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2021/10

患者さん家族に今何が起きているのか 現場を俯瞰で捉え、文脈を理解する「渡辺式家族看護」とは

患者さんと家族を丸ごとケアする「家族看護」。中でも「渡辺式」家族アセスメント支援モデル看護(以下「渡辺式」)は、看護師と患者・家族との間の軋轢・トラブルを解決する家族看護モデルとして、大きな注目を集めています。「渡辺式家族看護」の意義、そしてこれからの家族看護について、長野県看護大学教授 柳原清子氏が解説します。

柳原 清子

長野県看護大学教授 / 「渡辺式」家族研究会代表

患者さん家族と看護師の現状を俯瞰する
解決志向型の「渡辺式家族看護」

前編はこちら

患者さんの家族を看護の対象と捉える「家族看護」には、3つの大項目から構成されるカルガリー家族看護モデルをはじめ、さまざまなモデルがあります。看護基礎教育での家族アセスメントでは、患者さんの家族構成や年齢、役割などを記録シートに書き出し、家族の構造や機能を捉えたうえで、支援策を考えることが教育されます。

それに対し、私がずっとやってきたのは、現場のナースの方々との「渡辺式」家族アセスメント支援モデル(「渡辺式」)を用いた事例検討会です。この手法は、1997年に「家族看護研究所」(以後「家族ケア研究所」に改称)を設立した渡辺裕子氏が考案した家族看護モデルです。「困り事」を軸に考える「渡辺式」人間関係見える化シートを使った事例検討の方法は、患者さんや家族との関わりに悩む看護師から相談を受ける中で、困り事を解決するために考案されたアセスメントモデルとなっています。

看護師と患者さん家族の間に揉め事がある時、「なぜかわからないけれど、うまくいかない」という時、この「渡辺式」人間関係見える化シートが役立つのです。困り事が発生したら、「渡辺式」シートを広げ、家族一人ひとりが何に困っているのか考える。患者さんの家族になりきって、困っていることを掘り下げていく。そんな“解決志向型”のモデルなのです。
大きな特徴は、看護師も分析対象になることです。一般的な家族看護モデルでは、患者さんとその家族が分析対象となりますが、「渡辺式」では看護師も含めて分析していきます。

例えば、ある若い末期がん患者(30代女性)の母親が毎日のようにクレームを言ってくる場面を分析しましょう。この時まず、「看護師自身は何に困っているのでしょう?」と問いかけていきます。すると、「クレームが多すぎて他の仕事ができない」「だから、患者さんの母親と会わないように、家族が面会に来る前にサッと患者さんのケアをすませている」「母親への説明には、連絡ノートを使っている」など、看護師の困り事や取り組みが浮き彫りになってきます。看護師の困りごとの感情が吐露された上で、「では次に、患者さんの母親は何に困っているのでしょう?」と分析・議論を進めていくのです。

すると、クレームを言うお母さんの思いが浮かび上がってきます。もしかしたら、娘が末期がんになり、どうすればいいのか困惑の極みにいるかもしれません。母子家庭で苦労して育てた一人娘さんだったりして・・・、この現実はどれほどつらく悲しいことでしょう。

そんな中、看護師たちの子細な出来事で不信感を募らせたのかもしれません。お母さんとしては、娘を守るためにも自分の考えや代弁をしなければならないと必死なのかもしれません。クレームを言っているつもりはなく、ただ看護師に落ち度がないようと、頻回に訴えているのです。しかし、看護師からすると「あのお母さんから徹頭徹尾チェックされているようで、怖い」となってしまいます。

このように、現場で何が起きているのか浮かび上がらせていくと、看護師には看護師の言い分、家族には家族の言い分があることがわかってきます。そして、それぞれの文脈がストーリーのように立ち上ってくるのです。今お話した例で言えば、母親が要求を強く伝えようとすればするほど、看護師は母親を避けるという悪循環に陥っていることがわかります。そのうえで、悪循環をどう断ち切るか、解決手法や支援の方法を考えていくのです。このように、現場で“今”“何が”起きているのかを見据え、焦点を絞り込んで分析するのが「渡辺式」人間関係見える化シートを使った事例分析法なのです。

