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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第182回 草取り 2019/8
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 晴天の8月5日。もうすぐ午前10時です。
 一軒家の小さな庭に3人の大人がいます。庭は白いペンキを塗った木板製ので作られた低い垣根で囲まれており、一方は近所の人たちが使う細い生活道路に面しています。
3人のうち、庭の真ん中に置いた椅子に座り、柄の長い鎌を使って草取りをしているのが来栖せいさん(88歳)。この庭の主です。
その傍らにしゃがんでいるのが、せいさんの訪問リハビリを担当している山川俊さん(32歳)。
そして、せいさんに大きめの日傘をさしかけているのが、ケアマネージャーの中嶋弥生さん(41歳)です。
「きょうはこれくらいでいいです」
 鎌を動かしていた手を止めて、せいさんは中嶋さんと山川さんの顔を順に見ながら言ってニコリとします。
 その穏やかで満ち足りたような彼女の笑顔を目にして中嶋さんは<とにかくはよかったし、ケアマネージャーになってよかったかも>と思います。

 7月中旬。来栖せいさんは、転倒によって骨折した腰部が手術とリハビリによって回復し、在宅療養が可能となり、7月末の退院が決まりました。
 退院前に病床を訪れた中嶋さんに、せいさんは開口一番、こう言いました。
「来月の5日にね、自宅の草取りをしたいんです。よろしくお願いしますね」
 それを受けて中嶋さんが相談したPT、OTの見解は、<いまの状態では草取りの動作はまだ無理で、可能になるのは退院の3カ月以上先になるだろう>でした。
 中嶋さんから、<リハビリの先生方からOKが出るまでは草取りは控えないと危険です>と話があるとせいさんは、
「庭が草ぼうぼうのままでなんて暮らせない! 誰になんと言われようとも私は8月5日に草とりをすると決めている! それができないなら退院しない」
と語気を強めました。
 ちょうど居合わせた、少し離れた地に住む彼女の次女の達子さんは顔をしかめて、
「どうしてそんなわがままいうのよ。もっと入院していたくたって、病院は置いてくれないわよ。庭の草なんてどうにでもなるじゃない。智美たちが家のこといろいろできないのは、仕事がとても忙しいから仕方ないんだし」
 せいさんは、孫娘(達子さんの娘)の智美さん夫妻と同居しています。
 その3日後のことでした。
 中嶋さんは、弱弱しい声で電話を寄こしたせいさんをたずねました。
せいさんは仰臥位のまま起き上がろうとせず、ぼんやりと天井を見つめながら言ったのです。
「なんと、私についていた看護実習生がね、達子に相談して、私にことわりなしに、うちの庭の草取りをね、すっかりしてしまったようなの。よかれと思ってやったことだから、学生に文句は言えないけど」
「草取りしてもらえて、よかったじゃないですか」
「よくないわよ。いい迷惑よ」
「どうしてですか?」
「唯一の私のたのしみを奪われたんだから。草取りはね、たいへんだし面倒だけど、庭を渡る風を感じながら草をとるときの草や土の匂い、そして、草や土の感触ほど素敵なものはないんだから」
「草はまた生えてしまうでしょうから、またの機会に、そして身体も整ってからされればよろしいんじゃないでしょうか」
「だめよ。辛い闘病だってリハビリだって、8月5日に草取りをしようと決めてがんばってきたんだから」
「8月5日でなければならない理由はなんでしょうか」
「ただ、なんとなく。一度8月5日と決めたらその日じゃないと」
 それはわがままでしょ、と達子さんのように言いたくなった中嶋さんでした。もちろん、口にはしませんでしたが。
 看護師として病院に勤務をしていた中嶋さんが3年前にケアマネに転身したメインの理由は<ケアプランナーとして対象者に継続的にかかわりたい。その人の人生が豊かになるようにできるだけ柔軟に希望に添いたい>でした。意気揚々とケアマネに就きました。
 ところが最近は、希望に添うというよりもわがままに翻ろうされている面があると感じることがあるのです。
 驚くことにせいさんは、看護学生が自宅の庭の草取りをしてまったと知った日から、スイッチをおしたように食欲がなくなり、退院を前にして衰弱へと向かいそうになりました。
 それならばどうにか8月5日に草取りをしてもらえるようにしたほうがいいと、みなで頭を悩ませ、<余計なことをしてしまったと悩んでいた>看護学生に中嶋さんが提案し、よそから雑草を移植し、なんとかせいさんの病状でもできる草取りの体勢をOT・PTが検討したのです。
 せいさんは、8月5日に草取りができることとなり俄然食欲が出て、リハビリにも意欲的に取り組むようになり、退院。そして今日の日を迎えたのでした。ほんとうは、8月5日にこだわる理由がせいさんの心の中にあるのかもしれない、と中嶋さんはちらり思いました。
 
 そして今日、9時すぎにせいさんの草取りがはじまりました。ほかから持ってきて雑草を植えているため、生えかたが不自然ではありましたが、せいさんは上機嫌で椅子に腰かけたままの姿勢をくずさずに柄の長い鎌を動かしはじめました。
 せいさんは、華美ではないもののきちんとメイクアップし、上品なデザインの麦藁帽をかぶっていました。
 9時30分が過ぎ、そろそろ終わらせてはいかがと、家の中から達子さんが冷たい麦茶を持って現われましたが、せいさんは麦茶を飲みながら頭を横に振りました。
 その15分後―。パナマ帽をかぶり杖をついた高齢の男性が通りがかり、ぴたりと足をとめ、せいさんのほうを向いて「あっ」と声を出してパナマ帽をとり会釈をしました。往年の名優、笠智衆さんに似た佇まいでした。
 せいさんは、横を向いてちらと男性を見るとすぐに向きなおり、うつむいたままお辞儀をしました。
 それから約5分、男性は何も言わずにせいさんを見ていました。その間、せいさんは、草を見つめ、しずかに鎌を動かしました。せいさんと男性が、言葉を交わさずとも、濃密なコミュニケーションをとっているような雰囲気を中嶋さんは感じました。
 そして男性はもう一度パナマ帽をとってせいさんに向かって会釈をすると、ゆっくりと歩いてゆきました。
 8月5日でなければならない理由は、たぶんのこの男性とのなにかにかかわっているのだろう、と中嶋さんは思いましたが、せいさんにたずねはしませんでした。

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