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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第189回 satisfaction 2020/3
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 木曜の午後のデイサービスセンター「A」。
 演歌が小さく流れているホールでは、昼食後の歯みがきを終えた高齢の利用者たちが順に席についています。あと十分ほどで久しぶりのカラオケ大会がはじまります。
 看護師の園部ひとみさん(50歳)は、ホール内に設置されている手洗い洗面台の前に立ちペーパータオルで手を拭きながら、ホールの隅に座っている伊丹昭一さん(75歳)の様子をちらと見ます。そして、いつか誰かが「思い出さないままの記憶が圧倒的に多いんだって」と言ったことを思い出します。
 伊丹さんの「A」の利用は今日で終了です。「こんなに演歌ばかりかかっているところは自分には合わないから」という理由で。
「A」の利用者は70代から90代が中心で、演歌や懐メロ好きが多く、カラオケ大会ともなければみながエントリーする曲のほとんどが演歌です。
ふた月前に毎週木曜日に「A」の利用をはじめた伊丹さん。初回から三回目までは、午後になると我慢ならないとばかりに席から立って「帰りたい」を繰り返し、それ以降は傍観者のような表情で、ホール内のほかの利用者を眺めて過ごすようになりました。
 彼は演歌が苦手なだけではなく、昔の童謡に合わせて上半身を動かす口腔体操も、利用者同士で行う各種ゲームも、季節にちなんだ調理レクも、とにかく「A」で行われることはことごとく好まない様子でした。
 それで職員は、新聞を渡したり、話の合いそうな利用者と隣合わせにしてみたり、囲碁や将棋をすすめたりもしてみましたが、どれも楽しめないようでした。
そして先週の木曜日の朝、伊丹さんを担当しているケアマネージャーから「A」に、伊丹さんの利用終了の連絡が入ったのです。
 その連絡があった日、伊丹さんはいつになくにこやかでした。「A」の利用を辞めることが決まり、気が楽になったのかもしれませんでした。園部さんが血圧などの測定のためにそばに行くと、彼は脳トレプリントの記入に使う鉛筆を一本ずつ両手に持ち、ドラムを叩くようにそれで調子を取りながらつぶやくように歌っていました。さらに近づくと、歌っている曲名もわかりました。世界中の多くの人が聴いたことがあるはずの名曲「サティスファクション」(ローリングストーンズ)です。
♪I can’t get no satisfaction♪
という彼の歌声を聴き、そして口を尖らせて歌う横顔を目にして、園部さんの記憶が一気に蘇りました。25年前に都内の総合病院の病棟勤務していたころに、伊丹さんをひと月ほど担当したことを思い出したのです。
ナースとしてのキャリアが長い分、担当した過去の多くの患者さんのことは忘れながら仕事をしてきた園部さんですが、伊丹さんについては「A」で接してすぐに思い出さなかったことが不思議なほど、強く印象に残っている人でした。
当時、彼は、体調が少しよくなると、お箸やスプーンでドラムを叩くように調子をとり、サティクファクションの歌い出しのところを繰り返し口ずさむのでした。
ある日、ベッドサイドに訪れた園部さんに伊丹さんは枕元のそばに置いてある点滴台を指さしながら言いました。
「それ、ステージの上で大きく振り回してパフォーマンスしたりするマイクスタンドに似てるんだよねえ」
「そうかもですね。すみません、片付けようと思っていたところでした」
 園部さんは咄嗟に、点滴台を部屋の隅に移動させようとしました。使い終わったため、早く片づけなければ思っていたところでした。
そのときです。「あっ、ちょっと持たせて」といって伊丹さんが点滴台の取っ手の部分をつかんだため、点滴台はバランスを崩して倒れてしまいました。その際、台の点滴をぶら下げる部分が園部さんの頭に当たったのです。左耳の上10センチほどの部分に裂傷が生じ、3針縫いました。その部分は、目立ちはしませんがその後発毛がなくなり、いまも米粒ほどの無毛部になっています。
 それからもう一つ。点滴台事件から二週間たったころ、午後の検温でベッドサイドに訪れた園部さんに、座位になっていた伊丹さんは園部さんにふいにしなだれ、彼女の胸元に嘔吐したのでした。
 二つの出来事とも、伊丹さんはたいへん恐縮し、退院の日には園部さんに、
「ひどいご迷惑をかけたにもかかわらず、いつもにこやかに接してくれたこと、一生忘れません。ありがとうございました」
というと深々と頭を下げて帰って行きました。
 その伊丹さんだとわかり、園部さんは、
「私、25年前に、B病院消化器内科病棟に伊丹さんがご入院されたときの担当看護師の道川です! いまは結婚して苗字が変わりましたが」
と名乗ろうと一瞬考えましたが、やめました。
 思い出した伊丹さんは園部さんに謝ることになるだろうから、わざわざ名乗らないほうがいいと考えたのです。
 あのときのことを伊丹さんが覚えているのかどうか、確かめてみたい思いも少しありましたが、そんなことを気にする人間は狭量だとも思いました。<入院という辛い時期のことは覚えていない場合もあるし、同じ映画を見ても記憶していることがそれぞれ違ったりすることがあるくらい記憶というものはそもそも個人差があるもの。だから伊丹さんがあのときのことを記憶してるかどうかなんて、どうでもいいこと>と。
 伊丹さんがお茶用のカップを手に立ち上がったのが見えた園部さんは、すぐに手洗い洗面台から移動し彼に歩み寄り「お茶、お持ちしましょうか」と声をかけます。
「あっ、いいの? 悪いね、忙しそうなのに」
「いえいえ、ぜんぜんです」
 そう言ってカップを受け取る園部さんに伊丹さんがいいます。
「あなたは、いつもにこやかに接してくれたね、オレ、きょうでここの利用が終わりだけど、ありがとうございました」
 あのときと同じように、にこやかに接してくれた、と言ってくれて、25年前のことを記憶しているかどうかなんて、ほんとうにどうでもいいと園部さんは思ったそうです。

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