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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第8回 シームレスケア 2005/1
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 看護学校時代の同級生A子が先日うちに遊びにきて言いました。
「そういえば最近さ、シームレスケアって言葉を聞いたんだけどね、包括的、継続的、継ぎ目のないケアってことらしいよ」
「へえ。縫い目のないブラジャーを思い出しちゃう。シームレスカップブラ。あれって何年前くらいに出たんだっけ」
 私がそう返すと、A子は不満気に顎を突き出し、独り言のように言います。
「あーあ、やっぱり、こんな人間に言わなければよかった。シームレスケアについて議論しようと思ってきたのにさ。帰ろっかな」
「ごめんごめん。なになに、シームレスケアをどう思うって?」
「うーんとねえ。それを話すためには、まず品田洋平さんの話をしなければ…」
 品田洋平さん、84歳。重症の糖尿病に加えていくつかの疾患が認められており、病気のデパートのような方。血糖バランスを崩して昏睡状態となり数日前にA子の内科病棟に緊急入院。幸いにもその後容態は安定した。
 その品田さんが、昨日、A子にこう言ったというのです。
「また命拾いをしました、ありがとう。先生と看護婦さん、そして今回はピョンコのお陰です」
「ピョンコってどなたですか?」とA子。
「うさぎのぬいぐるみのピョンコです。私の身代わりになってくれてね」
「は?」
 ベッドサイドに置かれているタヌキのぬいぐるみがA子の目に入ります。
「あっ、そのぬいぐるみはね、次に私の命が危なくなったときに身代わりになってくれるタヌ吉。ピョンコは昨日家内にお寺に持っていってもらいました。あっ、そうだ、そこの一番上の引き出しにノートが入っていると思います。ちょっと開いてみてくれますか?」
 品田さんはベッドサイドの床頭台を指差しました。言われたとおりにA子が取り出してみると、それは使い込まれた大学ノートで、ページをめくるとおよそ10年分の病気や入院にかんする覚書きがあり、入院のページの端には「猫のタマ」だの「犬のジロウ」だの「蛙のケロたん」だのの名前がいくつも書き込まれていました。
「それはね」と品田さん。「これまでに私の身代わりになってくれた歴代のぬいぐるみたちです。それの一番新しいページのところに、昨日の日付と、うさぎのピョンコと書いてくれますか? そのときの担当の看護婦さんに書いてもらうことにしているんです」
 A子が改めてノートをめくると、ぬいぐるみの名前の文字はたしかにいろんな人の字で書かれています。A子が<品田さんって、ちょっと変わってるなあ>と内心思いながら、依頼のとおりにうさぎのピョンコと書き終えると品田さんがニヤリとして言います。

「変人、って思いました?」
「いえ…」
「いいんです。そう思うのが普通の感覚だと思いますよ。でもね、私の大事な人たち、つまり家内や子供や孫のね、命が危ないいざっていうときにね、私が身代わりになるためには生きていなきゃならないから、そのためにぬいぐるみたちに犠牲になってもらっているんですよ。ハハ」
「そう、でしたか」
「家内にも、孫にも、各々に、<おまえがいざというときには私が身代わりになってやる>と言ってあるんですよ。でね、みんな、私のそばにぬいぐるみが切れないように次々と持ってきてくれるんです」
「そうですか」
 A子は、正直なところ「身代わり」という発想に少し胡散臭さを感じました。しかし、品田さんの次の言葉でその気持ちは変わったのです。
「看護婦さん、要はね、気持ちですから。実際、身代わりになんてなってやれないことはわかってるんです。でもね、そういうふうに言われるのって、その気持ちがありがたいもんだって、昔、身に沁みてわかったんですよ。それにね、万が一身代わりになれるとしても、せいぜい一人分でしょ。家族幾人もの身代わりは絶対無理だわね、あはは」

 品田さんの話を聞き終え、私は首を傾げました。
「でもさ、A子。その品田さんの話とシームレスケアがどうつながるの?」
「ああ、それね。品田さんのノートで、これまで、あちこちの病院や関係施設に入院してきたのがわかったんだけど、ケアの視点からいうとまさに継ぎ目だらけのケアだったかもと思ったのよ。でも、継ぎ目だらけながらも、そのたびに、ナースたちは精一杯のケアをしてきたんだろうなあって、ナースたちが書いたぬいぐるみの名前を見ながら思ってさ」
「なるほど。ん? それだけ?」
「うん、」
 結局A子は、シームレスケアについて議論がしたかったのではなくて品田さんにとても親しみを感じたということを私に言いたかったようです。その証拠にA子は、品田さんのことを話したらさっさと帰っていきましたから。

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