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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第193回 いとこ会 2020/7
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 18時30分。
 D病院の駐車場。
停車中の赤い軽ワゴンの車内で、20代後半の女性3人が話しています。
彼女らは、D病院のリハビリ病棟に入院中の大越栄さん(85歳・女性)の孫たち。栄さんの三人の娘それぞれの子供です。
栄さんの長女の娘・Aさん(28歳)、看護師。
次女の娘・Bさん(28歳)、作業療法士。
三女の娘・Cさん(29歳)、薬剤師。
 彼女たちは年齢が近いこともあり、小さいころから、栄さん宅、つまり彼女らの母親の実家に泊まりこんでは一緒に過ごした姉妹のような仲です。
栄さんは、一人暮らしの自宅で尻もちをついて腰部の複雑骨折となり、安静療法ののちのリハビリが進んでいます。Aさん、Bさん、Cさんは、医療者として、大好きな栄さんのはじめての入院をできるかぎりサポートしようと話し合い、「いとこ会」というチーム名をつけ、勤務の合間に交替で病室に通っていました。
先日の日曜日には、三人とも休みだったため「いとこ会」全員でベッドサイドをたずねたのですが、その際に口論になってしまい、栄さんに、
「ここでそんな喧嘩をする人たちなんかには来てほしくない!」
と𠮟られました。
栄さんは助産師で数年前まで現役でした。身体こそ年齢なりの衰えが見られますが、頭のほうはかわりなく明晰です。「いとこ会」の三人は、それぞれの病院でバリバリ働いていますが、栄さんに久しぶりに子供のときのように𠮟られてしゅんとしてしまいました。
そんな三人に、栄さんはさらに言いました。
「次に来るときに、<いとこ会>としての反省点と改善点を聞かせて」
 つまり栄さんは三人に宿題を出したのです。アニメの「サマーウォーズ」に出てくる、矍鑠とした栄おばあさんというキャラクターにそっくりだ、と三人で話したことがあるほど栄さんには威厳があります。三人は、栄さんの言葉に素直に頷いて病室をあとにしたのでした。
 そして今日、三人はそれぞれに仕事を終えてこの駐車場に集まり、宿題の件を話しあって結論を出し、栄さんの病室を訪ねる予定です。
 作業療法士のBさんがいいます。
「こないだは、Aに、看護師が置かれた状況への配慮が欠けた言い方をしちゃったと思う。ナースはどうしたってシフトがあるからね。問題は職種ではなく連携のシステムにあるわけなのに」
「そうだね」と薬剤師のCさん。「こないだはさ、ちょうど職場で、患者さんに夜に眠ってほしいから眠剤を出してほしいっていうナースと、眠剤使うと認知機能が低下するから出してほしくないっていうPTのバトルがあって、私、そのあいだに入ってたんだけど、どちらもゆずらなくてたいへんで。そんなことがあった直後のことだったから、その不満をAにぶつけちゃった気がする、ごめんね」

 先日の三人は、栄さんはベッド上排泄がいいか、車椅子でトイレまで誘導がいいか、で口論になったのでした。栄さんは、リハビリ室で、歩行器での歩行訓練がはじまったところで、病室でもベッド上排泄ではなく、車椅子でトイレまで誘導するのでよいのではないか、と作業療法士のBさんが言うと、次のような会話になりました。
看護師Aさん<リハビリの歩行訓練でかなり下肢が疲れているから、トイレでひざ折れしてしまうかもしれないし、リハ室での訓練と違って病室に戻ると患者さんというものはどうしても気が緩んでしまうものだから、いまのところは病室では安易に立位になったりしないほうがいいよ。もし転倒なんてしたら、元も子もないでしょ>
作業療法士Bさん<転倒リスクばかり考えていたら、活動性があがらないばかりか、廃用症候群を起こして衰えてしまって、自宅に戻るのがどんどんおそくなってしまうでしょ>
看護師Aさん<だけど、とにかく、私たちはいくら医療者かつ家族であったとしても、いま、この病室で私たちが勝手に行って、万が一転倒なんてことになったら、担当の看護師さんのインシデントになってしまう可能性があるから、まずは担当看護師さんに相談したほうがいいでしょ>
作業療法士Bさん<そうかもしれないけど、だいたい看護師さんは、その日、誰が担当なのかわからないこと多いし、そのときの担当の看護師さんに、たとえば、トイレ歩行可になったことを伝えたことがほかの看護師さんに伝わってなかったり>
薬剤師Cさん<そうそう。情報共有しにくい感じあるねえ>
看護師Aさん<なによ、まるで、自身の職種のほうには何の落ち度もない言い方だね!>
BさんとCさん<そんなこと言ってないでしょ!><そうだよ!>
 そこで、栄さんが前述のようにぴしゃりと三人に言ったのでした。

Aさん「私も感情的になっちゃった。栄おばあちゃんにいいところ見せたい、みたいなとこもあって」
Cさん「結局、同じ医療者でも、職種が違うと視点が違うし優先することも違うし、患者さんとかかわるシステムも違うしね」
Bさん「私もね、OTとして、栄おばあちゃんにいいとこ見せたかった気がする」
 三人は、反省点は感情的になってしまったこと、改善点は冷静にそして建設的に話し合う、と栄さんに伝えることにして、病室へと向かいました。

 三人の話を聞き、栄さんはしずかに言います。
「反省点も改善点も、実に普通だね。あなたたち、やっぱり私の前ではあくまで孫なのよね。いとこ会がどうなってほしいか、私にその希望を聞く、みたいな発想はまったくなかったみたいだものね、それをちょっと期待してたんだけど」
「たしかに」
 しゅんとしてしまった三人に、栄さんはつづけます。
「あなたたちにとって私は祖母でしかないの」
「いとこ会への希望って?」とAさん。
「あっ、訊いてくれてありがとう。あなたたちのいとこ会にね、征夫を入れてあげて」
 征夫とは、未だに親の脛をかじっているAさんの兄のフリーターです。
 三人ともいい顔をしませんでしたが、栄おばあさんの頼みに応えることにしたそうです、孫として。

 三人が帰ったあとに栄さんは、まわって来たナースに目尻を下げて孫の自慢をくり返したそうです。

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