インタビューアーカイブ

2018/12

日本の医療の発展にもつながる 「心不全緩和ケア」で大切にすべきこと

昨今、ますます注目を集めている「心不全緩和ケア」。2018年度の診療報酬改定により、末期心不全患者への緩和ケアが診療加算の対象に追加されたことからも裏付けられます。飯塚病院緩和ケア科の柏木秀行氏は、今後必要になる医療ニーズや、心不全パンデミックの到来による医療機関の混乱をいち早く察知し、2016年に「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を、共同で立ち上げました。今回は、柏木氏にプロジェクトの特徴や、プロジェクトを通して創り上げたい「心不全緩和ケア」の未来をお聞きしました。

柏木 秀行

飯塚病院緩和ケア科 部長 / 九州心不全緩和ケア深論プロジェクト 共同代表

心不全パンデミックがもたらす医療機関への影響とは

前編でもお伝えしたように、「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」の立ち上げの理由には「心不全パンデミックへの対応」も挙げられます。まずは、「心不全パンデミック」によって、私たち医療提供側はどのような状況に陥るのかをご説明しましょう。

先に述べたように、高齢化による心不全患者の増加に伴い、心不全の特徴でもある急性憎悪によって、再入院を繰り返す患者さんが急増し、医療提供側の負担が膨れ上がります。さらに、私は「高齢患者という複雑性の患者の増加」というのも、大きな問題点だと感じています。

皆さんは、“simple<complicated<complex<chaos”という複雑性の指標をご存知でしょうか。“simple”とは問題に対する解が明確なケース。例えば「盲腸ならば手術」という感じです。反対に“chaos”に近づけば近づくほど、問題は複雑化し、解も出しにくくなります。高齢者の診療は、「心不全のみ」ではなく、例えば認知症や高血圧、骨粗鬆症など「複数の病気」を患っていらっしゃる、“complicated”や“complex”のモデルが多いのです。つまり、「心不全パンデミック」が到来すれば、心不全に対処する循環器科の先生は、心不全以外の病、ひいては介護問題にも目を向け、それをもコーディネートしていかなければならないケースが急増することになります。

こうした状況下に陥ったとき、問題視したいのが「能力のミスマッチによる提供医療の質の低下」です。循環器などの高い専門分野で活躍する専門医は、“simple”なケースを得意とする方が多い印象があります。“simple”型の先生のもとに、“complex”モデルの心不全患者さんが診察に来た場合、能力のミスマッチが起き、質の高い医療の提供は難しいでしょう。このような状況下で必要になるのが、循環器専門医自身が基本的緩和ケアを提供できるようになること、そして緩和ケア専門医を始めとする他職種の先生方と、循環器専門医がコラボレートする能力です。

 

「他職種との関わり」の場を設けコラボレート能力の向上を図る

「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」では、循環器、緩和ケア、総合診療、家庭医療、コメディカルなどの専門家、メディカルスタッフといった、さまざまな医療関係者同士の関わりをとても大切にしています。

特に、心不全緩和ケアのトレーニングコースの「HEPT」では、意思決定支援や精神ケアなどの基本的緩和ケアの学びの場の提供はもちろんですが、ディスカッションをはじめとしたグループワークも必ず行っています。他職種同士が交流する機会を設け、他の医療関係者の働き方や思い・考えを知るきっかけをつくることが、職種を超えたコラボレートの後押しになるのでは、と考えているからです。
最近では、医師だけでなく緩和ケアのトレーニングを受けた看護師さんや、慢性心不全看護の教育カリキュラムを受けた認定看護師さん、慢性疾患専門看護師さんなどにもご参加いただき、より議論が深まった、ということもありました。

心不全パンデミックによって、循環器専門医だけでは対処できない状況に対応できるよう、プロジェクトが循環器の先生と緩和ケアをはじめとする他職種との橋渡しの役割も担えたらと感じています。今後は、医療関係者だけでなく介護の方々にまでプロジェクトの波を広げていきたいですね。

 

心不全緩和ケアの広まりはピンチでもあり、チャンスでもある

2016年にプロジェクトを設立して2年。心不全緩和ケアの認知度は確実に上がってきていると感じています。これは、2018年度の診療報酬改定で、末期心不全患者さんが緩和ケア診療加算の対象に追加されたことも大きいでしょう。実際、私が座長として企画して、2018年6月に開催した心不全緩和ケアのセッションは、1000人を収容する会場が満杯になるほど参加者が集まりました。それほど、心不全緩和ケアへの注目度は増しています。

私は、「心不全緩和ケア」という言葉が注目されるようになったことは、心不全緩和ケアを確立させるチャンスであると同時に、ピンチでもあると思っています。岸先生、柴田先生ともよく話していますが、心不全緩和ケアの最たる形を作らないと、一時のバブルで終わるのではないか……という危機感も感じています。心不全緩和ケアが診療報酬に加えられたことで、心不全の緩和ケアチームに人員をさき、加算だけとって、患者さんへの提供価値は変わらず、結局実態はほとんど変わっていないという医療機関が点在する数年後は、見たくありませんからね。

しかし、今までがん一辺倒だった緩和ケアが、こうして、心不全へと広がりを見せてきたことは、今後の医療の発展という目でも大きなチャンスだと思っています。心不全の緩和ケアがシステムとしてうまく整備されていけば、心不全以外の呼吸器疾患や神経難病、小児分野などにも活用していけるかもしれません。今後の医療の発展の大きなキーマンにもなり得る心不全患者さんへの緩和ケアを、より多くの医療関係者が、患者さんが必要とするタイミングで前に実践できるような形を、プロジェクトを通して確立させたいですね。

柏木 秀行

飯塚病院緩和ケア科部長
「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」共同代表
地域包括ケア推進本部副本部長・筑豊地区介護予防支援センター長

1981年生まれ。2007年筑波大医学専門学群を卒後、飯塚病院にて初期研修修了。同院総合診療科を経て、現在は緩和ケア科部長として研修医教育、診療、部門の運営に携わる。グロービス経営大学院修了。
2016年、九州大学 循環器病未来医療研究センターの岸氏を顧問に、久留米大学病院 心臓・血管内科の柴田氏と共に「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を立ち上げた。心不全緩和ケアの実現を目指し、九州を中心に、全国へ活動の場を広げている。

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