医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。
第66回 2008/10
病理診断は、患者さんからとられた組織標本を顕微鏡で見て病気の原因が何であるかを診断する医療行為です。たいへん専門性が高く、医師免許があるから標本を見ればわかるというものではありません。病理診断ができるようになるには、10年ほど経験を重ねてやっとというくらい時間がかかります。医師の中でも専門性が特に高い部類に入ります。
逆に言えば、ふだん患者さんの診察や手術を行なっている臨床医には、学生時代に顕微鏡で標本を見たことがあるだけの人が少なくありません。基本的に、病理標本を読むことはできません。ですから、病理医の行なった病理診断報告書を見て、腫瘍が良性であるか悪性であるか、がんの転移があるかどうか、感染症の程度はどうかなどを知ることになるわけです。
現代の医療、特にがんの治療は、手術の方法、ホルモン療法はどうするか、抗がん剤が必要かなど、患者さんの具体的な治療方針がほぼすべて病理診断によって決まってくると言っても過言ではありません。
病理診断をする場合、患者さん全員が対象となるわけではないのです。基本的に、手術切除標本などの病理診断用の「標本」が取れた場合、病理診断部門(病理診断科)に全部持ち込まれます。これには、生検、細胞診も含まれます。
術中(じゅっちゅう)迅速診断と言われる特殊な業務があります。これは病理医の非常に重要な役目です。手術をしている最中に、これは本当にがんなのか、どんな手術をしたらいいのか、断端(だんたん)部(手術した切断面の切れ端)にがん細胞がないかどうか、リンパ節に転移がないか、もっと切除するほうがいいのかなどを、リアルタイムで決めていきます。病理医にとって、もっとも緊張する場面であり、醍醐味(だいごみ)でもあります。
この他、病院で死亡した患者さんの死因究明のための病理解剖(遺族の同意を得て行なわれる)をはじめ、病気に対して広い知識を持っている病理医は、院内感染管理やリスク管理を含めた病院内のさまざまな管理的な役割も担うことが少なくありません。また、他の病院の病理医や臨床医とのネットワークがとても強いことも大きな特徴と言えるでしょう。
医療法の中では病理は検査の一部としてしか書かれていません。このため、実はこの3月まで、検査技師法の中に「病理検査」が規定され、医療法ではきちんと規定されていなかったのです。それは非常におかしなことだったわけです。なぜなら、病理診断は医師免許がなければできないものですし、検査機械や臨床検査技師には、実務上も法的にも、できない・してはならない行為なのですから。
このことは、日本病理学会がずっと以前から厚労省に問題提起をしていたのです。病理診断は医行為であるという明確な返事が厚労省からきたのは平成元年(1989年)でした。しかし、病理診断が検査技師法から医療法に規定し直され、本当の意味で病理診断科として標榜できるようになったのは、つい先ごろ、2008年4月からなのです。病理診断を医行為であると認めてから、実に19年もかかっているわけで、遅すぎますね。
医療(臨床)行為は診断と治療からなります。病理診断は、とても大切な診断をするのですから、当然、臨床の仲間なのです。病理医は他の基礎医学者と異なり、研究だけをしているわけではないのです。しかし、文部科学省が病理学教室を基礎系の講座に組み込んでいることもあって、病理学は基礎医学であり、病院では検査の一種だと認識されてきた期間があまりにも長く、今でもまだそう思っている臨床医が多いのはとても残念です。
病理標本の中にその患者さんの情報がたくさん埋もれているわけですが、上に述べたように、外科医は基本的に病理標本を読むことはできません。したがって、病理医の診断報告書を見て、そこから推測して治療方針を打ち出していくことになります。ほとんどの場合はそれでいいわけですが、患者さんの「納得」という意味では十分でない場合があります。
がんの標準治療でも、抗がん剤を使うほうがいいのか使わないほうがいいのか、使うとすればどんな抗がん剤が適しているかなど、治療方針のバリエーションがあります。本当に納得して治療を受けたいという患者さんにとっては、自分のがんの状態をもっと詳しく知りたい、病理医から直接話を聞きたいという要望が出てきます。