一般的な看護過程の思考は、何か問題が起きた時に「なぜそんなことが起きるのか」「誰が問題を起こしているのか」という“原因追求型”です。一方、「渡辺式家族看護」は具体的な解決策を考え、「では、明日からこうしよう」と新たな一歩を踏み出せる“解決志向型”。ビジネスの世界でいう“ソリューションフォーカスアプロ―チ”です。パンデミックなどで困った家族が増えている現状にも、この方法が合っているため、人気が高まっているのだと思います。

 

家族の対処力が弱まったため
患者さん家族をめぐるトラブルが増加

では、なぜ医療現場では患者さん家族との揉め事が増えているのでしょうか。それは、家族の対処力の弱体化に原因があると思われます。そもそも家族の一員が病気を患うことは、身内にとって一大事なことで、専門的に言うと、“家族危機状態”です。かつての我が国では、家族員が大病を患っても、親戚が集まってきて総出で知恵を出し合い相談し合っていました。家族員たちは身内で多くの体験をしてきているため、高齢者が脳卒中で寝たきりになるのも想定内で、嫁が世話をする対処をしてきたのです。九州地方では、障がいを持つ子が産まれると「宝子(たからご)」として尊び、みんなで大切に育てる風習、文化がありました。親族一同がひとつになって、家族の危機状態を支える対処力が備わっていたのです。

しかし、現代社会においては家族規模が縮小し、親族縁者のネットワークが希薄になりました。危機状態に陥っても、身内で人手や知恵を集めることは容易ではありません。その一方で、インターネットなどから情報だけはどんどん入ってきます。それゆえに、情報を集める過程での「専門家への丸投げ意識」が生まれてしまいました。医療従事者が「それは家族にお願いしたいこと」と思うことも、「専門知識を持っているのはあなたでしょう」となります。ここに医療従事者と家族の意識のズレが生じてしまうのです。

また、対処力のない高齢者世帯では、我流を貫こうとする場面も多くあります。例えば、食事を摂れない高齢の患者さんとその家族に対し、医師や看護師は嚥下食を作るようアドバイスします。しかし家族は「そんなものは作れない。ばあさんはどんなに食欲がなくても、柿だけは食べられた」と言い出し、嚥下障害の高齢者に柿を食べさせようとする、などです。対処力がないために、長年の経験や知恵に頼ろうとする。そこから我流ケアになってしまうのです。

新型コロナウイルス感染症をめぐる問題でも、同様のことが起きています。医療従事者がどれほど正しい情報を流しても、世の中には玉石混交の情報があふれているため、人々は惑わされて混乱をきたします。こうした混乱がそのまま病院に持ち込まれ、結果として医療従事者と患者さん家族の間でトラブルや軋轢が起きてしまうのです。

 

困難を跳ね返し、何度でも立ち上がる
「家族レジリエンス」の重要性

では、これからの家族看護はどうあるべきでしょうか。そのキーワードが、「家族レジリエンス」です。「レジリエンス」=跳ね返す力、回復する力です。アメリカ同時多発テロ事件、東日本大震災など、甚大な被害をもたらす出来事が起きた時、この言葉がクローズアップされました。東日本大震災の被災者は、家族を亡くし、家や仕事、地域、夢も失いました。しかし、すべてを失ってもなお、家族は生き延びる力や打たれ強さを発揮し、再び立ち上がってきたのです。このように家族レジリエンスを高めることが、家族看護においても重要だと考えています。

人は、経験を重ねる中で打たれ強さを培っていきます。傷つくことなく育った人は有事の際に大きなダメージを受けますが、苦労を経験していると打たれ強い。レジリエンスは生まれつき備わっている力ではなく、自分自身で獲得するものなのです。同じように、家族レジリエンスも、一人ひとりがひとつの家族になっていく過程で獲得していく力です。

