医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。
第62回 2008/06
助産師は、保健師助産師看護師法という法律により、<助産ならびに妊産褥婦の保健指導を業とする女子を言う>と定められています。つまり助産師の仕事は、良いお産をするための、妊娠期から分娩はもちろん、お産の後、そして赤ちゃんを育てること、そういう一切に関わることが専門の職業なのです。特別の知識と技術が必要な職業なので、高校卒業後に看護教育を3年以上受けてからでないと助産師教育を受けることはできません。
国家試験に合格し免許を取得した助産師は、妊娠したかどうかの診断、妊娠が順調に進んでいるか、異常が起きていないかの診査や、正常経過の産婦さんに対してはお産が始まる兆候を判別し、普通のお産ができると予測される場合は介助し、そして産まれてくる赤ちゃんに必要な措置をし、お産の後が順調に回復するようにする、そういう仕事を独立してすることができます。
現在、日本で助産師として就業届出をしている人は、約2万5千人いますが、相当多くの方が医療機関で働いています。また、全国266ヵ所で助産院を開業して仕事をしている助産師がいます。その他140人くらいの方が、出張という形で家庭でのお産を取り扱っており、1000名以上が教育機関で助産師教育や行政の分野など、いろいろな場所で活躍しています。
助産師が関るお産は、自然で正常なお産で、薬や器械を使わないのが基本です。しかし現代では、お産そのものの観察や介助、診察の仕方にも深い知識と技術が必要になってきています。妊娠、出産に関してもたくさんのことがわかってきましたので、そういう新しい知識や技術を正しく使って、安全で快適な良いお産ができるように、助産師の役割がより深まってきております。
加えて、最近は助産師の役割が広がってきました。たとえば性教育もその一つで、思春期だけではなく、この頃は小学校の性教育などもたくさん頼まれます。学校では養護教諭を置いているわけですが、妊娠出産の専門家である助産師が適任であるということで、自治体の教育委員会から助産師に委嘱する例が増加し、助産師による出前教育が今盛んに行なわれています。
中高年の問題もあります。妊娠出産の影響で高血圧などが残ったりしないかとか、中高年の方の性に関する事柄もあります。更年期障害など、いろいろな身体症状に対しての相談や、不妊や遺伝の問題を心配される方の相談という仕事も出てきています。
子供の虐待に関することも、妊娠からずっとフォローしていく助産師は、ことによると虐待があるかもしれないと予知することがあります。そういう虐待の可能性に予防的に関わったり、発見したらそれに対応することも必要です。それから対女性暴力の問題、月経困難症、性感染症等々、性や生殖にまつわる事柄にもっと広く関わることが求められるようになっています。
要するに助産師は、女性の傍らに常にいるという職業ですから、女性が持つであろう問題はみんな助産師の仕事である、ということも言えるわけです。
このように現代の助産師にとって、妊娠・出産・産褥そのものにも深い知識や技術が必要になったし、拡大した役割についても非常に多くの勉強が必要になっています。
しかし、助産師に期待されていることが拡大した割には助産師教育期間が1年だったり、中には4年制大学の選択科目になっていたりしています。現状では、卒業時に自立して妊娠の診断ができるか、妊娠経過の診断ができるか、お産を自立して取り上げられるか、というと必ずしも全面的に自信を持った卒業生を出していないところもある可能性があります。
ですから教育の内容をもっと深くしなければいけないことと、実践できなければ助産師教育ではないので、実際に妊産褥婦さんと直接関わるケアには、時間をかけた臨床的な実習がもっと必要です。
臨床実習にはたいへん時間がかかります。そして、自然のお産は比較的夜中に多いので、実習するほうもたいへんですが、指導者にとっても産婦さんの安全を確保しながら学生を教育していくことは簡単ではない教育です。
保健師助産師看護師法では、助産師教育は6ヵ月以上の教育ということになっていますが、現在、6ヵ月の教育というところはありません。助産師学校は1年課程ですし、一般型大学院の2年課程が5校か6校、4年の学士課程卒業者のための、1年の専攻科も少しずつ増えてきました。
私どものような専門職大学院は日本で一つしかないのですが、まる2年かけて実践を中心に助産師を専門職として勉強する大学院です。ここでは、深まっている妊娠・出産・産褥期・新生児のケアに加えて、拡大している助産師の役割を2年間で教育しようとしています。しかし拡大している役割については導入・紹介まではできても、たとえば不妊に対応するための実習まで取り入れるには、2年でも足りないというのが現実です。
私たち以外にも、しっかりした助産師教育をするために専門職大学院を作りたいと思っているところもあるのですが、先に述べた所定の教員数から人件費が莫大であることなど、経営面から困難なのが現状です。もっと助産師教育に人件費等を確保するように、社会的な配慮が必要だと思います。
今、日本では年間約100万人の赤ちゃんが産まれています。そして100万件のお産のうち、約60%は正常なお産です。70%までが正常だとも言われていますから、単純に考えると、助産師は60~70万件のお産を取り扱ってお世話することが可能だということになります。
日本のお産がほとんど自宅で行なわれていた頃の助産師の数は、約6万人ぐらいと言われています。現在は助産師として届け出ている人は2万5千人ですが、助産師免許を持ちながら看護師として働いている人もいます。助産師の数を増やすには、仕事から離れた潜在助産師を再教育してもう一度助産師に戻ってきてもらうことと、養成数を増やすことも必要ですね。
お産の3割か4割がハイリスクと言われていますが、そのハイリスクのうち半分は観察下で普通のお産ができます。帝王切開などの手術が必要なお産は約2割弱と言われています。その分は医師の分野になります。正常なお産の場合でも起こり得る異常に対応するしくみを持った上で、医師はハイリスクのお産により力を使うようにすれば、産科医不足の問題に対応することができるのではないでしょうか。
医師は異常が起こった時に医療をしますが、お産が進行中のケアについては助産師の担当です。お産に関して生活を含めてお世話をする助産師が増えなければ、妊産婦さんに快適な、特に出産のケアはできないだろうと思います。
医療法で、助産所を開業する場合は必ず嘱託医、または嘱託医療機関を持つことが定められています。医師と助産師が連携しなければ、妊婦さんにとって安全なより良いケアが出来ないということは了解事項です。それに関してはいまのところ、全妊娠期間中にたとえば妊娠初期・中間・直前など何回か、産科医の検診を受けるように助産所が妊産婦さんと話し合い、お勧めしています。
助産所を開設する時には、土地や建物も全部自分で投資しなければなりません。助産所を建てることは容易ではないのです。かつては「母子健康センター」が市町村にあり、妊婦管理もお産も産後検診もそこでできたのですが、制度が変わり「健康センター」になった時にそれがなくなってしまいました。それで今お願いしていることは、母子健康センターを市町村に作ってくださいということです。そうすれば助産師はそこで仕事をすることができます。
そういう建物施設を用意して助産師の活動の場を開いたり、病院の中に助産師外来や院内助産所を作って、産科の医師と、緊急事態のための連携はきちんととった上で正常なお産を取り扱える体制をすすめることも必要です。
そういう形で、医師、助産師の連携のもと、日本中の産婦さんが困らないようにしていけたらいいなと思っています。
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