今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第198回 2019/10

着任1年で果たしたV字回復。 経営再建の鍵を永田氏の考えから読み解く(後編)

小倉記念病院は、平成28年6月に創立100周年を迎え、歴史ある病院の一つとして市民の健康を支えています。病院長である永田氏は、今年で着任して6年目(2019年10月現在)。今でこそ安定した病院経営を実現していますが、着任当時の病院は、収益の低下や病院内の派閥問題など、非常に混沌とした状況だったと言います。しかし永田氏は、着任わずか1年後に黒字転換を達成。その偉業には同病院の強みを活かした政策や、地域の他病院との関係づくり、広報活動への注力などさまざまな理由がありました。永田氏に、病院再建までのお取り組み、これからの永田氏の使命などをお話しいただきました。

一般財団法人 平成紫川会 小倉記念病院
病院長
永田 泉 氏

小倉記念病院

すべての部署が順調という状況はない。
リスクマネジメントを怠らないことが肝心

前編はこちら


 優秀な人材を確保するということも、安定した病院経営には欠かせません。これを実現するためには、やはり大学と良好な信頼関係を築いていくことが重要だと思います。例えば、近年は看護学校が減少しており、看護師も大学出身者が増えてきましたから、看護師を集めるためにも大学へのアプローチは非常に大切です。単に「いい人がほしい」とお願いしても、大学はそう簡単に優秀な人材を送ってくれないものですから。
 私が病院長として赴任して来たときは、循環器内科の医師が45人から26人にまで減っており、しかも、上の3人もすでに辞めていたという現実がありました。当院の強みであるはずの循環器内科が危機的な状況にあったということです。このときも、私や安藤は「人を送ってください」と、地域の大学や病院に頭を下げて回りました。しかし、中には「おたくはもうオペできないんじゃないの?」などと、大変厳しい言葉を投げかけてくる先生もいらっしゃいました。
 職員の不安定な状況というのは、いつでも、何度でも起こるものです。どこかの部署の調子がよいと、どこかの部署には問題があったりするものです。すべての部署が100%順調という状況はまずあり得ないので、リスクマネジメントを怠らず、やや調子が悪い部署があっても、他部署でカバーできるような経営システムにしておかなければなりません。
 「病院の仕事は忙しいけれど、きれいな病院で、質のよい医療を提供できているよね」と、職員が思うようになれば、必然的に医師をはじめコメディカルも優秀な人が集まるようになるものです。よい人材の確保は、当院にとっても大きな課題の一つでもありますが、最近はおかげさまで、さまざまな大学から応募してくれるようになりました。これからも、さらに多くの人に選ばれる病院を目指していきたいです。

病院再建を成し遂げた後の使命は
次の100年先へとつなぐこと

 当院には、約1,400名の職員がいます。私が病院長として、職員の皆さんにできることといったら、職員の意思統一を図り、前向きな方向へと導くことくらいしかないかもしれません。職員の皆さんが本当に頑張ってくれたおかげで、今日の小倉記念病院があります。着任当時の目標であった黒字化も達成しましたし、私が何も動かなくても、病院が生き残っていけるだけの貯金が貯まったら……。人間というのは、緊張感がずっとは続かないものです。だから、同じところに長くいるとダメなんですよね。私は、だいたい5〜6年ごとに場所を変えて仕事をしてきたので、そろそろ変化のときが近づいているかもしれません。
 とはいえ、100年経過した当院がさらなる100年を目指して、次の代へ、次の代へとつないでいくためには、医療だけでなく病院経営にも優れた人材で、フレキシブルな感覚を備えた人物を育てる必要があると思っています。病院のことが好きなのは大前提として、地元に対する愛着のある後継者を探すこと。これが私にとって最後の大仕事になるかもしれませんね。

病院長
永田 泉氏

昭和50年、京都大学医学部卒業。平成3年小倉記念病院脳神経外科部長、平成9年国立循環器病研究センター脳血管外科部長を務めたのち、平成15年に長崎大学医学部脳神経外科教授、平成21年に長崎大学医学部・歯学部附属病院副院長などを歴任。平成26年より現職。
 
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