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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第207回 あなたなら、どうする? 2021/9
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 Sリハビリテーション病院。
 日勤勤務を終えた看護師の駿河千絵さん(34歳)が、担当患者のひとりである 加藤曜子さん(65歳)の個室病室に向かっています。
加藤さんは、脳梗塞を発症し他院で治療を受けていましたが、安定期に入り、二週間前にこちらに転院してきました。左片麻痺の後遺症があります。
彼女は一人娘の華子さん(34歳)と住んでいますが、退院後は住宅型老人ホームに入居すると意思表明しています。選定済みの施設とも契約の方向で進んでいるようで、そちらへの入居を意識したリハビリプランも立てられています。
しかし、駿河さんを含め、OTなどの彼女の担当チームのメンバーには、気になっている点があるのです。
 先日、OTの女性に駿河さんが言いました。
「のちに失速してしまうのではないか、という懸念を感じるがんばり方という気がするのだけど、どう思う?」
「同じ。なんとなく頑なさがあるというかね」
「でも、そういう点を指摘しづらい感じあるよね」
「そうだね」

 加藤曜子さんは二年前まで近くの病院の看護部長でした。
<いつも毅然とした態度で、職員の立ち居振る舞いなどにたいへん厳しい人らしい。廊下の角を四角く曲がるらしい>
 そんな噂が、別の病院のスタッフナースである駿河さんの耳にまで届いていました。
 転院してきた彼女に会ってみると、受け応えや視線に隙のなさが見え隠れし、看護実践の大ベテランで看護管理でも力を発揮した彼女に対して、駿河さんたちは気軽には物を言えない印象を持ったのです。
 家族への負担のないよう、リハビリ病院の退院後に施設入居を希望する人は少なくありません。また、その選択は、家族の負担軽減が理由ではないと言い張る人もたくさんいます。加藤さんも、「これを機に、安心して自由気ままな一人暮らしがしたい」と理由を述べてはいますが、起業したばかりの娘さんの負担にならないような配慮が十二分にあると思われます。娘さんは、自宅に帰ってきてほしい、と希望しているのです。加藤さんが契約予定の施設に入居する場合、できるようになっていたほうが住みやすい動作がいくつかあり、それに向けたリハビリを加藤さんはがんばり過ぎてしまいがちです。
明日、担当者が加藤さんを囲んで、娘さんとはテレビ電話でつながって、今後の方向性について改めてミーティングを行います。住宅型有料老人ホームに行くか、自宅に帰るか、あるいは他の方向を考えてみるかで、糖尿病管理の配慮の仕方も違ってきます。

「いいですよ。めぐみさんの娘さんとしてのあなたと、一度話してみたかったし」
 訪れた駿河さんを、加藤さんは笑顔で迎えてくれました。
「加藤さんは伝説の人です。寮で加藤さんにご指導していただいた濃厚な一年間は母の人生の宝物でした」
 駿河さんの母親の平田めぐみさんは、加藤さんの一年後輩で、二人は一年間、寮の同室だったのです。二年生と一年生の二人が同室で、三年生は実習や国家試験の勉強に専念するために1人部屋で生活。二年生が同室の一年生の教育係でした。
「接遇やマナー、それから社会人としての心構えなど、加藤さんからおしえていただいたことは、その後の人生のあらゆる場面でいかすことができたと母は大変感謝していました」
「ひとつ年上の二十歳になったばかりの若造で社会人にもなっていないのに、偉そうに指導していました。あのころ、あの寮では、たとえば二年が部屋を出るときのドアも、一年が開けるといったおかしな決まりも多くて、めぐみさんにいろいろとご不快な思いをさせてしまったかもしれません」
「いえ、ドアの件も楽しそうに話していました。加藤さんは、入浴の際にも背筋が伸びていてたいへん姿勢がよかったということも、伝説の一つです。
 実は、加藤さんが何気なく母に話したということを、このところ思い出しているんです。
 加藤さんは、<あなたなら、どうする?>というのが口癖だったそうですね。CMソングになった、♪あなたなーら、どうする?♪という歌も、寮の親睦会のときにお歌いになったとか。加藤さんがこちらにご入院になって、いまもその口癖はあるのだなって思いました。私にも、二回ほどおっしゃいました」
「そうでしたか。たしかに口癖ですね。でも、一つ訂正願います。親睦会であの歌を歌ったのは私ではありません」
 加藤さんは微笑みます。駿河さんがつづけます。
「加藤さんは寮で母にあるときおっしゃったそうです。<大きな迷いがあって、その迷いをぐっと抑え込みたい場合には、心が揺れないように絶対に人に、あなたならどうする、なんて聞かないのだと思う>って。母はなるほどと思って、すごく印象に残ったようです。
 で、加藤さん、こちらを退院後の生活の場の選択についてですが、誰にも相談することなく、絶対に人に<あなたなら、どうする>と聞かずに決定なさった印象で」
 加藤さんの顔から笑みが消えます。駿河さんは頭を下げ終えるといいます。
「申し訳ありません。家の中に土足であがるような差し出がましいことを申し上げてしまったかもしれません」<ひるむな私、私ならこうする、と結論を出してここにやってきたのだから>と駿河さんは心の中でつぶやきます。
「そうね。あなた、勤務が終わってからプライベートでいらっしゃったんじゃないの?」加藤さんが低い声で言いました。
「はい。いいえ。担当ナースであり、加藤さんの後輩の娘でもある、両方の立場としてどうしても伝えたいことがありまして」
 いま、ここに話しにきていることは、担当チームのメンバーに伝えてあります。
「何かしら」加藤さんの頬がわずかにこわばります。
「母と娘という非常に近い関係だと、案外言えない言葉が多いです」
「それがどうしました? それを伝えにいらしたの? あなたの価値観を押しつけに?」
「実は、申し上げそびれていたのですが、母はがんの闘病の末、3年前に他界しました」
加藤さんは驚きの表情になります。
「母は、私に負担をかけまいとして、その点にエネルギーを費やしていました。でも、娘としては、負担をかけてほしかったんです。さびしかったです。母にはそれをうまく言えないままでしたが。
今日はそれを伝えたかったんです。たいへん失礼いたしました」
 駿河さんは深く頭を下げると退室しました。明日が彼女の母の命日であることまでを言うのはやめて。

 翌日のミーティングで、加藤さんは「いろんな選択肢を再検討してみたい」と話し、退院後について娘さんと一緒に考えていくことになったそうです。

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