医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。
第110回 2012/07
在宅療養者を支える「テレナーシング」(遠隔看護)の可能性
遠隔医療・遠隔看護の分野は、通院の難しい慢性疾患患者や医療過疎地域での治療・看護を実現させるものとして、諸外国では積極的な導入が進められてきました。日本においても、高齢化に伴う医療費の逼迫や訪問看護師の不足などにより、社会のニーズは高まりつつあります。「テレナーシング」の普及を目指して、テレナーシングシステム「生き息きHOT和み」の開発・研究に取り組まれている聖路加看護大学の亀井智子教授に、テレナーシングのメリットや普及に向けての課題を伺いました。
聖路加看護大学 看護学部 教授
亀井 智子 氏
国際看護師協会によれば、テレナーシング(Telenursing)とは「患者ケアを強化するために、遠隔コミュニケーション技術を看護に利用するもの」と定義されています。欧米では1980年代から普及し、在宅療養者への均質な看護の提供を可能にするものとして広まってきました。導入事例においても、対象者や家族へのタイムリーな情報提供、外来・救急受診回数の減少や在院日数の短縮、それに伴うコスト削減などの効果が認められており、在宅療養者、医療従事者の双方にとって有益な看護方法であると考えられます。
日本では、1990年代後半から離島などの医療過疎地における遠隔医療が徐々に浸透し始め、IT技術の発展とともにテレナーシングの研究も進められつつあるのですが、まだその方法や実施体制が確立されているとは言えません。しかし、近年の少子高齢化に伴う訪問看護師・介護施設の不足などによって、社会からの要請はますます高くなることが予想されます。
現在、国内の在宅酸素療法者は約16万人と言われています。その中でも注目されているのが、高齢者のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)。いわゆる“タバコ病”です。疾患の進行とともに死亡率が高くなる病気で、WHOでも世界の死因の第4位になると予測されています。どうして死亡率が高いかというと、在宅療養で酸素治療をしている患者さんはちょっとした風邪やインフルエンザがきっかけで急性憎悪になってしまうのです。悪化するスピードも早く、重症化するケースが多いため、在宅呼吸ケア白書による過去1年間の調査でも、退院して在宅療養をしているCOPD患者さんのうち33%が再入院をしていると報告され、その多さがわかります。訪問看護で毎日患者さんを看ることができれば急性憎悪の兆候を早期発見できるのですが、今の医療・介護保険制度ではすべての在宅療養者に毎日の看護を行き届かせるのはとても難しいです。そこで、患者さんの様子を毎日把握するにはテレナーシングの導入が有効であると考え、海外の文献をもとに研究を進めていました。聖路加看護大学では2003年度より文部科学省の「21世紀COEプログラム※1」の採択を受け、「People-Centered Care※2」の研究が始まりました。子どもと高齢者が接する「多世代交流型デイプログラム」や「転倒骨折予防実践講座」など、「People-Centered Care」の概念に基づくさまざまな実践活動に取り組んでいましたが、その中のひとつとして始めたのが、テレナーシングシステム「生き息きHOT和み」の開発です。
※1 「大学の構造改革の方針」に基づき、平成14年度から文部科学省の事業(研究拠点形成費等補助金)として措置されたプログラム。
※2 看護と人間のパートナーシップをもとに市民主導型の健康生成を目指す看護実践モデル。
テレナーシングシステム「生き息きHOT和み」とは、インターネットを利用して在宅療養者の日々の健康管理を看護モニターセンターで行い、呼吸ケアに必要な情報の提供や電話相談も行う総合的なテレナーシングシステムです。対象者は毎朝、情報入力用端末の画面の指示に従って血圧や酸素飽和度などのデータ、むくみや食欲などの心身の健康状態を入力し、看護モニターセンターへ送信します。送られてきたデータはテレナースが管理し、必要に応じて電話やテレビ電話でケアを行います。タッチパネル式の入力やパルスオキシメーターと情報入力用端末の連動など、機械の苦手な方でも簡単に操作できるように改良を重ねました。
