医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。
第69回 2009/01
システム構築と運用の調整役ができる看護師が必要
今、医療の現場はIT化を抜きにしては語れません。今後は、院内システムの構築をする際に、システム構築と運用の調整役としての役割を果たせるような、現場に強く医療情報に精通した看護師が望まれると主張する、柏木さんにうかがいました。
国立看護大学校
看護学部 講師 (保健学修士)
柏木 公一 氏
関連ワード
私は今の電子カルテには問題があると思ってます。現在の電子カルテは検査や給食等、種々の伝票を元に設計されることが多く、伝票と同じような画面構成になっています。これは、医療従事者の従来のやり方と変わらないようにという配慮だと思いますが、その結果、運用ルールがあまり入っていないシステムができてしまうことがあります。
伝票というものには仕事の運用ルールが省略されてることが多いのです。会社の中には、順番にハンコを押す欄があって、処理が進んでいることがわかる書類がありますが、病院の伝票はそういうことがイメージできるものがなかったり、例外的な処理については書かれていなかったりします。そういうことは、たびたび変更になりますし、働いている人はみんな知っていますから、伝票には書く必要がないし書く欄もないのです。サインをする場所だけが決まっていたりします。
こういうことがわかっていないと、企業が関わって病院のシステムを作ろうとするときに問題がおきます。企業は、まず形になっている伝票を集めて伝票の情報がきれいに入るように設計します。しかし、運用ルールは明文化されていないので、システムからまったく抜け落ちてしまうことになります。ですから、いざ運用をするころになって、実は「この伝票は別の伝票と一緒に出さないといけない、○○さんの確認を得てからでないと有効ではない」などという、そこに書かれていない情報がたくさんあることに気付くのです。
そこで初めて、「伝票のどこにも書いていないのだけれど、右上にサインがないとだめなんです」、などとSEさんに口頭で伝えるわけです。そうすると「ではその情報をつけ加えましょう」と、電子カルテの画面に新しい情報が追加されます。このようなことが続くと、初期のシステム設計がぐちゃぐちゃになってしまい、画面デザインとデータが一体化した管理しづらいシステムができてしまいます。
今まで自分たちがやってきたことを説明するというのは意外に大変で、ユースケース(Use Case)の書き方という本が出ているほど難しいのです。その8割以上は例外処理だと思っています。つまり、通常のことができないときにどうするか、ということです。通常の処理はできるけれど、例外をきちんと伝えるということがなかなか難しい。さっき話した伝票の運用ルールなどもその例だと思います。
また、ルール上はこうだが運用上はこうしているというケースもよくあります。本来は医師がやるべき仕事だけれど、やむを得ず看護師がしていることなどです。このような場合、それを文書化してしまうと、看護職としては自分たちの本来の仕事のように思われてしまう、それは心外だということで、実際の運用の状態と理想とのずれはあえて表現しないということもあります。代理入力、つまり医師が入力しなくてはいけないのに看護師が入力しているとか、その扱いをどうするかなどです。
本当は、導入時にそうしたことを検討しなくてはいけません。
病院のシステムは、昔は病院独自にいろいろカスタマイズしていましたが、長い目で見ると維持にお金がかかります。ですからパッケージシステム(できあいのシステム)を購入して、なるべくパッケージシステムを変更せずに、病院の運用をパッケージシステムに合わせるほうが良いという考えが広まっています。そうすることで、バージョンアップが出たときに何もしなくても新しい機能が使え、病院としてもお金がかからないし、システムダウンなどのトラブルも少なくなります。
そういう考えもあって、最近はシステムそのものを作りかえることはあまりしなくなってきていると思います。そうすると、電子カルテの購入時に良いシステムを選ぶのが非常に大事になってきます。自分の病院の運用と合っているシステムを、いかに選べるかが重要なのです。
