足の健康は、いつまでも健康的な生活を送るために欠かせない要素の一つです。しかし高齢者の場合、何らかの足のトラブルを抱えている人が多く、たとえ些細なトラブルでも放置することで転倒リスクにつながり、寝たきりをも引き起こす恐れがあります。「医療・介護に携わる方には、フットケアの重要性を十分に理解してほしい」と語るのは、フットケアに関する多くの講演や研修の講師を務めている、元看護師の木嶋千枝先生。現在、“子どもと大人の足靴コンサルタント”としても活躍されています。高齢者の足のトラブルの現状やフットケアの大切さについてお話をうかがいました。
軽視は危険! 歩行や姿勢に悪影響を及ぼす些細な足のトラブル
「高齢者の足の多くに、横のアーチがペタンと潰れた“開帳足”が見られます」と話す、木嶋先生。
「開帳足を放置すると、タコやウオノメなどの皮膚病変を引き起こす原因になります。すると歩行や姿勢が変わり、痛みが発生したりする可能性も出てきます。また高齢者には、爪のトラブルも数多く見られます。足の母指に分厚い肥厚爪があるだけで、片足で立っている時間が有意に短いという研究結果もあります。巻き爪、肥厚爪、爪白癬などの爪異常に加えて、非常に足が乾燥した状態も多く見受けられます」
足の爪が自分で上手く切れない“爪切り難民”も増えていると言います。例えば、要介護を判定する審査には「自分で爪が切れる」といった項目がないため、手が足まで届かなくて爪が切れないといった高齢者の状態を見逃してしまいがちです。
「私自身、足の爪がどれほど伸びると歩行に影響するのだろう?と思い、爪を伸ばしたことがありました。驚くことに爪が5ミリ伸びただけで、足をしっかりと蹴り出すことができませんでした。でも高齢者の足を見ると、爪が5ミリ以上伸びていることはざらにあり、変形したり丸まったりしていることも珍しくありません」
歩行や姿勢には、「足の爪が分厚い」「足の爪が伸びすぎ」といった、ごく些細なことも影響してしまうということ。そして足の裏は、からだの中で感度が三番目に高い一方で、加齢とともに感覚自体の落ち幅が一番高いのもまた、足の裏なのだそうです。高齢者は、足の先に潰瘍ができても、爪が剥がれても、足の痛みを感じていないケースもあり、足の状態には大きな注意を払う必要があるのです。
トラブル放置が転倒リスクにも。フットケアへの意識を高めたい
一番怖いのは、高齢者に多い開帳足や爪のトラブルの放置が、歩行や姿勢への影響だけでなく、転倒リスクにもつながるということです。転倒は、高齢者の寝たきりを引き起こす大きな原因の一つ。絶対に避けなければなりません。
そうした状況にもかかわらず、日本は欧米に比べて「足への関心が社会的に低い」と木嶋先生は感じています。ハイリスクと言われる糖尿病患者さんを対象にした医療機関は増加傾向にあるものの、「『それ以外の人へのフットケアも必要なの?』と医療従事者に問われることが多くあります」と木嶋先生。糖尿病ではない誰もがフットケアを受けられる医療機関が非常に少ない、というのが日本の現状なのです。
「看護・介護の教育機関で、フットケアについて学ぶ機会が限られており、実際に学んだ学生が少ないことも一因にあると感じます。もっとフットケアの必要性が伝わり、普段の業務の中で、看護師や介護士が取り組んでいける環境がつくられて欲しいと思います」
ケア不足で切断を防げなかった後悔。「足は、守らなければならない」
木嶋先生がフットケアに力を入れ始めたきっかけは、とある患者さんが糖尿病にり患し、最終的に足の切断に至ったという出来事にあります。糖尿病をサブスペシャリティ領域とする看護師として患者さんの足をケアする機会がありながら、最終的に足を守れなかった後悔が残っているそうです。
「その患者さんの足の状態がよくないことはチーム内で認識しており、『声をかけて、見守っていこうね』と話しあっていたんです。それにもかかわらず、足を守れなかったんですね」
「どうして守れなかったのだろう?」という思いが去来し、いろいろと考えた時に、ふと思い当たったことがあったのだそうです。
「その方は、糖尿病になったことが足を失うきっかけになりましたが、糖尿病の方はなかなか自覚症状が乏しいです。そうした状況の中で『足をしっかり見て、ケアしてくださいね』と言われてもなかなか難しいと思ったんです。もっと健康な時に伝えておくべきだったり、子どもの頃の習慣も大切だろうと考えたりして、さらに勉強を重ねるようになりました」
足の切断は、水虫や水疱などの病変がきっかけとなり、切断に至るケースも多いのだそうです。そして靴の選び方といった基本と言われることも、歩行人生を大きく左右します。
「ほんのちょっとしたきっかけが、足の切断につながる。そして、足を失うと生活の質がぐっと下がる。その危機意識が、私にフットケアの活動へと向かわせました。最後まで生き生きと生活していただくために、フットケアの推進に力を入れたいと思うようになりました」
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