今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第214回 2021/02

コロナ禍でも心身を健康に保つには? 看護師のメンタルヘルスケアを考える

患者さんの命を担う重責、過酷な勤務体制、職場の人間関係など、さまざまなストレス要因を抱える看護職は、メンタルヘルスに不調を生じやすい職業とされています。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大により、看護師のストレスは増大。心身の健康を損ない、離職するケースも増えています。こうした中、看護師をはじめとする医療従事者がメンタルヘルスを維持するには、どうすればよいのでしょうか。さまざまな看護現場のメンタルヘルスケアを支援してきた武用百子氏に、お話をお聞きしました。

取材日:2021年1月19日

和歌山県立医科大学 看護キャリア開発センター副センター長
同大学臨床教育准教授
精神看護専門看護師
武用 百子 氏

和歌山県立医科大学 看護キャリア開発センター

看護師の心身が健やかでなければ、患者さんのケアはできない

私が看護師になって最初に勤務したのは、北里大学病院の救命救急センターでした。重篤な症状の患者さんを受け入れる三次救急医療機関だったため、新人の頃から患者さんがお亡くなりになる場面に数多く遭遇しました。ご遺族に対し、いつどのように声をかけていいのか迷うこともたくさんありました。ほかにも自殺未遂で搬送されてくる方、交通事故で半身不随になった方と接する機会もあり、看護師としてどのように関わればよいのかずっと悩み続けていたのです。そこで、患者さんとそのご家族のケアを行う精神看護専門看護師を目指し、大学院で学び直すことに。2000年に修了してからは、和歌山県立医科大学附属病院で働いています。
 
精神看護専門看護師として働くうち、患者さんやご家族だけでなく看護師のメンタルヘルスケアの必要性も感じるようになりました。大企業には従業員の健康管理を行う産業医、産業保健師がいますが、私が着任した2000年当時、病院は一般企業から大きく後れを取っていました。病床数800、職員数約2000人の当院にも、当時はまだ常勤の産業医、産業保健師はいませんでした。忙しさに疲弊したり、人間関係に悩んだりして心を病んでいく看護師も。当時は国内の自殺者数が3万人を超えた頃でしたし、中でも和歌山県は自殺死亡率が高い土地柄とあって、看護師の自殺も懸念されました。患者さんとご家族に対する精神的なケアも大切ですが、看護師が元気でなければ患者さんのケアはできません。そこで看護師が心身ともに健やかに働けるよう、支援に力を入れることにしたのです。

第三者が早めに不調を察知し、悩みを解きほぐすことでメンタルヘルスが改善

看護師のメンタルヘルスケア支援として、まずはケアに関するアドバイザーになることから始めました。自分が行うケアに自信が持てないと、看護師は心身ともに疲弊し、燃え尽きてしまいます。そこで、「あなたがやっているケアにはこういう意味があるんだよ」と紐解いていきました。
 
ほかにも、「疲れが取れない」「眠れない」「苦手な先輩がいて出勤するのがつらい」「あの先輩と一緒に働くと吐き気がする」など、看護師はさまざまな悩みを抱えています。それらをひとつずつ解きほぐし、快適に働ける方法を提案したり、「不眠状態が続くなら、メンタルクリニックに行って相談しよう」「吐き気がするなら、朝食は無理に食べないように」などとアドバイスを送ったりしてきました。中でも紐解きにくいのは、人間関係の問題です。一度こじれてしまった関係性は、なかなか改善できません。その場合は、部署を替えてもらうよう病院に働きかけることもありました。
 
当初は個別で相談に応じていましたが、看護師が私の元に訪ねてくる頃にはすでに不調が深刻化した状態でした。うつ病を患い、薬を服用しなければ日常生活がままならない看護師もいたほどです。精神的に問題を抱える看護師は、様子を見ればすぐにわかります。表情が消えて仮面のような顔で働いていたり、吐き気を我慢して顔面蒼白になっていたり、中にはナースステーションで呆然と立ち尽くす看護師も。そこで抑うつ状態を未然に防ぐため、看護管理者と連携して、看護師と面接する機会を持つことにしました。その結果、メンタルヘルスの不調を早めにキャッチし、適切な支援を行えるようになりました。

患者さんや先輩のひと言が、看護師を成長させるトリガーに

2000~2010年頃に、看護師のメンタルヘルスがここまで悪化した理由として、新人看護師の教育システムが確立していなかったことが挙げられます。学校で学んだ看護技術と、実際の現場で求められる実務能力が大きく異なるため、混乱をきたす新人も多かったようです。しかし、2010年に法律が改正され、新人看護職員研修が努力義務化されることに(※)。その結果、以前は「先輩の背中を見て覚えなさい」という風潮だった新人教育が、ガイドラインに沿った院内研修に変更されることになったのです。短期間でさまざまな技術を詰め込むのではなく、1年間を通じて総合的な能力を身につけるというゆったりしたペースに変わったため、以降は新人が育ちやすくなりましたし、離職率も低下していきました。
 
