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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第181回 胃ろうorポート 2019/7
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 土曜の夕方。
 A病院のカンファレンスルームに長机がロの字型に並べられており、そこにぐるりと10人が座っています。
 入院中の藤堂志麻子さん(91歳)にかんする緊急カンファレンス中です。
 志麻子さんは、老衰のため一年半前からほぼ寝たきりの状態で自宅療養していましたが、このたび誤嚥性肺炎となり入院。退院に向けて、担当の病棟医は、長らく志麻子さんの介護を一人で担っている長男の妻の藤堂君江さん(61歳)に次のように言いました。
<経口摂取は無理なので、胃ろう造設とポート留置のどちらにするか月曜までに決めてください>
 その返事をするための話し合いの場を退院調整看護師の大庭峰子さん(45歳)が呼びかけて開きました。
志麻子さんは認知症が進行し、全身が衰弱しており、ほとんど発語がなく意思表示ができません。
 三日前の水曜の夜、退院調整看護師の大庭さんのところに、志麻子さんの嫁にあたる君江さんが思いつめたような様子で相談にあらわれたのでした。志麻子さんの長男(君江さんの夫)や、長男の姉二人(近所に嫁いでいる)は意思決定に加わらず、君江さんが一人で決定する状況になっており、一人で志麻子さんの代理に意思決定するはたいへん重荷で困惑している、というものでした。
 それを受けて大庭さんは、できるだけ多くの家族が集まって結論を出したほうがよいと君江さんに話し、さっそく段取りをはじめたのでした。
 大庭さんは、志麻子さんの家族の状況についての情報も訪問看護師から得ました。結婚して近所に住んでいる君江さんの義理の姉の二人は、志麻子さんの介護は行わないが何かと口は出すタイプであること、志麻子さんの長男で君江さんの夫は仕事人間で介護は君江さん任せであること、などなど。とくに君江さんの義理の姉二人は、いまほど認知症の進んでいない志麻子さんが「わたしの今際の際には、君江さんにそばにいてほしい」と語ったことが、おもしろくなかったふしがあり、「母さんは君江さんが大のお気に入りだから」と、それを介護の手を出さない理由であるかのようにことあるごとに語っている、とか。
 カンファレンスは、さきほど大庭さんが、胃ろう、ポート、それぞれのメリットとデメリットを説明したあと、なかなか話が進みません。
 ここに集まっているのは、志麻子さんの長女、次女、長男とその妻の君江さん、孫の男性とその妻、ケアマネージャー、訪問看護師、担当の病棟医、そして大庭さんです。
 大庭さんが志麻子さんのご家族の顔を順に見やりながら、
「決めるのはむずかしいことですよね、志麻子さんがどうしてほしいのか、それがわかったなら、とさきほどおっしゃっいましたね」
 と長女の顔を見る。
「はい。でも、ずっと介護をしてくれていて、母からも信頼されている君江さんさえ、母の意向がわからないとなると、ほかの誰もわからないと思います。ねっ」
 と言って長女はとなりに座る次女の顔を見ます。
「そうですね」と次女。「遠慮しないで、君江さんが決めてしまっていいんですよ。これからも母を介護してくれるわけだし」
 穏やかながら、長女、次女ともにどこか棘のある言い方です。
「あの、私、遠慮しているわけではなくて、率直にいうと、こわいんです。お義母さんの今後の貴重な人生を左右する決断なわけですから、責任重大です」
 君江さんが視線を机に落としたままいいました。
「あっ、大丈夫よ、君江さんの判断が悪かったなんて、ぜったいにあとで言ったりしないから、ねえ」
 と言った長女と次女は目を合わせて大きく頷きます。
 と、いちばん端に座っている孫の妻・シオリさん(31歳)が鼻をすすりだします。涙をこぼしています。 みなが驚きの表情で注目する中、シオリさんは、鼻をかみ涙を拭き終えると口を開きます。
「わたし、おばあさまの介護はおろか、最近はぜんぜん顔さえ出してなくて、こういう場に参加できる立場ではないと思ったんですが、約束を果たすときがきたのかもと思って、きました。」
 
6年前の翔と私の結婚式のとき、なぜか、おばあさま、私に言ったんです。<来年は私も80代後半になるから、そのうちボケるかもしれないから、言っておきたいんだけど、もし私の身体が悪くなったときは、病院でいろんな管みたいのつけられたくないの、絶対に。これ、シオリちゃんにだけ言っておくから、そのときがきたらみんなに言ってね。私の孫の妻としての役割だよ。約束してくれる?>って言われたんです。なんで私にそんな大事なこと頼むのかなあ、って疑問ではあったんですけど、私は頷きました。
 で、この六年間を振り返ってみると、私たち夫婦、いろいろあって、何度も危機があって、いまはそれを乗り越えてよかったと思うんですけど、その危機のたびに、おばあさまとの約束を果たさなきゃならないってことがどこか歯止めになってた気がするんです。おばあさまとの約束があったからこそ、別れなくて済んだというか。おばあさま、もしかして、そういうことを予感して、わざわざ私と約束しようと思ってくれたかもって」
 そこでまたシオリさんは鼻を啜りだし、ハンカチを目頭にあてます。
「たぶん」と長男がはじめて口を開きます。くぐもった声です。「そこまでのことをばあさんが考えてたとは思えないけど、管をつけたりするのは嫌だ、っていう気持ちだったんだろうな」
「そういえば」と次女。「翔たちの結婚式のあった翌年くらいから、かあさん、ボケてきたのよね。本人、虫の報せみたいのがあって、シオリさんに言ったのかもね」
 
 それからの話し合いで、その場にいた志麻子さんの家族全員が、志麻子さんはいまも同じ思いなのではないか、と考え、胃ろうもポートも造らず、自力で摂取できるだけ摂取して、苦しくないようにして過ごしてもらう、と意見が一致したそうです。
 そして藤堂志麻子さんは、退院した一ヶ月後に眠るように永眠されたそうです。

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