そのときに検討しなければならないのは、例外事項やトラブルがあったときにどうするかということです。しかもそれは、病棟でふだん仕事をしている人、現場の看護師がやらなくてはいけないと思うのです。
一番分かりやすいのはシステムダウンのときの対応です。コンピュータを使っていてシステムがダウンすることは避けられません。新聞沙汰になるような大きな事件はそれほどありませんが、こまかなシステムダウンは毎週のように起こります。その都度、どういうふうに運用で乗りきるかを決めなければいけないわけです。
たとえば、ナースコールシステムとの連動がうまくいかなくなって、復旧に2、3日かかることがわかったとしたら、各病棟でどういう運用でナースコールを使うのか。医療事故が心配ですから、すぐに決めなければなりません。
また、無線LAN付きノートパソコンを使っていて、無線LANが一部分だけ使えなくなったとか、ある病棟だけ使えなくなったなどということもあります。そうすると注射をバーコードで読みとって無線LANで確認していたけれど、半分だけ使えない事態が起こる。そういうときにどうするか、全体的にやめてしまうのか、それともできないところだけ別ルールで運用するのかなど、医療事故に関係するものごとをその都度決めていかなくてはなりません。
それはやはり、実際に業務されている方で、システムの設計方針の大まかなことを理解できている方でないとなかなか難しいわけです。SEさんでも無理ですし、病院の管理者だけでも難しいと思います。
病棟で働く看護職の役割には病棟を24時間円滑に運営する役割があります。看護師は、なにごとが起きても他の業務に影響しないように、スムーズに病棟を運営することにけっこうな労力を割いていると思います。
たとえば、一人の患者さんが急変して救命処置が長引きそうだというときでも、夕食の配膳は時間通りにしなくてはいけない。30分遅れると患者さんにとってはあまり良い印象がありませんね。糖尿病でインシュリンの注射をしている方なら遅れるわけにはいきません。つまり、救命処置と夕食を配るのは、同じくらい優先順位が高い仕事になっている。こういうことは多々あります。
看護職は、病棟のあらゆる業務や突発的な事故にふだんから対処することが多いわけですから、システム的にトラブルが多い病棟の運用に関しては、看護師が例外ルールとか運用ルールなどを的確にまとめることができれば、一番良いものができると思います。
それも、管理者でない人が係わった方が良いと思っています。患者さんの受け持ちをしない管理職の方は、管理職になった時点で、ふだんの運用ルールが分からなくなってしまうことがあるからです。たとえば土日は、締め切り時間や運用ルールがどの病院も違っています。ふだんは締め切り時間は何時だけど、土日は何時だということがあるわけです。しかも、そういうときに限っていろいろトラブルがあったりします。
管理職の方は土日は病棟勤務をされないことが多いので、ふだんどう対処しているかは働いている人でないと分かりません。管理職の方が集まって対策を練っても、そういうところが抜けてしまったりするわけです。スタッフで業務を把握していて、ある程度システムの会話についていけて、問題がどのくらい深刻なのか、そういう雰囲気が伝わる方がシステム導入時の検討に加わることが大切なのです。
私は情報システムに係わる看護師が、SEの方が読んで分かるような運用ルールをきちんと記述できるようにしてほしいと思っています。SEとのコミュニケーションが円滑にできるようになってほしいのです。よく、システム構築の最後の方で、看護師が「ついでにこれもやってほしいんですけど」と言って、「今更こんなことを言われたら大変です」というSEの感覚がなかなか伝わらなかったりします。看護師は「何でこんな簡単なことができないんだ」、SEさんも「どうしてこんな大切なことを最初に言わないんだ」という行き違いが起こりがちですが、そういうことがなくなると思います。
最適な業務とは何か、そういうことを整理できたり記述できたりすることが大切です。看護職は、エキスパートになればなるほど直感的に判断できてしまうことが増え、そういうことを言葉にするのはなかなか難しくなります。ですから、エキスパートの人の話を引き出して、それをSEの人に翻訳できるような、調整役としての役割を果たすことができる、そのような看護師が必要ではないかと思います。
関連記事
関連ワード
年ごとに見る