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小林光恵さんのこちら、ナース休憩室別館小林光恵(こばやしみつえ)プロフィール

こんにちは、小林光恵です。
皆さんとナース休憩室で
雑談しているときのような気持ちで、
つれづれに書いていきたいと思っています。

第187回 人生会議 2020/1
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 土曜日の夕方。
 お好み焼き屋の個室で、永田英子さん(48歳)と永田正さん(44歳)が飲食をしています。ここは、永田家のお気入りの店です。
 家族で何度も訪れた店ですが、個室を使ったのは三度目であることを、正さんはお好み焼きをほおばりながら思います。
一度目は、二人が中学生と小学生だったころ、正さんが同級生と喧嘩して相手に怪我をさせてしまった日でした。弟を心配した英子さんが強く個室を希望しました。
二度目は正さんの妻が実家に帰ってしまった15年前。正さんにくわしい話を聞きたいからと、英子さんが個室を希望したのです。
<おれ、いま、何も問題おこしてないんだけどなあ>
正さんは心の中で首を傾げます。
英子さんが言います。「繰り上げにしないで、ちゃんと今日、やったほうがよかったんじゃないかって、トキコおばちゃんが言ってたらしいけど、でも、告別式の日にやっちゃってよかったよね」
英子さんが言いました。
一週間前に二人の父親・京介さんが急逝し、三日前の告別式の際に繰り上げて初七日も済ませたのです。
「そうだよ。いいんだよ、トキコおばちゃんはなんでもケチつけたいんだから。でさ、きょうはなに? オレ、何も心配させるようなことしてないと思うけど」
「あっ、もしかして、私が個室を希望したから? あんたを心配してるかと思った?」
「まあね」
「ちょっと違う。実は、父さんからの伝言があるのよ。で、伝言する前に正に確認しなきゃなんないことがあんの。父さん、自分が死ぬことを、虫の知らせみたいに感じたのかもしれない。急変して亡くなる数時間前、お見舞い行ったときにさ、人生会議って話題になってるねって言い出して、そして正への伝言頼むなんて言い出してさ。
<明日くると思うから、正に直接言ったらいいじゃない>って言ったら<そうもいかないから>ってさ。照れくさいのかな、と思ったけど、もう会えない予感がしたのかも」
 肝臓が悪かったものの自宅で一人暮らしができていた京介さんが、急に体調が悪化し入院した三日目に食道静脈瘤が破裂して帰らぬ人となってしまいました。
「で、伝言って? その前の確認って何?」
「母さんの最期のときのこと」
 英子さんのこの言葉に、正さんは視線を手元に落とし<そこか。そうきたか>と心の中でつぶやきます。
 二人の母、都美子さんは10年前に亡くなりました。都美子さんが急に脳出血となり運ばれた救急外来で呼吸停止した際に、その場に居合わせた正さんは、人工呼吸器をつけるかどうか問われて装着してくださいと即答しました。そして数日経っても都美子さんの回復はなく、今度は人工呼吸器を装着しつづけるかどうかの判断を迫られました。
 そのとき正さんは、看護師として長男として、中心になって家族の意思をまとめあげなければと考え、行動したのです。その際「どうすればいいか、わからない」の一点張りで、なぜか急に料理や英語の習い事を始めたりした京介さんを、正さんは蚊帳の外にして、最終的に「呼吸器を外す」という結論を出したのでした。
都美子さんの担当医もナースたちも、看護師の正さんをキーパーソンと目して判断を求めてきたこともあり、多分に肩に力が入っていたことを、冷静になったあとに気づいたのでした。父親を蚊帳の外にしたことについて、正さんの胸の奥に生じた罪悪感がいまも消えていません。叔父や叔母などの親戚に、正さんがみんなの判断を誘導しただの、まだ都美子さんは若かったのだから、もう少し考える時間を持ったほうがよかっただのと責められたことで、彼は救われた面がありました。
 ビールをあおりながら正さんは、京介さんに意思確認する際に、担当患者に問うような丁寧口調で「いいんですね」とひとことだけ言って、呼吸器を外す決断を同意してもらったことを、ありありと思い出し、<オレ、あのとき、親父をいじめてたんだろうな>と心の声でいいます。
「もしかして、あのときのこと許せない、って感じの伝言?」
 という正さんの問いにこたえずに英子さんは、お好み焼きを頬張り、それ食べ終えてビールを一口飲むと、
「父さん、あのときの話、したがらないから、私も、あのときの正に対しては、よく思ってないんだろうなと思ってたんだけど。違ったのよ。あのとき、正が全部しきってくれて助かったって。父さんは母さんが倒れてものすごく取り乱してて、ほんとうにどうしていいかわからなかったからって」
「ほんと? 料理教室とか英会話とかは、取り乱しててわけわからないことやってたのか」
「いや、それはちょっと違うんだって。母さんとの約束を守らなきゃって思ったんだって。どう考えても間に合わないんだけど、いつか美味しい筑前煮を造ってあげる、いつか英語の歌を歌ってあげる、っていう約束」
「そうか。倒れて数日で亡くなったからな、約束果たせないで終わっちゃったわけか」
「ううん。歌はね、どうやら、病室で母さんと二人だけになったとき、意識のない母さんの耳元で歌ってあげたらしいよ」
「ふーん。知らなかった。それいつ聞いた?」
「それも、正への伝言の話と同じとき。だからさ、虫の知らせがあって、そのことも私に言ったのかも。
 でね、父さん、正に確認して、答えによって違う伝言をしてほしいって言ったのよ。確認することというのは、正は、母さんの呼吸器を外す判断をした責任者という形となったけど、①それはあえて、というか,かならず出てくる親戚とかからの責めを自分が引き受けることを意識してああしたのか、あるいは、②そんなことは考えてなくて、とにかく自分が判断しなければ、と思ったのか。どっちだっていいのだけど、どっちだったのかって」
「あっ、それは…」
 ②なのです。でも、そのことは、なんとなくかっこ悪い気がして言いよどんでしまいます。
「どっち? 素直に答えて。かっこつける必要ないんだから。それに、言ってみれば父さんの遺言みたいなものでもあるんだから嘘はだめだよ」
「じゃ。②だよ」
「わかった。②の場合の父さんからの伝言を言うね。ゴホン、<正よ、ほんとに、ありがとう おまえは自慢の息子だ>」
「え? なにそれ、父さん、ふざけてたの?」
「違うよ。大真面目だったよ。オレがいちばん人生で辛い時期に、大事な役割をしてくれた、母さんの最期のことを、つらくなると正のせいにすることができた。だから感謝しているって」
「………。じゃあさ、もし、答えが①だったら、どんな伝言だったの?」
「うーん、どうしようかな。父さんに口止めされたんだけど……言っちゃうか。①だったらね<正よ、サンキュー ベリーマッチ お前は自慢の息子だ>だよ」
「なんだよ、同じじゃないか、どうせなら①を英語にすればいいのに、英会話のレベル低いなあ」
 父親の死後、正さんはじめて泣いたそうです。

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