看護師は専門職であり、主体的に学習を続ける姿勢が不可欠とされています。院内教育のプログラム開発について研究してきた新潟県立看護大学教授の舟島なをみ氏が、院内プロジェクトの成功事例、看護管理職者に学びが必要な理由について語ってくださいました。
2021/9
看護師は専門職であり、主体的に学習を続ける姿勢が不可欠とされています。院内教育のプログラム開発について研究してきた新潟県立看護大学教授の舟島なをみ氏が、院内プロジェクトの成功事例、看護管理職者に学びが必要な理由について語ってくださいました。
新潟県立看護大学教授
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現在、全国の病院で院内教育が行われ、看護実践能力の向上、医療安全の確保などに努めています。こうした院内プログラムの中から、私が携わった事例について紹介しましょう。
私は現在、横浜鶴ヶ峰病院という約150床規模の総合病院で看護部のアドバイザーをしています。理事長からの依頼は、看護の質を向上させること、看護部の組織を改善することの2点。組織改編は早期に行いましたが、問題は看護の質向上でした。そこで、はじめに看護部長、副部長にヒヤリングし、問題点を洗い出すことに。
この病院は地域密着型で、看護師の大半は近隣にお住まいの方々です。しかし定着率が低く、慢性的な人手不足に陥っていました。
看護の質を向上するには、とにかく人手を増やさなければならず、それには働いている方々が定着するようにしなければなりません。そのためには業務改善をする必要がありました。そこで、看護部の業務改善委員会が中心となり、「看護の質向上を導く2ヵ年プロジェクト」を立ち上げることにしました。
まず着手したのは、看護師を対象にした職場の働きやすさの診断です。私がかつて指導した大学院生が作成した、「職場の働きやすさ評価尺度-病院スタッフ看護師用-」を使用し、この病院が看護師にとっての働きやすさという視点から評価したとき、どこが優れていてどこに問題があるのか、客観的事実として数値化したのです。
横浜鶴ヶ峰病院は、院内教育に力を入れていたものの、大学病院のように先進的な取り組みを行う病院ではありません。当初は、人手不足で忙しい業務改善委員会のメンバーが、プロジェクトについて病院の執行部、全看護職員に説明し、働きやすさ診断の結果を集めて分析し、改善策を考えることが本当にできるだろうかと懸念していました。
しかし、診断によって問題が洗い出されるとともに優れている点も浮き彫りになり、同院の看護師たちは見事にやり抜いてみせたのです。診断結果をもとに、新規採用になった看護師の実践教育を行ったり、他部門の職員へ日頃の感謝を伝え合う「サンキューカード」を導入したりとさまざまな対策を自発的に打ち出していきました。さらに、院内における報告会、近隣の看護師も参加できる報告会を実施するなど、さまざまな活動を打ち出していったのです。改善活動の過程で私がはっきり感じたのは、「自分たちの力で看護部を変えよう」という看護師たちの強い意志でした。
最初に理事長にお会いした時、私は「看護師を副院長にしてはどうか」と提言しましたが、あっさり却下されました。しかし去年、看護部長が副院長に就任することに。看護師が、自分たちのすべきことを主体的に考え、行動を起こしたことで、この病院の看護部は確実に変化を遂げました。
私には「看護師の意識を変えたい」「病院を変革したい」という気持ちは全くありません。人は、変わりたいと思ったときにしか変われないものだと思うからです。一方、私自身の経験を通して「患者さんの役に立ちたい」という思いは、「変わりたい」「そのために学びたい」という意欲につながると思います。多くの看護師は「患者さんの役に立ちたい」と思っているはず。そう信じていますし、だからこそ私は学習の手段を看護師に向けて発信し続けています。
