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2022/5

人の命との向き合い方を知る 看護師・介護師がグリーフケアを学ぶ意義

グリーフ(悲嘆)ケアとは大切な人を亡くしたご遺族に寄り添うケアのこと。日本ではまだまだグリーフケア関連の取り組みは少ないものの、日本グリーフケア協会によるワークショップなど、ご遺族の回復に向けた取り組みが広まりつつあります。グリーフを抱えて一人で苦しんでいる人に対して、看護師・介護士はなにができるのでしょうか。日本グリーフケア協会会長の宮林幸江氏に、医療・福祉関係者がグリーフケアを学ぶ重要性についてお話をうかがいました。

宮林幸江

東北福祉大学保健看護学科教授 / 日本グリーフケア協会会長 / 悲嘆回復ワークショップ代表

グリーフケアは医療・福祉関係者が
避けては通れない大きなテーマ

前編はこちら

ここ数年でグリーフケアは徐々に注目されはじめ、看護師・介護師をはじめとする医療・介護関係者からの問い合わせも増えています。

日本グリーフケア協会では、悲嘆回復ワークショップでのファシリテーターをはじめ、病院や施設などで活かせるケアについて学び、悲しみのケアの担い手であるグリーフケアアドバイザーを育成するために「グリーフケアアドバイザー認定講座」を開講しています。講座にはさまざまな職種の方が参加されてきました。特に近年では、医師・看護師・介護士の参加率がかなり高いです。実際に人の命と向き合うことが多い職種なので、グリーフケアについて学ぶ必要性を感じている方が多いのだと思います。

他にも医療関係者ですと、理学療法士・作業療法士といった方も増えていますし、事務方では総務課や人事部の方、さらには産業カウンセラーの方なども集まっています。受講生からの評判を聞いて参加してくださる方もいれば、ご自身で調べて来られる方も多く、ありがたいことに講座はほぼ毎回満席です。

認定講座の参加者が増えている理由としては、核家族化の進行やコミュニティの縮小などの社会的な動きにより死別の情報不足が影響していると考えられます。人と関わる機会が減ると、死別を経験しないまま大人になり、初めて経験した大切な人との別れに対し、予想以上にショックを受けてしまう。さらに、人との関わりが少ないことで、自分が落ち込んでいるときに支えてくれる人が周りにいないというケースも増えてきていることが予想されます。

看護師・介護士は特にそういった方を間近で見て、接する機会も多いでしょう。病院や施設で働き、人の生死に関わる機会が多い職種の方にとって、グリーフケアは今後避けては通れない大きなテーマになるのではないでしょうか。

 

これからのグリーフケアの三つの課題は
「システムの見直し」「知識の普及」「気軽に立ち寄れる場所の確保」

現在、日本で行われているグリーフケアは、ワークショップなどの場に集まった人に話してもらう形式が主流です。話したい方もいれば、聴くだけでいいという方もいますが、やはり喪の作業として、思い出の整理や、部分的、または、全体的に歩いてきた道のりについてアウトプットすることは重要です。人の話を聴くだけではなく、自分の心の中を言葉として表面化することで、回復に要する時間も短くなります。

悲嘆回復ワークショップでのワークブックや、前編でご紹介したアメリカで行われている泊りがけのキャンプなど、参加者全員がアウトプットできるようなシステムを全国の団体がそれぞれ考えることが必要だと、私は考えます。

また、今後最も重要なのは死別の悲しみが日本人にどのような影響を与えているか「知ってもらう」ということです。「自分の精神状態は異常で、誰にも相談できない」という考えや、「鬱の治療を受けていたけれど、根本的な問題はグリーフだった」など、グリーフケアを知らないことで問題がさらに深刻化し、長引いてしまう可能性は大いにあります。学歴や育った環境に関係なくグリーフケアの知識が得られるよう、病院や施設、学校、自治体などに対し積極的な発信を行い、多くの人に知ってもらうことが重要です。

