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2019/5

介護家族、介護従事者が抱える現状から “介護者支援”のニーズを探る

今や世界一の高齢大国となっている日本で、「介護問題」は最も注目を集めるテーマといっても過言ではないでしょう。多くの問題を抱える日本の介護現場ですが、今回は、要介護者を支える「介護者」をクローズアップ。老老介護や介護者の孤立、さらには虐待など、今、介護者にどのような問題が起きているのでしょうか。20年にわたって介護殺人の研究に取り組む日本福祉大学教授 湯原悦子さんに、介護者が置かれている現状と課題、そして今の日本の「介護者への支援」についてお聞きしました。

湯原 悦子

日本福祉大学 社会福祉学部社会福祉学科 教授

老老介護や孤立、仕事との両立
家族の介護に苦しむ介護者たち

高齢化により、要介護者の数は増加の一途をたどっています。まずは、彼らを介護するご家族などの一般の介護者の現状と課題についてお伝えしましょう。私は、彼らの現状には主に3つの特徴があると考えています。

一つ目は、「配偶者間の介護の増加」です。介護者側も高齢の場合が多く、介護者自身の健康状態が悪かったり、介護をする体力がないという問題があります。また、高齢になると複雑な介護保険制度の仕組みを理解することが困難になり、結果的に国の援助などを満足に受けることができないまま、介護を続けている方が多くいらっしゃいます。

二つ目は、「男性介護者の増加」です。男性は、介護について困っていることなどを、自ら話そうとする人が少ない印象があります。さらに、介護者の集いや介護者サロンなど、介護者のコミュニティへの男性参加が少なく、積極的に参加を呼びかけている現状もあります。こうした男性ならではの特徴により問題視されているのが、介護による“孤立”の増加です。行政でも、男性介護者が孤立しないための策は大きな課題の一つとなっています。

三つ目は「遠距離介護による生活との両立の難しさ」です。今、親が一人で地元に住み、子供は離れたところに住んでいる、という状況が増えています。一般の介護者の方にとって、最も苦痛になると言われているのは、実際の介護行為よりも介護によって自身の生活を変えなければならなくなること。特に、遠距離での介護は生活と介護の両立が非常に困難なパターンであり、多くの方が介護に大きなストレスを感じやすい状況にあります。

こうした現状を生み出している原因の一つに、日本の世帯状況の変化があると考えています。現在、日本では夫婦だけの世帯や単身世帯、核家族世帯が増えてきました。ひと昔前は大家族が基本で、介護が必要になったときに手を貸してくれるたくさんの家族がいましたよね。しかし、今は物理的に人の手がなくなっており、自身も高齢であるにも関わらず、他に介護ができる人がいないために妻が介護を担ったり、子どもがいないために、夫が妻の介護をする、という状況が増加しているのです。

 

介護従事者不足が生み出す
介護の質の低下と虐待の増加

次に、介護従事者側の現状や課題です。何度も言われていることですが、やはり介護従事者の人員不足は大きな問題です。現場には、いくら採用募集を出しても人が集まらないという現状があり、「とにかく誰でもいいから人員を確保する」という施設が多くあります。中には、人が足りないがためにフロアを閉じているという施設もあるほどです。

こうしたときに起こる問題が、「介護の質の低下」です。本来であれば、「人の役に立ちたい」「お年寄りや介護が好き」という福祉マインドを持っている人に働いてほしいと考えるもの。しかし現実的には、「たまたま求人があったから応募した」という方であっても、正直なところ人を選んでいる場合ではないため、採用されるというケースが頻繁に起きています。こうして採用された方々が、十分な研修を受けることのないまま現場に出ることで、結果的に介護の質の低下につながっているのです。

さらに、ただでさえ人材不足という状況の中、ほとんどの従事者が未熟な状態で夜勤なども担当していかなければならないケースもあります。このときに追いつめられるのが、経験値の高いベテラン従事者なのです。任される仕事は増えるばかりである一方、給与は低い。こうして、本当に力のある理想的な人材が離職していくという悪循環も生まれています。

また、人員不足は虐待の増加にもつながっていると思います。厚生労働省によると、2017年度の介護従事者による要介護者への虐待は510件。統計を取り始めた2006年以来、最多を更新しています。これは、マンパワー不足で手が回らない中で、要介護者が何度も押すナースコールに対応したり、徘徊を頻繁に繰り返す人への対処をしたりしなければならないという、介護従事者への負荷の増加が原因の一つにもなっているのだと思います。

 

要介護者中心の介護保険制度だけでは
確実な介護者支援は不可能である

このように、要介護者を支える介護者は、一般の方、介護従事者ともに多くの負担を強いられています。では、今の日本では彼らをどのように“支援”しているのでしょうか。

まずは、一般の介護者の支援体制からご説明しましょう。実は、現在の日本には、彼らを支援するための法律や戦略などはありません。強いて言えば、デイサービスやショートステイ、自治体が運営する介護教室が、介護者を支援するためのサービスです。そもそも日本の根本的な問題は、介護保険制度があくまでも「要介護者支援のための」法律であるということだと思います。つまり、「要介護者支援に役立つことであれば、介護者も支援する」という発想になっているのです。ですから、介護者自身が仕事に行けなくて困っていたり、病気やうつになってしまっても、介護保険の枠には入らず介護者自身で何とかするしかないという状況があります。しかし、介護者にとって自身の将来や人生はとても大事なものです。もし、本格的に支援に取り組めるのであれば、まずは介護者相談センターなどを設けるということが、支援の第一歩になると思います。

 

給与8万円アップも
労働環境整備と育成体制の徹底を

次に、介護従事者の支援体制です。厚生労働省によると、今年10月の介護報酬改定に伴い、「勤続10年以上の介護福祉士」を基本とする経験や技能をもつ介護スタッフの給与を、「月8万円アップ」もしくは「年収440万円以上」とすることが明記されました。国としても、介護人材の確保に向けて動き出していることがわかります。

私は、給与やシフト管理による労働時間の調整といった労働環境の整備はもちろん、研修制度の設置など、介護従事者の育成体制をしっかりと整えるための支援も必要だと思います。私が見てきた数々の施設の中でも、労働条件を整え、研修制度を設けて良質なケアを提供できているところは、スタッフの定着率も高く、施設そのものの雰囲気がよい所がほとんどです。

介護従事者のなかには、「高齢者の方の笑顔のために」という気持ちで日々業務に当たられている方もたくさんいらっしゃいます。だからこそ、そうした方々が長く働けるような労働条件の整備と、介護従事者としてのレベルアップを支える環境づくりは、非常に重要視すべきことだと私は思います。

介護者支援に乗り出そうと思っても、今の日本では、どうしてもお金もマンパワーも足りません。しかし、医療の発展により、介護が長期化する傾向にある昨今、介護者側の支援は今後必要不可欠となってくるものではないでしょうか。


後編では、介護に悩む家族を支える介護従事者の働きや、地域の取り組みをお伝えします。

湯原 悦子

日本福祉大学 社会福祉学部社会福祉学科 教授

日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科教授。研究分野は社会福祉学、司法福祉。
1992年名古屋大学法学部卒。2003年日本福祉大学大学院社会福祉学研究科修了。社会福祉学博士。2001年4月~2003年3月日本学術振興会特別研究員。2008年4月~2009年1月メルボルン大学文学部犯罪学専攻在籍。主な著書に『介護殺人―司法福祉の視点から』(2005年、クレス出版)、『介護殺人の予防-介護者支援の視点から』(2017年、クレス出版)など。

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