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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第91回 一周忌の奇跡 2012/1
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 ある家で一周忌が開かれています。和室に12人が集い、コの字型に長テーブルを並べ、和やかに飲食しています。
 1年前、この和室で片田敏子さん(85歳)が亡くなりました。病院、特養を経て、亡くなるまでの3ヶ月間は自宅で過ごしました。敏子さんと同居していたのは、長女の雪枝さんと孫夫婦の3人でした。
 介護の中心を担っていた雪枝さんが、なつかしそうに目を細めて言います。
 「最後3ヶ月は、母さん、とても穏やかだったし、満足そうだったわ」
 続いて雪枝さんの妹の康子さんがうなずきながら言います。
 「そうねえ、病院のときも、特養のときも、夜中に錯乱状態になって姉さんが何度も呼び出されたわね。それと母さん、不満をあたしにぶつけたりもした。母さんのことでみんなで喧嘩したりもした。でも母さん、ここに帰ってきてからはずっと機嫌よかった。とぼけたキャラクターも復活したよね、さっきのあれも、いかにも母さんらしいしね、ククク」
 彼女が笑い出すと、ほかの人たちも手を叩いたりして笑い出します。
 敏子さんは、「私の一周忌に聴いてくださいね」というメモをつけた録音テープを遺しており、さきほど、みなでそれを聴いたのでした。
 そのテープは1年間、大事に保管されていました。録音内容を誰も知らないので、この1年は、さまざまな憶測が生まれ、顔を合わせればテープの話題になりました。

 テープの再生には、敏子さんが愛用していた古いラジカセを使うことになりました。押したスイッチがそのまま元に戻らなかったりする年代ものですが、カセットテープを再生できる機械はそれしかなかったのです。
 そのラジカセが、和室の真ん中にでんと置かれると、雪枝さんや康子さんが思い出話をはじめました。敏子さんが畑にまで持っていってラジオを聞いていたことや、線をつながずにテレビの前に持っていって歌謡ショーの録音をしていたことなどなどなど。

 そしていよいよ、例の録音テープがセットされました。みなが座りなおし、神妙な面持ちになってラジカセを凝視しました。
 スイッチ、オン。押す役は、この中でいちばん年少の高校男子がやりました。彼は康子さんの末の息子で、たまたま高校の創立記念日で休みだったため出席できたのです。
 敏子さんの声が再生されました。
 「んじゃあさあ、やってみるからね、ねえねえ、関野さん、やってみるわよー。さん、はいっ、♪くーもーりがらーすの♪……」
 関野さんとは訪問看護師さんの名前です。
 録音内容はーーー、単なる歌の練習を、試しに吹き込んでみた、としか思えないものでした。その調子っぱずれの歌と、歌の合間に、関野さんに話しかけている様子がとても敏子さんらしくて、一同、笑いころげました。そして録音は唐突に終わっていたのでした。茶目っ気たっぷりだった敏子さんのいたずらなのではないか。それがみなの結論でした。

 雪枝さんが、訪問看護師の関野さんに言います。
 「録音、いつごろのこと? 私、知らないんだけど」
 関野さんは、敏子さんの一周忌に出てほしいと言われていたものの、休みがとれず出席は無理のはずでした。しかし、急遽、ほかのスタッフに休みを交代してほしいと頼まれ、出席できることになったのです。関野さんが応えます。
 「たしか敏子さんがとても調子がよかった日で、雪枝さんがちょっと買い物に行かれたときだったと思います。そういえば敏子さんは、私と2人だけになると、<家族に感謝している>って必ずおっしゃってました。<すごくすごく>って」
すると、泰子さん。
 「あら、そんなこと、一度も面と向かって言われたことなかった気がするけど。母さん、そんなこと言ってたの…、今日、関野さんに聞かなければ、一生知らないままだったわ」
 会食の時が過ぎ、みなが食事を終え、帰る素振りを見せる人もいて、室内に会の終了の気配が漂います。
 と、ラジカセから急に、敏子さんの声が響きます。
 「あっ、えーと、みなさん、こんにちは。私の一周忌の日に、ちゃんとこれをかけてくれているでしょうか」
 高校男子がテープの再生を停止したはずでしたが、扱いに慣れていないからか、スイッチが停止になっておらず、ずっとテープ再生が続いていたようなのです。敏子さんの声が続きます。
 「えー、みんなにはさんざん感謝の言葉を言った気がするので、感謝のほかに伝えたいことを、ここで言いたいと思います。では、言いますね。まず、雪枝―――。大好き。そして、泰子―――。大好き。そして…」
 みなは改めて座りなおし、テープを聴きます。
 敏子さんは、「誰々、大好き」と続け、なんと、集まった12人全員の名前を呼び、大好きと声を吹きこんでいたのでした。

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