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2019/4

認知症の村“Hogewey”の知恵を日本で応用 施設から地域ぐるみのケアへ

深刻な高齢化が問題視されている日本。しかし、高齢化が進んでいるのは日本に限った話ではありません。今、世界的にも着実に高齢化が進行しており、1950年に5.1%だった高齢化率は、2015年には8.3%にまで上昇しています。そして、高齢化と共に増加の一途をたどっているのが、認知症患者数です。世界各国が認知症ケアに熱を入れる中、日本では考えられないような意外な方法で、認知症ケアに取り組んでいる国をご存知でしょうか。今回は、2009年にオランダに設立された、通称「痴呆の村」と呼ばれる“Hogewey”(ホグウェイ)をご紹介。実際に現地を視察された、東京医科歯科大学医学部附属病院、看護部長の川﨑つま子氏に、「痴呆の村」で行われている認知症ケアの魅力とその驚くべき効果について、お話をお聞きしました。

川﨑 つま子

東京医科歯科大学医学部附属病院 副病院長 看護部長

患者さんの望みか、確実な治療か
医療現場で生じる認知症ケアのジレンマ

現在の日本の高齢化率は27.7%(厚生労働省 平成30年版高齢社会白書)です。これは、世界で最も高い数値とされています。高齢化が進むと、必然的に増加するのが認知症患者数です。厚生労働省によると、2012年に約462万人だった認知症患者数は、2025年には約700万人になると推定されています。こうした現状から私は、今後、認知症患者とどのように向き合いケアを進めていくかは、看護師にとって重要なテーマとなっていくだろう、と考えていました。

これは、認知症患者にどのようなケアを提供すべきか悩んでいた実際の経験があったからだと思います。例えば、何かしらの疾患で認知症患者さんが急性期病院に入院されたときのことです。本人は決して望んでいないにも関わらず、疾患治療を優先するために身体拘束を余儀なくしなければならなかったり、手術で体がよくなっても、身体拘束によって患者さんの足腰が弱くなってしまったり。こうした患者さんの意思と治療方針のジレンマから、ますます認知症ケアに関心を抱くようになったのです。

そのようなときに出会ったのが、フランス発祥の「ユマニチュード」という認知症ケアでした。ユマニチュードとは知覚・感情・言語による総合的なコミュニケーションに基づいたケア技法です。フランス語で「人間らしさ」を意味し、「人間らしさを取り戻す」ということも含まれています。私は、前任の病院で、ユマニチュードの創始者であるイヴ・ジネスト先生のケアを拝見する機会がありました。看護師の指示に従わず暴言・暴力行為も見られていた患者さんが、先生によって、素直にケアに応じるようになった変化に大変感銘を受けたのを覚えています。これを機に、私はユマニチュードをはじめ、さまざまな国や地域の認知症ケアにとても興味を持ち始めました。

こうして、認知症ケアに関する研修会や勉強会にも積極的に足を運ぶようになったことがきっかけで、ホグウェイの現地視察の話をいただくこととなったのです。

 

自然なケアが作り出す穏やかさ
ホグウェイで暮らす認知症患者の様子とは

ホグウェイとは、2009年12月にオランダのアムステルダムの郊外に作られた、中~重度の認知症患者、約150名が生活する施設です。創設者は元看護師でもあるイヴォンヌ・ファン・アーメロンヘン氏。ご両親は認知症を患って亡くなり、「適切なケアを受けさせてあげられなかった」という後悔の念から、老人ホームで働く女性ヘルパーたちと共に、ホグウェイを創設されたそうです。

▲ホグウェイの施設展開図 まわりを壁ではなく建物で囲んでいる

施設と聞くと日本のような介護施設を想像する方も多いと思いますが、ホグウェイには、広さ約5,000坪(東京ドーム1/3個分)の範囲内に、居住施設だけではなく、スーパーや公園、さらには劇場や美容室、レストラン、カフェ、スーパーマーケットまであります。また、ツアーデスクのようなものも設けられており、ご家族と一緒に村の外に出掛けることも可能です。ホグウェイは、施設というよりもひとつの“村”のように機能していると言えるでしょう。

