インタビューアーカイブ

2019/9

健全経営を担う人材不足という課題に「ちば医経塾」がもたらすものとは(後編)

高度急性期病院の経営が非常に困難である昨今。健全な病院経営の実現のためには、有効な経営戦略に精通した、優秀な人材が求められます。千葉大学医学部附属病院では、平成30年5月に「ちば医経塾」と称した、病院経営のスペシャリストを育成するプログラムの第1期を開講。全国各地から病院長、医師、看護師、コメディカルなど多種多様な医療人が参加しました。現在、第2期を開講中。「ちば医経塾」の概要や成果、今後の展望について、同病院長の山本氏と「ちば医経塾」立ち上げに携わった亀田氏にお聞きしました。

(左)山本 修一

国立大学法人 千葉大学医学部附属病院 病院長

(右)亀田 義人

病院長企画室 総合調整員 社会医学系専門医

コミュニケーション能力も養う特色ある独自のカリキュラムが強み

前編はこちら

亀田

「ちば医経塾」は、病院経営に必要な幅広い分野の知識と技術を習得し、病院経営のスペシャリストを養成するためのプログラムです。履修証明プログラムとして、平成30年5月に開講し、1期生は23名。今年の5月からは、38名と2組の法人枠の履修生が2期生として学んでいます。北海道から沖縄まで全国から集まっており、年代は20代から60代までと多様性に満ちています。職種も、病院長をはじめ、医師、看護師、コメディカル、事務職などさまざまで、中には企業の社員や市議会議員の方にもご参加いただいています。
カリキュラムは、本プログラムのために独自で開発した、特色ある実践的な内容で構成しています。開発にあたっては、独りよがりにならないように、多方面からの意見を取り入れました。例えば、90施設以上の千葉大学関連病院や自治体が参画している「千葉大学関連病院会議」では、どのような学習内容を望むのかアンケートを実施し、開発に活かしました。メインターゲットには病院長クラスも含まれますから、そうした役職に求められる資質を育むような、無駄のない、筋肉質な内容を目指しました。

「ちば医経塾」の履修生の様子

 

山本

病院運営に関わることはひと通り網羅しているのが特徴です。医療経営学や会計などはもちろんですが、最も重要な医療安全も盛り込んでいます。

亀田

診療報酬の仕組みやDPCなどを扱う医療制度論や医療政策学、臨床研究のルールやマネジメントを学ぶレギュラトリーサイエンス概論などもあります。さらに、昨今は医師の働き方改革が叫ばれているように、人材管理や健康経営学も重要です。医療専門職のストレスマネジメントといった科目も時代に先んじて取り入れました。病院経営をまるごと系統的に学べることは、よりよい医療を提供し続ける人材の養成に大きく貢献するものと考えます。

山本

それから、病院経営には本質的なコミュニケーションが非常に重要ですが、そうしたスキルを身につけられる点も大きなメリットです。自分一人で100%理解できることなど、数限られています。ですから、立場の違う人、専門が異なる人たちの意見をフラットに聞くことができ、いかにして有益な情報を得て最終的なジャッジメントをくだせるかが重要となります。そして、そのためにはコミュニケーション力を強く働かせる必要がありますが、このプログラムではそうした能力も育むことができますよね。

亀田

はい、その通りです。年代も職種も異なるさまざまな人材が、多種多様な価値観をもって集まり、同じ課題に対して議論します。違う意見や考え方に触れることで、新たな気づきを得られるというのも、とても貴重な経験になると思います。

山本

おかげさまで、現役の院長や病院幹部など総勢40名を超える講師の方々に集まっていただきました。「こういうプログラムが必要だと思っていた」「大学病院が実施することに意味がある」と、多くの賛同をいただきました。そして、そのお力を貸してくださることにとても感謝しています。

 

