電子カルテの導入が進み、医療データの集積・分析が容易になった今。各種データは、病名の診断や治療計画だけでなく、看護計画に役立つエビデンスにもなり、看護師のケアに大きな変化をもたらしているといいます。データを有効に活用するためにはどのように考えればよいのか、医療の電子化、活用に積極的な福井大学医学部附属病院で総合情報基盤センター 副センター長 情報セキュリティ部門長を務める山下 芳範先生にお話をうかがいました。
2016/12
電子カルテの導入が進み、医療データの集積・分析が容易になった今。各種データは、病名の診断や治療計画だけでなく、看護計画に役立つエビデンスにもなり、看護師のケアに大きな変化をもたらしているといいます。データを有効に活用するためにはどのように考えればよいのか、医療の電子化、活用に積極的な福井大学医学部附属病院で総合情報基盤センター 副センター長 情報セキュリティ部門長を務める山下 芳範先生にお話をうかがいました。
福井大学 医学部附属病院 医療情報部 副部長・准教授 / 同総合情報基盤センター 副センター長・情報セキュリティ部門長
紙のカルテが主流だった時代は移り変わり、現在は多くの病院で電子カルテの導入が進みました。
電子カルテは、患者情報をはじめとする院内のあらゆる情報が集積される医療機器ですが、単に医療記録や患者の看護記録を入力し、閲覧するためのものと考えていませんか? そのように考えることは、実は電子カルテの可能性を狭めてしまいます。今までのカルテは、記録として残すための資料的な意味合いが大変強かったと思います。もちろんそれもカルテの大事な役割の一つですが、現在はカルテに集められた情報をどのように活かすかを考えていく時代になりました。
電子カルテは、院内のペーパーレス化や、患者情報の入力の簡略化が最大の目的ではありません。実は、これまでできなかったことを「補助するための道具」と考えたほうが使い方の可能性が広がります。看護師が聴診器を用いれば心音を聞ける、注射器を使えば皮下注射ができる、といったように、電子カルテという道具があればあらゆる業務を拡張できるようになるのです。
例えば紙のカルテの場合、現物をコピー・複製しなければ複数の人が同時に使用することはできませんでした。ところが、電子カルテは多くの情報を複数のスタッフが共有できたり、同時に閲覧したりできるのが大きなメリットです。レントゲンの画像を、検査室から診察室へ運ぶ必要もありませんし、保管したカルテを使用したい時に倉庫から探す手間も省けます。情報の追加・修正が即時に反映される点や、さらには自院だけでなく、院外の病院や介護施設などとの容易な情報共有をサポートする点も、電子カルテの優れた機能といえます。
また、電子カルテに蓄積された過去の患者データや症例は、後続の医療従事者の教育に活かすことも可能です。治療の流れや診断基準となった要素などを、蓄積した実例をもとにして未来の医療従事者に指導することができる。医療はどんどん進化するものですから、教科書や論文とは異なって電子カルテからは“活きたデータ”をリアルタイムに読み取れるところに強みがあります。
以上のように、電子カルテがもつデータには、あらゆる可能性が秘められています。ケアの質の向上や看護業務の効率化、医療従事者の指導、多職種連携や地域医療連携のサポートなど、さまざまな医療支援に活かすことができます。各病院・病棟が何を目指すかによって、電子カルテの活用法はいくらでも広げられるでしょう。
当院の看護部における、電子カルテのデータ活用の一例をご紹介しましょう。当院では、データ活用の目的の一つに、「看護過程の支援」を掲げています。患者さんのケアにおける課題を見つけるためには、看護のプロセスを可視化する必要があり、電子カルテが大いに役立つと考えたのです。
PNS(パートナーシップ・ナーシング・システム)を導入している当院では、看護師がラウンドする際は、常に2名体制でベッドサイドでの業務を行います。一人の看護師が患者さんの状態を見ながらケアを行い、もう一人が患者さんとケアに対する評価を電子カルテに入力します。電子カルテに記録された情報から問題点を抽出し、看護診断のエビデンスとして活用しています。
こうした看護体制により仔細に入力した電子データは、バイタルデータのグラフ化や比較が容易で、看護過程の分析や、ケアの計画づくり、看護師配置などに活かしているようです。トイレ回数の時刻など、感覚でしか示せなかった事象もデータとして“見える化”できるようになったことは、非常に大きいと思います。
また医師や看護師はこれらのデータを見て診断を行うのですが、どのようなデータを見て、どのような判断を下したのかも後でチェックすることが容易になります。何か見落としがあったときに振り返って調べることもできます。
当院のようにデータを集積・分析する際には、データの活用目的を明確にすることが大切です。やみくもに記録を付けているだけでは、無駄なデータを収集するだけです。例えば当院では「看護過程の支援」を目的としているため、ケアの記録を細かく入力しています。どんな目的を達成するために、どんなデータが必要なのかを明確にしてから、データ収集をスタートさせましょう。
看護部の一例をご紹介しましたが、当然のことながら医師の業務にも、電子カルテの膨大なデータは大いに役に立ちます。当院では、医師が診断や必要な治療を判断するために、電子カルテに蓄積された過去の症例データを活用することがあります。コンピュータに取り込んだ患者情報をもとに、過去のデータと比較・シミュレートし、医師が見逃していた可能性や危険性を、自動的にコンピュータが発見・提示してくれるのです。医師は自分の診断とコンピュータが示した選択肢の中から、最善の治療法を選び計画を立てることができます。小さな可能性をも拾い上げ、より精度の高い医療を患者さんに提供できるようになるのです。
今後は、コンピュータが提示する情報をさらに増やせるよう、システムを強化していきたいと考えています。例えば異変が起きたときには、過去の同様の事例やシミュレーションデータを基にしたリカバリー方法をすぐに見つけられるようできたら、最悪の事態を防げるでしょう。医療の現場は、一つでも判断を誤ると患者さんを死に至らしめる可能性のあるとてもシビアな場所。コンピュータは最悪の事態を招かないための“保険”として利用できるのです。
とはいえ、最終的な判断を行うのは人間です。コンピュータは人間が見過ごしていた可能性を提示したり、選択肢を用意したり、危険が潜んでいないか忠告する役目にとどまります。当院でも、コンピュータに診断をまかせきりにするのではなく、最後の判断は人間である医師がするようにしています。医療従事者がもつある種の“カン”のようなものは、馬鹿にはできません。
後編はこちら
福井大学 医学部附属病院
医療情報部 副部長/准教授
同総合情報基盤センター
副センター長/情報セキュリティ部門長
【略歴】
1991年
福井医科大学医学部附属医学情報センター 助手
1998年
福井医科大学情報処理センター 助手
2000年
福井医科大学医学部附属病院医療情報部 助手
2000年
同 助教授
2003年
福井大学 医学部附属病院 医療情報部 准教授 (大学統合により)
2003年
福井大学 医学部附属病院 医療情報部 副部長
2003年
同総合情報基盤センター 副センター長/情報セキュリティ部門長
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