今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第160回 2016/08

“家”を拠点に地域包括ケアを学ぶ「TOHOいえラボ」プロジェクト(後編)

マンションの一室を活用し、ユニークな看護教育を行うTOHOいえラボプロジェクト。2014年に取り組みがスタートし、今年で実施3年目を迎えました。いえラボが実践する「柔軟性を育てる看護教育」「多職種横断型プログラム」とはいったいどんなものなのか……。責任者の横井郁子さんにお聞きしました。

東邦大学看護学部 教授
横井 郁子 氏

TOHOいえラボプロジェクト

地域包括ケアに必要なのは専門性ではなく“柔軟性”


グループディスカッションの様子。この日は約15名の現役看護師・介護士が、4つのグループに分かれて議論していた
いえラボが目指しているのは、「暮らしや看取りを見据えた看護ができる看護師の養成」です。こうした看護を行うには、“柔軟性”が欠かせません。

患者さんが一人暮らしをする際に必要な設備や配置、介護職との連携方法、街でのサービスや、行政サポートなど……。看護師がこういったことを幅広く知って、退院後の暮らしをフレキシブルにイメージできれば、「退院させるのが怖い」「事故につながったらどうしよう」という恐怖を抱く必要はなくなりますよね。「こんなこともできる、あんなこともできる」と前向きに考えられるようになり、自信をもって、患者さんを自宅に送り出せるようになるのです。また、周囲にいる専門家の力を借りて退院後のプランを立てるなどすれば、より患者さんに合ったケアを提供することが可能になります。


途中で立ち上がり、通路の幅を測るシーンも。実際にいえラボのなかを動きながら、どうすれば坂東さんがより暮らしやすい環境になるか話し合う
必要なのは、専門的な知識や経験以上に、さまざまなことを知り、つながる“やわらかさ”。そのためいえラボでは、他職種を知り・考える教育に力を入れています。看護師・介護士の混合グループを作り坂東さんの暮らしについて考えるグループワークを行ったり、各職種から見た“看取り”を話し合うディスカッションや、街に出て商店街やスーパーの高齢者サポートを体験するフィールドワークに挑戦したり。受講者自らが考え、発言し、体験するプログラムを揃えました。これらのプログラムに、決まった順番はありません。学びたいときに学びたいことを学ぶことができ、気になったプログラムには何回でも参加できるようになっています。

私たちが育てているのは、地域包括ケアの専門家ではなく、あくまで幅広い視野をもったゼネラリストです。ですからあまり堅苦しく考えず、ICUのナース、外来のナース、ケースワーカー、介護士など、いろいろな立場の方に参加していただきたいと思っています。ここで自分の頭をリフレッシュし、「あ、仲間がこんなふうにつながっているんだな」ということに気づいてほしい。眠っている関係が目覚める場になってくれれば、これほどうれしいことはありません。

「間違ってもいい実習」が看護師の意識を大きく変える!


出された意見は付箋に書き留め、ボードに貼りつけながら整理していく
プロジェクトの開始から約3年。実際に講義を行ってみて、確かな手応えを感じています。
特に変化が大きいと思うのが、学部生を対象にしたプログラム。講義の冒頭で「もうすぐ退院する予定の患者さんが『家から外来に通う自信がない』と訴えてきたら、どう対処する?」という質問を投げかけたところ、ほとんどの学生が「入院を延長する」「次の病院を探してあげる」と答えました。ところが、「ここ、いえラボがその患者さんのおうちです。この患者さんは老後の暮らしを見据えて家具や家電を用意している方です。本当にここで暮らすのは難しいと思いますか? 病院のほうが安心でしょうか?」と問いかけると、途端に考え始めるようになるのです。家の中を歩き回りながら立位時間を測ったり、導線を確認したり。そのうち「あれ、一人暮らしできるんじゃないの?」という思いが芽生え、いかに自分が病院と外を結びつけて考えていなかったかに気づいていくのです。ヒアリングの大切さ、リハビリの本質を学び、プログラムが終わる頃にはほとんどの学生が自信をもって「これなら大丈夫、退院できます!」と言い切れる支援を提案してきます。

学生が短期間でここまで変化したのは、恐らくこのプログラムが、「間違ってもいい実習」だったからだと思います。看護というのは、絶対に間違いを起こしてはいけない仕事です。学内で行われる講義も、「正確に、間違わないように」と指導されるものばかり。そんな中で初めて、本気になって試し、調べ、失敗してリトライする実習ができました。仮想住人が住むいえラボだからこそできたプログラムだと言ってよいでしょう。失敗してもいいという安心感からか、学生たちも積極的に意見やアイデアを出してくれました。彼らが思った以上に主体的に動いてくれ、そして変化することがわかり、今後、このプログラムにはますます期待ができると感じています。

地域住民を巻き込んで長く愛される場にしたい


運営スタッフを含む受講生たち。3日間の集中プログラムを終えて、みな晴れ晴れした表情
 いえラボのような地域密着型プロジェクトを成功させるには、地域で暮らす方々の理解と協力を得ることが欠かせません。では、どうすれば地域住民の理解が得られるのでしょう? ……答えは簡単、普段から地域の方と、つながりをもつようにすればいいのです。今回は、東邦大学の学生たちが一生懸命実習に取り組んでいたこと、日ごろから地域のイベントなどに参加していたことで、信頼していただくことができました。行政の方が頼れる不動産屋さんを紹介してくれ、不動産屋さんがプロジェクトの趣旨に合った物件を紹介してくれ、そのオーナーや住人の方たちがいえラボを受け入れてくださった。支援の輪がどんどん広がって、希望通り「昔からの住人が多い、閑静な住宅街にある、少し古めの、畳の部屋があるマンション」をお借りすることができました。こうして大きくなってきたプロジェクトなので、余計に大事に育てていかなければいけないと肝に銘じています。

 2016年度は、地元の中学生を招きいえラボの運営を手伝ってもらう職場体験会を実施したり、マンションに住む子どもたちを呼んで「からだカルタ」などに挑戦してもらうお遊び会を開催したりと、地域に根差した活動も行っていく予定です。これまでの教育成果を学会などで発表しつつ、空き家のモデルケースとしても、全国に発信していきたいですね。

東邦大学看護学部 教授
看護キャリア支援センター長
横井郁子氏
 
【略歴】
1983年 東京大学医学部附属病院入職
1999年 日本大学大学院理工学研究科医療・福祉工学専攻 博士後期課程修了 博士(工学)
2007年 東邦大学看護学部 教授
2007年 ベッドまわりのサインづくり研究会発足
2009年 いのちを見守るコミュニケーションデザインがグッドデザイン賞を受賞
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