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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第90回 おしまいの合図 2011/12
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 夕方。あるデイサービスセンターのスタッフ休憩室で、ナースの柴田はるみさん(50歳)が、ひとり、温かいお茶を飲み干し、「ナースでいて、よかったなあ」と心の中でしみじみとつぶやきます。
 先ほど、センターの利用者である東野八重子さん(90歳)を介護中の孫娘さんから、柴田さんに電話があったのです。 「なんと今日、祖母が、表情も口調もしっかりしていたころに完全に戻った瞬間があったんです!」
 孫娘さんが、八重子さんの背中のマッサージを行い、それを終えるときに、たまたま「はい、これでおしまい」と言いながら、"おしまいの合図"として背中を静かにとんとんとタッチしたそうです。
 すると、八重子さんは背筋をすっと伸ばし「あいよ」と言うと、孫娘さんの顔を見て、「今みたいに、おしまいをちゃんと相手に伝えるのはとても大事なのよ。それを実践している人はね、あの方、柴田はるみさん」と言ったというのです。
 孫娘さんが続けました。
 「実は、最近は、告白してしまうと、なんというか、祖母であっても祖母でないような感覚がどこかにあって、大切にはしていたつもりでいましたが、祖母を敬う気持ちは薄れていたように思います。柴田さんがそれを気づかせてくれた気がします。柴田さんのお陰です。ありがとうございました!」

 

 柴田さんが、このデイサービスセンターに就職した5年前に、東野八重子さんもここを利用するようになりました。八重子さんは、OLのはしりのような存在として、メーカーの事務職を定年まで勤め上げ、その後は地域のさまざまな会に積極的に参加したりなど活動的な日々を送っていたそうですが、体力が衰え、自宅にひきこもりがちになったため、センターを利用するようになりました。出会ったころの八重子さんは、かくしゃくとしていましたが、2年ほど前から認知症の症状があらわれ、最近では、介護をしている孫娘さんのことさえわからないらしい様子が続いていました。
 ナースの柴田さんは、ほかでもない、"おしまいの合図"に対して八重子さんが反応してくれたのが感慨深いのでした。マッサージでも保清でも、終えるときには、それとわかるように言葉だけではなく手でも合図をするというのが、彼女のこだわりなのです。とても大事なこと、という信念を持って、長年実行してきました。八重子さんは、柴田さんが、その合図をしてマッサージを終えると、きっぷのいいどこかのおかみさんのように「あいよ!」と応えてくれ、「あいよってのはね、ああ、いいよー、がつまった言葉なんじゃないかしら。調べればほんとうは違うかもしれないけど、あたしはそう思いたいの」と楽しそうに付け加えることもありました。
 柴田さんが"おしまいの合図"を意識するようになったきっかけは、がんの末期で刻々と衰弱している男性患者Aさんの言葉でした。

 

 柴田さんがナースになった3年目のある日のことです。Aさんの足のマッサージを終えて手を離したときに、彼は真剣な表情になって言いました。 「今、あなたの手が離れた瞬間、言いようもない、切なさ、寂しさがどっと押し寄せ、今まで手が当てられていた部分に木枯らしが吹いたみたいに、ひやりとしましたよ」
 ここでAさんはふうと息をつき、続けました。
 「柴田さん、気持ちいいことをしてもらっているときって、このままずっとそれが続いてほしいという祈りみたいなものが生まれているんです。だから、言葉では終わりと聞いても、いざ手が離れたときには、とても唐突に感じて、辛いんです。痛い処置は、いつのまに終わるほうがいいけれども、気持ちいいことの終わりには、言葉のほかにも合図があったほうがうれしいです」
 柴田さんは深く納得し、「肝に銘じて、今後は終わりの合図をしたいと思います」と応えました。
 するとAさんは、笑みを浮かべて言ったのでした。
 「肝にまで銘じなくてもいいんですけどね、ほら、たとえば恋人と合わせていた肌を離すときだって、なんとも言えないヒヤリとした感じがあるでしょ。ぼくは、そういうことが言いたいだけだから」
 以来、柴田さんは、マッサージなどを終えるときには、言葉のほかに、手で軽く圧をかけて"おしまいの合図"をするようになったのです。
 職場を何度も変え、長く休んだこともあり、まとまりのないナース人生ではあるものの、ささやかながら自分なりのこだわりを持って仕事をしてきてよかった、と柴田さんは八重子さんの件で思ったそうです。

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