私は病理医としては、誰にも負けないくらい患者さんの話を聞いていると思います。インターネットや手紙によることが多いのですが、最近は電話も増えてきました。実際には、私は話を聞いてあげるだけで「こういうふうにしたら納得できるのでは」「こういうふうに考えては」など、基本的には、臨床医が判断したことを一押ししてあげるという感じになります。もし、臨床の先生の判断と違うときは調整する必要がありますので、「ここをじっくり聞いてみたら」というアドバイスをしています。無償ボランティアですが、ニーズを誰より実感しています。
中には病状が厳しい方もいますので、私の説明が励ましになるか、きつく感じてしまうか、さだかでないことがあります。しかし、私に聞いてくる患者さんは必ず、本当のことを知りたいと思っていますので、患者さん自身の標本からわかったことを、プロの病理医として自分の言葉で説明すると、みなさん本心から納得していただけるのです。
とは言え、病理診断の説明を病理医から直接聞ける「病理外来」がある病院はまだほとんどありませんので、患者さんがそういう機会を持つのはなかなか困難です。少なくとも病理診断科標榜が可能になったことで、病理医には今までにない新しい業務の側面ができたと言えますし、「納得の医療」を作り上げていくことが私たち病理医の、そして(社)日本病理学会のこれからの使命だと思います。今後、病理診断科の開業医も少しずつ増えていくことでしょう。
病理診断は検査の一部だという誤った考え方が長く続いたことで、病理医自身もそれに甘えてきた側面があります。正直、病理医には患者さんの顔が見えていなかったのです。標本の向こうに患者さんがいる、自分の診断によって患者さんがどんなふうになるのか、わかりにくい診断書を書くと臨床医が誤解して不適切な治療をするかもしれない(誤解は誤診と同じ!)、そういうことをしっかり踏まえて診断をしていく必要があるのです。患者さんにとって、病理診断は決定的なのですから。
ただ現実には、患者さんが病理の先生の話を聞きたいと臨床医に要望しても、「どうしてですか」と言われたりして実現しないのがまだまだほとんどです。臨床医はまだ"病理は検査"と思っているのかもしれません。病理医を信頼していないのかもしれません。病理診断は単なる検査ではなく診断する医行為であることを、病院内で認識を深めていく必要がありますし、私たちももっとアピールしていかなくてはならないと思います。
すべての患者さんに会うことはもちろん不可能ですが、患者さんに顔の見える病理医が増えて、本当に必要な患者さんには直接お会いしてファーストオピニオンの説明をしてあげる、場合によってはセカンドオピニオンの説明もしてあげることが必要だと思います。それができれば、患者さんが本当に納得できる医療ができますし、医療の質も向上します。まちがいありません。
小児科医や産婦人科医の不足はよくマスコミで取り上げられますが、病理医不足も深刻です。病理医は大学病院にはそこそこいますが、一般病院になると1000床以上の大病院で2~3人、300床以下の病院なら病理医はゼロ、300床以上~500床くらいの中規模病院で病理医が一人でもいる病院はまだ半分ちょっとという状況で、とにかく人材がいないのです。
代わりの人がいないのですから、学会や研究会に出席して勉強することができない、夏休みも正月も休めない病理医が多く、疲れきっているのが現状です。実際このままでは、病理外来で患者さんに説明してくださいと言っても、ほとんどの病理医が絶対に無理だと答えるでしょう。
現在、厚労省は診療関連死に関する解剖施設(医療安全調査委員会)の設置を法制化しようとしています。そして、解剖を担うのは主として病理医なわけですが、今の議論は病理医が存在するという前提でなされています。しかし、病理医は現実には決定的に足りないのですから、そういう議論の前提として、病理医を増やす仕組みを作らないとどうにもならない。そこに関係者、官僚や国民が気づいてほしいと思います。
今、日本は病理医と検死解剖を行なう法医医師、つまり解剖医が圧倒的に足りません。国は早急に戦略をたてて病理・法医の医師を育成する必要があります。たとえば、2年間の卒後臨床研修に病理と法医を必修化する、その上で病理と法医に進む人材には積極的に奨学金を出す、大学院に進むのであればその学費は国や県で補助する。今は麻酔科がそれに近い状態になっていますが、特に法医学に進む人材は特別手当で給料を倍にするなど、何らかの優遇策をとらないと絶対に増えないのです。そうしたリクルートの方法を考えることが急務であり、日本の医療の質の向上に欠かせないということを強く訴えたいですね。
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