2015年12月には、改正労働安全法に基づくストレスチェック制度も開始されました。従業員のストレス状況に関する定期的な検査が義務付けられたため、メンタルヘルス不調のリスクも低減されることに。産業医、産業保健師も一般化し、現在では当院も産業保健師が2名常勤しています。
 
まだ経験の浅い新人、心が折れそうな看護師であっても、日々懸命に仕事に臨んでいると琴線に触れる瞬間があります。例えば苦しんでいる患者さんに何気なくかけた言葉に対し、「あの時の言葉に助けられたよ」と言われたとき。先輩から「あのときのあなたのケアには、重要な意味があったよ。素晴らしいケアだったね」と褒められたとき。自分のケアが承認されると、看護師は大きな喜びややりがいを感じます。すると、患者さんへのケアがよりきめ細やかになり、親身になって接すると患者さん自身も変化するというよい循環が生まれます。病状が改善したり、気持ちが穏やかになったりと患者さんがよい方向に変化すれば、看護師としての喜びも倍増し、さらに成長できるのではないかと思います。
 
※ https://www.mhlw.go.jp/seisaku/2010/01/04.html

コロナ禍で浮き彫りにされる看護師のメンタルヘルスケア問題

コロナ禍においても、看護師のメンタルヘルスケアは重要な課題でした。2020年3~4月、新型コロナウイルス感染症が国内で拡大しはじめた当初は、未知のウイルスの実体をなかなかつかめず、社会に不安が広がりました。医療従事者に対する差別や偏見もひどく、つらい思いをする方も大勢いました。医療物資の不足という背景も重なり、先の見えない不安、「もし感染したら……」という恐怖に苛まれながら仕事をすることに。こうしたストレスは、組織や上司への強い怒りや不満という形で噴出していきました。
 
5~6月になると感染者数が減少し、看護師の不安も少しずつ軽減されていきました。この時期に生じたのが、感染初期に亡くなった患者さんに対する無力感、後ろめたさでした。3~4月当時、新型コロナウイルス感染症の患者さんの病室に入れる時間はごくわずかでした。通常行う、亡くなっていく方への丁重なケアすら叶わず、看護師としての使命を果たせなかったという悔しさを抱いたまま、ご遺体を納体袋や棺に納めたり、ご遺族とお話したりという非常につらい仕事も行ないます。燃え尽きやうつ状態を引き起こし、夏には「もう泣くことしかできない」という看護師もいたほどです。中でも、コロナ病棟に長く関わっている看護師は消耗しきっていました。各病棟をローテーションで担当する病院はまだよいのですが、コロナ病棟からの配置換えがない病院では、離職する看護師も数多く見られました。
 
8月には第2波が到来しましたが、この時期には第1波のような強い怒りや不満は抑えられていました。患者さんの病態がどのように変化していくか、どんな薬に効果があるのか、新型コロナウイルス感染症に関する詳細が少しずつわかりはじめてきたためです。そのため、多くの病院で看護師は落ち着いて対応できていました。
 
最大の難関は、第3波を迎えた現在です。感染者数が爆発的に増えたため、医療がひっ迫し、看護師がローテーションを組んで対応しようにも人員配置がうまくいきません。しかも、これだけ感染者数が増えれば、どれだけ予防を徹底しようとも看護師が感染するケースが出てきます。そうなれば、より少ない人数で現場に対応せざるを得ません。ストレスは蓄積される一方で、看護師は慢性疲労に陥っているといえるでしょう。国内で感染が広がりはじめてからもう1年になりますから、離職者が増えるのも当然だろうと思います。
 
中でも、組織内に何らかの問題を抱える病院は、離職率が高いように見受けられます。「自分たちはこんな思いをして頑張っているのに、病院側は何もしてくれない」「コロナ病棟の担当から延々外してもらえない」となれば、看護師が無力感や絶望感に襲われるのも自然な流れでしょう。病院や自治体などの組織において、リーダーシップは非常に重要です。確固たる方針を示し、明確なリーダーシップで組織を指揮することは看護師のストレスの緩衝要因にもなります。緊急事態に直面しても、タスクフォースチームを設置するなどして集中的に問題に対応できている組織は、業務が円滑に回り、看護師のメンタルヘルスも保たれるのではないかと思います。
 
後編では、新型コロナウイルス感染拡大の前後で、看護師のメンタルヘルス問題はどのように変わったのか、武用さんのご意見をうかがいました。また、ストレスを和らげるためのセルフケアについてもお伝えします。

武用 百子氏
和歌山県立医科大学 看護キャリア開発センター副センター長
同大学臨床教育准教授
精神看護専門看護師
 
1991年、北里大学看護学部卒業。北里大学病院、日本赤十字社和歌山医療センターを経て、2000年、兵庫県立大学看護学研究科修了。和歌山県立医科大学附属病院で精神看護専門看護師として活動を始め、現在に至る。また、2008年より和歌山県立医科大学保健看護学部の精神看護学教員として着任。2018年より現職。著書に『部下を持ったら必読 看護現場のメンタルヘルス支援ガイド』(日経BP社)、『いまどきナースのこころサポート』(メヂカルフレンド社)など。
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