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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第94回 スピーチロック 2012/4
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午前10時。
 宇野沙織さん(35歳・独身)が、自宅マンションで散歩に出かける準備をしています。
朝、ベッドの中からテレビの連続ドラマを見て、そのあとはテレビをつけたまま洗面や食事をし、洗濯機を回し、新聞をひととおり眺めたあと、洗濯物を干して散歩に出かける。そして夕方、長い散歩から戻り、食事してテレビを見てお風呂に入って寝る。これが三カ月ほど続いている彼女の生活パターンです。
 その前の三カ月間は、外に出るのはコンビニに行くときだけで、あとは自宅にこもりリズムのない暮らしをしていましたが、体重の大幅増加を機に今のような日課に立て直したのです。
 今から半年前、看護師の宇野さんは、三年間勤務した介護老人保健施設「A」を退職しました。
 退職を決めることになった事の発端は、職場における「スピーチロック」廃止検討の取り組みでした。スピーチロックとは、言葉による拘束という意味。「動かないで!」「立ったらだめ!」などの言葉で患者さんの行動を拘束してしまうことです。
 数年前に身体拘束廃止への取り組みをはじめ、一定の成果をあげていた「A」では、その後、スピーチロック廃止に向けても積極的になり、宇野さんは「スピーチロック廃止検討委員会」の委員長となり熱心に取り組んでいたのでした。
 そんなある日のこと、宇野さんは、入所者の竹澤善彦さん(85歳)の言葉に大きなショックを受けたのです。竹澤さんは、中学校の元校長先生で、偉ぶらず、穏やかで、清潔でダンティなルックスで、周囲から人気を集めている方でした。
 その日、宇野さんが、ある書類を届けに竹澤さんを訪ねると、彼のベッドサイドに、食用に処理された「ひまわりの種(殻なし)」の袋がいくつも置かれていました。
 「あら、これ、どうなさったんですか?」と宇野さんが目を丸くすると、
 「食べようと思いましてね、孫に取り寄せてもらったんですよ」と真顔で竹澤さんは応じました。
 咄嗟に「召し上がっては、だめですよ!」と返しそうになった宇野さんでした。竹澤さんは、摂食・嚥下に不安要素が出てきており、よく検討してからでなければひまわりの種を食べるのは危険だと考えたからです。しかし彼女はその言葉を飲み込みました。反射的に「それはだめ、あれはだめ」と返すのではなく、穏やかに相手の気持ちを聞く態度でコミュニケーションをとろう、と職場のスタッフにスピーチロックの検討委員長として口を酸っぱくして伝えていることを思い出したのです。宇野さんは、胸の内でひと呼吸し、ベッドサイドにしゃがみこみ、竹澤さんにしずかにたずねました。
 「ひまわりの種って、どんな味がするんですか? 私、食べたことなくて。おいしいのかしら」
 「…………」
 仰向けになっている竹澤さんは、目を閉じて、無言です。急に寝入ったとは思えず、宇野さんは彼の顔を覗きこみます。すると、まもなく彼はニコリとしてから目を開けました。
 「おいしいですよ。栄養価も高い。メジャーリーガーが、殻付きのを口いっぱい頬張って、殻だけ吐き出すの、テレビに映されますよね。種ですからね、栄養だけではない何かも得られる気がしてきます。でも大丈夫、ご心配なく、私は食べませんよ。これが好きな孫がおりましてね、取り寄せてやったんですよ」
 それからは、いつもの会話をして、宇野さんはその場を離れたのでした。その退出をする前に、カーテンの陰で解けた靴紐をしゃがんで結んでいる宇野さんの耳に、竹澤さんの吐き捨てるような低い声が届いたのです。彼は、宇野さんはもういないと思い独り言を言ったようでした。
 「偉そうに。見下しやがって。なにがスピーチロックをなくしましょう、だ。すでに関係性で、私らを拘束しているってことがわからないのか。言葉に気をつけたって、その目が、その言い方のニュアンスが、私らを拘束してるってことがわからないのか。だいたい、いまのこの体でひまわりの種なんて食べられないことくらいわかってるんだ。食べるなんて冗談に決まっているだろ」
 え? 偉そう? 関係性で拘束してる? 意外な人からの思わぬ言葉で宇野さんは、リング上でふいにアッパーをくらってノックアウトされ、立ち上がれなくなったような感覚になりました。そして結局、退職という結論に至ったのでした。この施設を辞めるだけではなく、看護師という職業を辞めるという選択も含むものでした。それほどに、竹澤さんの言葉は彼女の心にするどく突き刺さったのです。
 一週間ほど前から、宇野さんは、夕方までの長い散歩のうち、歩く時間を大幅に増やしました。カフェや図書館などに座って過ごすことが多かったのを、商店街や住宅街などを、ひたすら歩くようにしたら、退屈なモノトーンだった風景にだんだんと色を感じるようになり、同時に、「私は長期休暇が必要なタイミングだったのかも」「竹澤さんの言葉から逃げないで、次に生かしていかなくちゃ」と思えてきて、看護師として働く新しい職場を見つけようと決めたそうです。

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