打たれ強い家族、何があっても跳ね返す家族には、3つの特徴があります。第一の特徴は、信念を持っていること。家族員が誇りや信念を持っていれば、どんなに絶望的な状況になろうとも、「自分たちならできる」と立ち上がることができます。諸外国の家族レジリエンスが高いのは、彼らが宗教を信じているからという側面もあります。どんな困難に直面しても、「これは神の思し召しだ」と思えば家族が盛り上がり、乗り越えることができるのです。

続く第二の特徴は、家族一人ひとりの交流・関わり方がオープンであることがあげられます。レジリエンス力の高い家族は、それぞれがオープンで明晰なメッセージを発し、わかりやすい交流をしています。

そして、第三の特徴は、家族の凝集性が高いこと。普段はバラバラでも、危機状態に陥った時にスッと集まって一致団結して課題解決できる家族は、強い力を持っています。

このように、家族の持つ力はいろいろあります。そのため、家族看護を行う看護師は、各家庭の家族レジリエンスを確認しながら、弱いところをケアする必要があります。例えば話し合いが苦手な家族であれば、看護師が橋渡し役を担い、話し合いの場を設けるといった具合です。このようにして患者さんを含む家族一人ひとりの間を取り持ちながら、支援を行っていくのです。

 

全員の「困った」を解決するために
患者と家族のストーリーを理解する

家族看護を行う看護師に伝えたいのは、ふたつのメッセージです。ひとつは、患者さんと家族、自分自身に今何が起きているのか捉えるために、「状況を俯瞰する力」をつけてほしいということです。この力があれば、患者さんと家族、自分の間に何が起き、どこに悪循環が産まれているのか捉えられるでしょう。

もうひとつは、患者さんの家族の立場になり、彼らのストーリーを理解してほしいということ。家族の「言い分や文脈を理解すること」です。こうすると看護師の支援も変わります。先ほどの例でいうと、患者さんの母親は、なぜクレームを言うのか。母ひとり子ひとりで苦労して育ててきたというストーリーが見えてくれば、我が子を喪失するというお母さんの恐怖心もわかるはずです。「我が子のために」で看護師の一挙手一投足に口出ししたくなる気持ちも推察できます。この時の対応は、まず謝罪の言葉を言って、相手のヒートアップを鎮めましょう。「あなたの投薬が数分遅れたせいで、うちの子は一晩中眠れなかったんです」とクレームを言われた時、謝罪をした後で、「お母さまがつきっきりで看病されていたんですね。大変でした。ありがとうございました」という言葉がスッと出せれば、相手は「私の苦労、苦しみを分かってくれた」となるのだと思います。

全体を俯瞰して、今起きていることを見渡す。そして、患者さん家族一人ひとりの文脈を理解する。すると、彼らが今何に困っていて、どのような対応をすればいいのかわかるはずです。家族のストーリーをつかめば、家族への見え方が変わります。見え方が変われば、看護も変わります。困り事が起きたら状況を俯瞰し、患者さん家族の「文脈=ストーリー」を見てください。このような家族看護を行えば、看護師も患者さん家族も幸せになれるのではないでしょうか。

柳原 清子

長野県看護大学教授

1976年、金沢大学医療技術短期大学卒業後、明治学院大学等で社会福祉学を学ぶ。その後大学院等で社会福祉学博士をもつ。
臨床看護師として約15年にわたって経験を積み、1994年より日本赤十字武蔵短期大学、新潟青陵大学、新潟大学、金沢大学で老年在宅看護、終末期看護、がん看護、家族看護、基礎看護を担当する。東海大学では、家族支援専門看護師、がん看護専門看護師の教育を行う。2021年より長野県看護大学成人看護学教授であり、「渡辺式」家族研究会代表を務める。

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