私は院内教育のプログラムに関する研究を続けてきましたが、その中で私が重視したのは自己評価です。看護は専門職であり、専門職と自律は不可分な関係。自分が行っている看護は適切か、医療事故防止に向けた対策として不足している活動はないか、必要な学習ができているのかなどは、他人に評価をゆだねることに限界があります。だからと言って、自分の中にある基準だけで評価するとその評価結果は独善的になりかねません。そのため、看護実践能力、教育能力、勤務帯リーダー役割、在宅看護の質など、さまざまな能力や活動の質を客観的に測る尺度を開発してきました。しかも、自己評価はただ自分で自分を評価するだけでは不十分です。評価の結果に基づき、自分の業務を改善したり調整したりすることも含めて自己評価であり、開発した尺度は、何をどのように改善したり調整すべきかを知るために役立つように作られています。
看護管理者にメッセージを送るとしたら、「自らが若手看護師のロールモデルになるよう活動してほしい」ということです。昨今は、看護系大学院が増えています。既に多くの看護管理者が看護協会の管理者研修を受講した後も、大学院に進学し、修士や博士の学位取得に挑戦しています。看護管理者が学習の機会を自身で作り継続することはその看護管理者のキャリア発達に結びつくだけでなく、そのような管理者の元に働く看護師にとって「あのような看護師になりたい」、すなわちロールモデルになります。看護管理者の中には、自分が学習する機会を作るよりも後継者にその機会をとおっしゃる方も少なからずいらっしゃいますが、このような観点からも看護管理者が学び続ける姿を見せることは、後継者の育成にむけ重要な意味があります。
私は、今年の3月、新潟県立看護大学大学院におきまして、看護教育学専攻の博士前期課程の大学院生第一号を輩出しました。その第一号となった大学院生は、中小規模病院の看護部長として定年まで務めた方でした。彼女の大学院入学の動機は、「看護部長の重大責務の一つとして院内教育を行ってきたが、それが本当に適切であったか確信が持てなかったから」だそうです。その後、彼女は院内教育提供に関わる看護部長の役割について素晴らしい研究を行いました。多くの中小規模病院には専属の教育スタッフがいないため、看護部長は教育委員会と一緒になって院内教育プログラムを立案し、実施し、評価します。このような活動を看護部長として牽引していくためには、院内教育プログラムの立案・実施・評価に関する知識に加え、組織管理、人材管理、財務管理といった知識も必要であることが研究を通してはっきりわかってきたのです。
私の現在の夢は、この成果を元に中小規模病院の看護部長を対象とした継続教育のプログラムを立案したいということです。若手看護師と経験豊かな看護管理者では、学習の意義も異なります。また、看護部長、看護師長でなければできない研究も、きっとあるはず。だからこそ、学習の継続の手段の一つとして、大学院への進学も視野に入れていただきたいと思っています。
COVID-19の感染拡大が終息をみない今、看護師個々が主体的に情報収集し、それらを共有し、活動することが必然です。また、現状の事態に終息をみたとしても、災害や感染症拡大といった緊急事態は今後も繰り返されることでしょう。そして、災害や感染症拡大のみならず人類にとって幸福な事態にも不幸な事態にも必ずその最前線に看護師の存在が必要です。そしてその多くは予測不可能です。だからこそ、看護師には、どのような変化にも対応するために、自ら学び続ける自己教育力が必要です。学びには「これで十分」ということはありません。社会の変化に対応し、その時々で必要とされる知識や技術の修得が必須であるとともに、新たに必要となる看護の知識を看護師自身が開発していく必要があります。また、他の専門職の力を借りるにしても、どこの誰がその専門的知識を持っているのかを自分で探さなければなりません。ぜひ必要なときに必要なことを必要なだけ納得できるまで学習するという信念のもと職業活動を継続するとともに自己教育力を持つ看護職者の育成にむけた看護基礎教育を行っていただきたいと思います。
新潟県立看護大学教授
1973年、順天堂高等看護学校卒業後、1986年まで順天堂大学医学部附属順天堂医院に勤務。1988年、聖路加看護大学大学院修士課程修了。聖母女子短期大学講師、埼玉医科大学短期大学助教授、千葉大学助教授、1997年博士(看護学)の取得、1999年千葉大学教授に就任。現在は新潟県立看護大学で教授を務める。著書に『院内教育プログラムの立案・実施・評価』『看護実践·教育のための測定用具ファイル』など。
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