2016年の12月、私がホグウェイを訪問してまず初めに感じたのは、「本当にここに認知症の方がいるの?」ということ。レストランでは数名の方が食事をしていましたが、ご自身で食べたいものを選び、家族と一緒に食事を楽しんでいる様子で、どの方が認知症なのか分からないほどでした。
街の中を視察してみると、自由に買い物を楽しむおばあちゃんや、公園の落ち葉を拾うおじいちゃんの姿がありました。認知症と聞くと、身のまわりことができなくなり、介助なしでは生活できなくなるのでは、と考える方も多いかもしれません。しかし、ホグウェイで暮らす人々は、自身の生活を、今まで通り自由に楽しんでいるように感じたのです。

▲Hogewey内のスーパーマーケット 店員は全て介護を学んだ施設スタッフ

 

居住者の「日常」を守る
ホグウェイの認知症ケアの秘密

ホグウェイの介護のあり方には大きく三つの特徴があります。
一つ目は、介護者による「自然な」ケアです。これが、居住者の自由な暮らしを実現させているのだと思います。スタッフ数は医師や看護師を含め約250名。敷地内で働く全ての従業員が介護のことを学んでいるため、見守り体制はしっかりと整っています。

ホグウェイを視察していたとき、案内者の方に話しかけてきたおばあちゃんがいました。その日は少し肌寒い日でしたが、彼女はコートを着ていなかったんです。この時、普通だったら「コートを着ないで出かけたらだめだよ、風邪を引いちゃうよ」とつい伝えてしまいますよね。しかし、案内してくださった方はコートには特に触れず「今日は肌寒いね。寒くない? 大丈夫?」と声をかけたんです。すると彼女は「あら、コートがなかったわ」と、コートを取りに戻っていました。このように、居住者の日常の中での自然な見守りが、認知症患者の「自由な生活」を支えているのだと感じました。

二つ目は、一人ひとりのタイプに合わせた居住ユニットを提供することです。ホグウェイには、「アーバン(都会暮らしの人)」、「アットホーム(主婦や家庭的な人)」、「芸術(芸術が好きな人)」など、7つの居住タイプが用意されています。居住ユニットは、入所する前に何度も面接を行い、その人が生きてきた歴史をしっかりと聞いたうえで決定。例えば、静かな環境で生活することが好きな人が、おしゃべり好きな人のところで生活するのはそれだけでストレスになることもあります。宗教の違いもありますよね。こうした一人ひとりの生き方、タイプを見極め、より近いタイプの人たちとの共同生活を提供することで、居住者の暮らしやすい環境づくりを整えているのです。これも、居住者の穏やかな暮らしを守るための仕組みと言えます。

三つ目は、「自分でやる」ことをサポートすること。ホグウェイでは、理学療法士が、できるだけ本人の力で行動できるように、入居者のベッドの位置や高さ、椅子の高さを調整しています。ベッドであれば、トイレまでの歩数を計算して置く位置を決めたり、どれくらいの高さにすれば、安全性を確保しつつ、最もリハビリとなるかなど、全てを計算して設定しているのです。
日常生活の中で、自然とリハビリができる仕組みを整えていることで、入所してきたときは車椅子や歩けなかったという方が、歩けるようになることも多いのだそうです。設備の整った訓練室もありましたが、居住者約150人がいる中で、通っている方はわずか3名前後だとお話しされていました。

このような、居住者の「日常」を守るための、徹底した認知症ケアの仕組みが、ホグウェイの穏やかな雰囲気を作り上げているのだと、強く感じました。


後編では、ホグウェイの認知症ケアから学んだ、これからの日本の認知症ケアに生かしていくべきポイントをお伝えします。

川﨑 つま子

東京医科歯科大学医学部附属病院
副病院長
看護部長

1978年、国立埼玉病院付属看護学校を卒業後、国立医療センター(現在の国立国際医療研究センター)に勤務。1991年から赤十字病院系列へ。赤十字病院の幹部研修にて「赤十字の諸原則」に出会い、黄金律(ゴールデンルール)を知り、赤十字の魅力に惹かれる。2008年から2011年まで小川赤十字病院の看護部長を務めたのち、2011年から足利赤十字病院看護部長に就任。2014年に東京医科歯科大学医学部附属病院看護部へ。2016年より、現職に至る。

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