トライ&エラーを繰り返しながらプログラム内容の精度を高めていく

亀田

1期生から集めたアンケートには、講義に対する善し悪しなど、リアルな感想が集まりました。「多くの知識を得て見識を高めるだけでなく、演習・グループワークなどを行うことによって、管理職に必要なこれからの能力を高めることができます」「グループで議論し、意見を出し合う中で自院の課題を見つめ直すこともできました」など、具体的な感想もお寄せいただきました。また、履修生の一人は、「あなたが一番よく病院長とお話しされますね」と、病院長秘書から言われたと語っていました。それくらい病院長から頼りにされる存在に成長してくれたのだと思います。それから、満足度調査も行ったところ、8割以上の方が、10点満点中8点、9点と、おおむね高い評価でした。
そして今年5月からは、第2期がスタートしています。当期では、第1期の実績を踏まえて内容を変更した科目があります。第1期では、リーダーシップに関して、多くの講師陣からさまざまなあり方を学んでいただくスタイルをとっていたのですが、そもそも「リーダーシップって何?」ということを振り返る機会が欠けていることに気づきました。そこで、リーダーシップ論を体系的に学ぶ科目を設け、少し時間をかけて学びを深めたうえで、並行して第一線で活躍する講師陣からリーダーシップを学習するという流れに変更しました。これから第3期、第4期と続くものですから、常に振り返りながら次に活かし、より精度の高いプログラムにしていきたいですね。

 

垣根を超えたネットワークを形成し医療界に新しい流れを生み出す

山本

「ちば医経塾」は、令和3年まで続く5ヵ年計画の事業です。しかし、そこで終わりにはせず、その先も永続的に取り組んでいきたいと考えています。当院の取り組みを参考に、同じような活動が多方面で始まっているようですので、今後はどのように差別化していくかが課題になるでしょう。しかしまずは、医療界全体に健全な病院経営という大きな課題がある中で、「ちば医経塾」が一つのきっかけとなって、病院経営を体系的に学ぶことの大切さを広く示したことは、とても大きな役割を果たせたのではないかと思います。
さらに、履修生の輪が広がり、全国にネットワークを形成できること。これにも大きな意義があると感じています。例えば私たちの場合、基本的に国立大学病院や千葉大学関連病院会議の中でしか活発な情報交換ができません。ところが履修生の間では、「私の病院はこうなんだけど、あなたの病院ではどう?」などと、勤務先が異なっていても、その垣根を超えた情報交換が可能になります。そうしたことをこの「ちば医経塾」で成し得るというのは、とても喜ばしいことですね。

亀田

そうですよね。修了者は、ちば医経塾同窓会組織に登録され、修了後も継続的に履修生や講師と交流することができます。学んだ知識が古くなろうと、ここで培った交友関係は活き続け、さらに発展していくのです。第1期では、履修生発でメーリングリストが作られました。履修生がそれぞれの病院で経営の最前線に立つようになってくると、今度はそのネットワークから新たに生まれることも出てくることでしょう。将来が本当に楽しみですね。

山本

履修生の皆さんには、病院経営の中枢に入る、あるいは中枢をサポートするような形で、これからますます難しくなる経営を支える人材になっていただけるとうれしいですね。
医療というのは非常に生産性が低く、非効率なものです。非効率な状態を放置したまま、診療報酬で締め付けるようなことをするから、病院経営はどこも不安定なままです。病院経営が不安定ということは、提供される医療の質も不安定ということになりますからそれではいけません。「ちば医経塾」のようなプロジェクトを通じて、医療の生産性というのはどうあるべきかということも、今後、議論していけるとよいですね。

山本 修一 / 亀田 義人

[山本 修一 氏]
千葉大学医学部卒業後、米国コロンビア大学研究員、東邦大学佐倉病院教授などを経て、平成15年に千葉大学に着任。平成26年より病院長および千葉大学副学長を併任、現在に至る。専門は眼科。

[亀田 義人 氏]
佐賀大学医学部卒業後、千葉大学循環器内科に入局。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医学)後に、厚生労働省へ出向。雇用均等・児童家庭局母子保健課課長補佐、医薬食品局血液対策課課長補佐を経て、現在に至る。

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