インタビューアーカイブ

2018/10

災害支援ナースとして災害支援を経験し見えた 「災害看護専門看護師」に求められる役割とは

公益社団法人日本看護協会が定める認定資格である「専門看護師」。「災害看護」の分野においては2017年に初めて認定審査が行われ、同年12月に全国で8名の「災害看護専門看護師」が誕生しました。九州で唯一「災害看護専門看護師」に認定された岡﨑敦子氏は、以前から災害支援ナースとしてさまざまな災害現場で支援活動を行ってきました。今回は、数々の現場を見てきた中で感じた支援に対する現状や課題、また、災害支援ナースとしてではなく「災害看護専門看護師」だからこそできる現場での働き方についてお話をお聞きしました。

岡﨑 敦子

久留米大学病院 中央手術部 災害看護専門看護師

「医療=看護」ではない! 災害現場での看護支援に対する現状と課題

前編はこちら

災害支援ナースとして活動し、私が感じた大きな課題は、病院で働く看護師は、患者を看ることは得意でも、生活しているその人らしさを看ることが少ないということでした。

私が現場のリーダー役を務めていた熊本地震のとき、「十分な医療支援があるから、何をして良いか分からない」と避難所に入っていた看護師から相談を受けたことがありました。しかし、看護師だからこそ気づけることがあるはずだと考え、「私たちは患者さんを探しているわけではないでしょう? 被災された方々の暮らしはどうですか? 看護の目でよく見てみて」とアドバイスしました。

当時、この避難所ではノロウィルスによる感染症の拡大が懸念されていました。現場に行った支援ナースは、その原因が大きなバケツにみんなが「手を入れて洗う」という手の洗い方にあるのではと疑いをもったのです。断水が続いている中で、手を入れて洗うのではなく、まずは汚れをウエットティッシュなどで拭きとり、それから石鹸を使って洗い、最後に「水を組み出して洗う」という方法を提案。その結果、ノロウィルスの感染拡大防止につながったということがありました。

私は、被災地で活動する際、病院でも避難所でも「いのちと暮らしを守ること」をいつも意識して活動しています。災害発生直後には、医療的な介入が必要な災害時要援護者を把握し、命を守ることが優先されます。そして、集団生活を余儀なくされる避難所では、ライフラインが整わない中で、限りある資源を活用して“暮らし”を整えていきます。生活の場の看護のニーズは「暮らしを整える」というところにあると考えています。例えば、ノロウィルスや食中毒が発生するのではないかという予測を専門的知識に基づいて行い、予防策を講じたり、トイレを我慢しないようなトイレ環境を整えたりする。もちろん、急病への対応やゆっくりと落ち着いて話を聞くことも看護です。こうした看護のニーズを災害看護専門看護師として、これからもっと伝えていきたいと考えています。

また、数々の支援活動を通して感じたのは、実践した看護をどう表現するかという難しさ。メディアは避難所で感染症が発生すると、発生したことに着目しますが、感染症患者が出なかった事実の評価はなかなかしてくれません。感染症が発生しなかった陰では、看護師や多くの支援者、そして被災者が努力していることを伝えていくことも私たち災害看護専門看護師の役割だと感じています。

 

避難所を支援するために必要な“ものさし”

さらに、数々の支援を通して感じたのは「避難所を見るものさし」の必要性です。

このことを強く感じたのは、熊本地震のときでした。私が派遣された避難所の規模は約1800名。これに対し、災害支援ナースの数は私を含めた2名でした。このような状況下で避難所をまんべんなく効率よく見るためには、なにかしらの“ものさし”が必要だと感じました。

さらに、ものさしは各避難所の現状把握にも役立つのではないかと思います。当時、現場の支援チームのリーダー役を務めていた私は、SNSを駆使して要援護者の数や外部支援の規模、ライフラインの状況といった各避難所の状況を情報収集し、それを一覧表にしてメモをつくりました。こうしたことで、誰もが自分の避難所の状況はもちろん、自分の派遣先以外の避難所の様子も災害支援ナース全員が把握し、次に起こる健康問題を予測することができたのです。地域の様子を知ることで、隣の避難所でインフルエンザや食中毒が増えていれば、当然自分達がいる避難所でも起こるかもしれないと予測し、対策を考え先取りの看護をすることができたのです。この経験からも、避難所を共通の視点で見るものさしが必要だと感じています。