最後に、今後はグリーフケアというものをもう少し身近に感じてもらえるといいなと思います。出かけたついでに立ち寄れる集まりだったり、気が向いたときに話せる場所だったり、時間や場所にとらわれず、行きたいと思ったときに行けるようなグリーフケアの相談所が全国的にできれば、救われる方も多いのではないでしょうか。
施設などでも同じようなことができると思います。配偶者が亡くなったことをきっかけに入所される方もいると思いますが、例えば、故人の写真を置いて手を合わせられるところ、故人を思い出せる場所を作ると利用者さんの気分も楽になり悲しみからの回復に役立つと思うのです。
施設に入って環境が変わって不安なことに加え、亡くなった配偶者のことを考える場所もないのでは悲しみの行き場がありません。花壇を設けて「故人を思いながら毎日お水をあげに来てもいいよ」など、少しだけ特別な場所を作ってほしいと思います。

 

医療従事者は「脇役」として、
遺族の気持ちに寄り添うケアを

看護師・介護士には、グリーフケアについて少しでも学んでおいてほしいというのが私の願いです。患者さんや利用者さんが亡くなった際、一度はご遺族にお会いするかと思いますが、グリーフケアを学んでいると、落ち着いて接することができるはずです。ご遺族の気持ちを考え、「寄り添う」ことの大切さが理解できるからです。

病院や施設などで、ご遺族に対して「早く立ち直ってくださいね」などと声をかけてはいませんか?大切な人を亡くされたご遺族に少なくないのは、死別を経験した後に頑張りすぎてしまう人。周りからは「一人で頑張って偉い」と思われるかもしれませんが、本人はずっと苦しい気持ちを抱えてもがいている状態です。悲嘆回復ワークショップでは「ちゃんと休んでいますか?」と声をかけるようにしています。今まで誰にも弱みを見せられず、心身ともに疲弊してしまっていても、その一言だけで劇的に回復速度が速まる方もいます。

グリーフケアを学ぶことで、「頑張って」と言ってしまったとしても「ごめんなさい、そうじゃなかった。今まで頑張ってきたと思うよ。でも、ちゃんと休んでいますか?」と、言いなおすことができるのです。マニュアル通りに接するのではなく、心から接する方法を知っておくことで、自分もご遺族も安心できる。そのために、グリーフケアの知識を積極的に取りに行ってほしいと思います。

看護師・介護士にグリーフケアを学んでほしいと思う理由はもう一つあります。特に介護施設や終末期病棟などで働いている方に知っていただきたいのが、グリーフケアはターミナルケアからすでに始まっているということです。

ご家族から「お見舞いに行って毎日顔を見るけど、何もできない自分を不甲斐なく思ってしまう」という相談を受けたことはないでしょうか。「一緒にお顔を拭きましょう」と言って温かいタオルを渡すことや、「明日は一緒に手浴しましょう」など、ご家族と一緒にケアを行うと、ご家族の中に「終末期に一生懸命面倒を見た」「一緒にいる時間が長くとれた」という温かい気持ちが残ります。それがグリーフケアなのです。

本当のケアというのは「その人と一緒に考える」ということ。亡くなる人やご遺族と気持ちを重ね合わせることで、人はどういうことを考えて亡くなるのか、ご遺族はどんなことを後悔しているのかわかります。そういった考え方を大事にするということは、自然とグリーフケアを行っていることになるのです。医療・介護従事者はあくまでも脇役なので、「患者さんやご家族と一緒に」ということを忘れずにいてください。

グリーフは自分を含め誰にでも起きることです。グリーフケアに少しでも興味をもってもらえたら、そして、人生勉強だと思って一度講座にもいらしていただけたら嬉しいです。

宮林幸江

東北福祉大学 保健看護学科教授
日本グリーフケア協会会長
悲嘆回復ワークショップ代表

【職歴】
東京医科歯科大学大学院修了(博士)
福島県立医科大学講師、
茨城県立医療大学助教授、
宮城大学教授、
自治医科大学教授を経て現職
日本グリーフケア協会会長、悲嘆回復ワーク ショップ代表

2001‐2004年に米国および英国にてグリーフケア研修を受講。2001年より悲嘆ケア用のワークシート集を考案し、グリーフケア「悲嘆回復ワークショップ」を開始

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