41人のCOPD患者を対象とした3カ月間のモニタリング調査では、テレナーシングを受けた群(介入群)とテレナーシングを受けていない群(対照群)の比較試験を実施しました。結果として、介入群は対照群に比べて、救急受診リスクや急性憎悪発症リスクの減少、入院した際の在院日数の減少などの効果が得られることがわかりました。これらの結果は、いずれも風邪や急性増悪の兆候を早期発見できたことに起因します。また、電話での対面看護や保健指導を行うことによって、自分の体調を把握している、テレナースとつながっているという安心感や、うつ傾向にある患者さんのメンタルケアなど、健康関連QOL(Quality of Life)に良い影響を与えることも示されています。実際に、モニタリング調査の対象者からは「見守られている感じがする」「自分の健康状態を把握している人とつながっているので安心感が得られた」という声をいただきました。
テレナーシングの導入は、看護師や医師の側にもメリットがあります。訪問看護の頻度が少ない在宅療養者の状況もテレナーシングによって逐一把握することができるので、患者さんの病状が重症化する手前のところで看護対応できるようになるのです。入院の可能性がある患者さんの情報をあらかじめ医師に伝えておくことで、「いつからどこが悪いのかがわかるので対処が早くできた」「病院のベッドを空けて受入れの準備をしておくことができた」など、多くの反響が得られました。
テレナーシングを実践するには、直接対面による保健・看護相談とは異なる看護スキルが必要です。電話によるコミュニケーションでは相手の顔が見えないため、声のトーン、息苦しさで単語しか話せない、ヒューヒューと喘鳴があるなど限られた情報から患者さんの様子を把握しなければなりません。テレビ電話の場合は非言語的コミュニケーション、顔色や仕草から患者さんの様子を読み取ったり、チアノーゼなどの症状を確認したりする観察力も求められます。また、特定の患者さんに対して適切なアセスメントを行うためには深い専門知識を持っていなければなりません。そういう意味では、一般的なジェネラリストのナースよりも遠隔コミュニケーションの技術を持ち、かつ専門の分野で経験を積んでいるスペシャリストのナースの方がテレナースに向いていると言えるでしょう。テレナーシング実践のためには、テレナースが身につけるべき能力や基本的技術を学ぶ場が必要です。海外ではテレナーシングの専攻を大学院に設置するなど、教育体制の整備に積極的な姿勢を見せていますが、日本の教育機関にはテレナーシングをカリキュラムに導入しているところはほとんどありません。私はこれまでに講演会や学会、ゼミの授業などでテレナーシングの講義を行ってきました。そして、今年の3月には海外の先行研究や「生き息きHOT和み」の試験で得られたエビデンスをもとに、テレナーシングを始めようとしている専門職の方々に向けた『エビデンスにもとづくテレナーシング実践ガイドライン』と『患者用ガイド』を作成しました。今後はこのガイドラインを活用して、積極的に研修会を実施していこうと考えています。
テレナーシングの普及には教育の充実だけでなく、運営体制の整備も重要な課題です。まずは、どこに看護モニターセンターを置くのか、テレナースをどのように配置させるのかということを考えていかなければいけません。病院内に専門の部署として設置すれば、専門看護師や認定看護師を配属させて運営していくことができるでしょう。あるいは、訪問看護ステーションにモニターセンター設置し、テレナーシングによる問診で異常が発見されたら訪問看護につなぐという方法も考えられます。それから、導入規模が大きくなるにしたがって、プロトコルの作成や運営費の確保をしなければなりません。海外では事業として企業が運営をしていますが、医療制度の違いを考えると日本ではNPO法人などで運営していく方が合っていると思います。将来的に医療報酬化することを目指しているので、そのためにも、まずは認知度の向上とエビデンスの確立に力を入れていこうと考えています。今は酸素濃縮器のメーカーさんと一緒に研究を進めている段階で、普及の方法として酸素濃縮器とセットで「生き息きHOT和み」をレンタルすることを検討中です。
また、現在開発しているのは呼吸器疾患の中でもCOPD患者向けのテレナーシングですが、医師からは「肺がん化学療法中の在宅患者の毎日の経過を見たい」という要望も出ています。慢性疾患には糖尿病や肝臓病などさまざまな病気があるので、対象となる病状に合わせて問診項目を変えていけば他の病気にもテレナーシングを応用できるのではないでしょうか。そういった展開も含め、できる限り早く普及できる体制を整えて、より安心できる看護を高齢者や慢性疾患で在宅療養している方々に届けていきたいと思います。
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