加えて、こうした“ものさし”があれば支援全体のマネジメントにも活用できると思います。私たちは避難所の支援とともに、被災者の方々の自立を支援していかなければなりません。被災地の自立支援をしていく際に重要なのが「時間軸」です。災害が発生すると、被災者の心は気持ちの上がり下がりの波を繰り返します。最初にくる波は、恐ろしい災害を乗り越えた被災者同士が強い連帯感で結ばれ、助け合おうという気持ちが強いハネムーン期、しばらく経つと訪れるのが、忍耐が限界に達して不安や不満が噴出しやすくなる幻滅期、そして復興に向けて頑張っていこうという再建期へと、気持ちの変化があるのです。

しかし、災害支援ナースが活動できるのは原則三泊四日です。災害支援ナースが入れ替わって活動しても、一定の“ものさし”で俯瞰的に被災地の状況を評価し、被災者の自立に向けた活動目標を共有できれば、被災者の心身の変化を考慮して、適切なタイミングで介入することができるようになるのではないかと感じています。

 

病院、地域、世界にまで広がる災害看護のフィールド

このように、災害看護専門看護師となる前から、災害支援ナースとしてさまざまな活動をしていた私は、正直なところ災害専門看護師になるかどうかとても迷っていました。資格をとろうと踏み出したのは、自分へのチャレンジです。単に自分がやりたい支援をするのではなく、「何のために、誰のために」その支援が必要なのか、そして実践した看護が対象者や地域へどのような影響を与えたのかについて、活動の意味づけや概念化をすることが、専門看護師の役割だと思ったからです。専門看護師には、実践・教育・相談・倫理調整・調整・研究の6つの役割があります。災害看護専門看護師には、災害が起きていない平時から、災害が発生した後の急性期まで復旧・復興期に渡り活躍することが求められています。
はじめは自分へのチャレンジとして災害看護専門看護師の資格を取得しましたが、今回お話しした災害支援ナースのときに感じた課題解決にも、今の立場を存分に生かしていくことができるのではないかと感じています。

また、災害看護専門看護師になり強く思うのは、私たち災害看護のフィールドは、被災地、平時の病院、地域など多岐にわたるということです。災害というテーマは、医療や看護だけで解決できる話ではなく、国家レベル、もっといえば世界レベルで動く話ともいえるからです。

私は、国際協力機構JICAの国際緊急援助隊医療チームの一員としてフィリピンで医療活動を行ったことがありますが、今後大きな災害に日本が見舞われたとき、これと逆のこと、つまり海外の医療チームと協働する場面があるかもしれません。異なる文化の中で医療を提供する場合、十分なインフォーム・ド・コンセントや宗教・習慣などへの配慮が必要です。これまで日本では、国内で発生した災害時に海外の医療チームと協働した経験は少なく、今後、病院や行政はどう協働していくのか。災害看護専門看護師だけで判断できることではありません。極端な話かもしれませんが、災害看護は、病院の中のことや看護のことだけでなく自分たちが住んでいる地域のこと、日本国内の動向、そして世界のことまで敏感に感じ取り、広い視野で考える必要があります。正直、スケールの大きさと、考えなければいけないこと、やらなければならないことは無限にあり、不安に感じることもあります。できることから、ひとつひとつ活動していくことで、まだまだ定まっていない災害看護専門看護師としての役割を、私たちが先導に立って確立させていきたいですね。

岡﨑 敦子

久留米大学病院 中央手術部
災害看護専門看護師

久留米大学病院 中央手術部
災害看護専門看護師

2003年
久留米大学病院に勤務
2007年
災害看護を学ぶため病院を退職し兵庫県立大学大学院へ入学
2009年
大学院を修了し、再び久留米大学病院に復職
2009年
災害支援ナースとして活動を始める
2017年
災害看護専門看護師資格を取得
現在に至る

―所属学会―
日本災害看護学会 代議員
日本災害医学会
日本公衆衛生看護学会

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