛大な会を開いてくださるなんて思っておりませんでした。勤務したのは一年半だけでしたし、こんな私のために、ほんとうにお忙しい中申し訳ありません!」
 すると看護師長の串田さんがいいます。
「西4がね、歓迎会より送別会のほうを重視するのはね、それまでがんばってくれたことへの労いもあるけど、また戻ってきてね、っていう思いもこめたいからなのよ。入ってきた人はね、歓迎会でちやほやしなくても働いていれば西4の良さはわかってもらえるんだからさ」
 「そうだ!」という声があがります。師長が続けます。
「長澤さん! 免許を取ったら西4に戻ってきてよね」
 長澤さんは、西4のナースの仕事ぶりに感動し、来春から看護学生になるために退職したのです。
 長澤さんは、師長の言葉にこっくりとうなずくと、涙をぽろぽろとこぼしながら話はじめます。
「私、免許を取ったらぜひ西4に就職させていただきたいです。みなさんと一緒に働きたいです。でも、それにはここで、きちんと、あることを告白し謝罪しておかなければなりません」
 長澤さんは、カーテンお化けは自分であったことを告白しました。例の病室での同窓会のとき、自分がカーテンを開けたことを言いそびれ、その後院内じゅうで話題になったため、ときどきカーテンを締めたり開けたりするいたずらを続けてきたことをです。長澤さんが続けます。
「でも、いい反響ばかりじゃなくて、ふざけた病棟だといわれたり、師長さんにまでいろいろ迷惑かけたと聞いています。ほんとうに申し訳ありませんでした!」
 すると、師長の串田さんがにこにこしながら言います。
「私、なんにもカーテンお化けのことで迷惑なんてかけられてないわよ。あちこちで妬まれたり攻撃されたりするのはね、できる師長の証なの、ふふ。それよりも、カーテンお化けはあなただったのね、じゃあ、あなたが戻ってくるまで、誰かにカーテンお化けを代行してもらわないとね」
 長澤さん以外の西4の全員が、カーテンお化けは誰かがやっているのだと思っていたことを長澤さんはこのときはじめて知ったそうです。

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