日本では少子化が社会問題となる一方、子どもを授かりたくても授かれない不妊症で悩む夫婦は年々増加し、今や日本は世界で最も体外受精が行われている“不妊大国”とも言われています。一般的に不妊治療は女性が受けるべきものと思われがちですが、WHOの不妊症原因調査では、男性側に原因がある場合が48%にも及ぶことが判明し、近年男性不妊の認知が高まっています。今回は日本でも数少ない生殖医療専門医であり、都内のクリニックで男性妊活外来の担当医も務める辻村晃氏に、男性不妊治療の現状についてお聞きしました。
2020/5
日本では少子化が社会問題となる一方、子どもを授かりたくても授かれない不妊症で悩む夫婦は年々増加し、今や日本は世界で最も体外受精が行われている“不妊大国”とも言われています。一般的に不妊治療は女性が受けるべきものと思われがちですが、WHOの不妊症原因調査では、男性側に原因がある場合が48%にも及ぶことが判明し、近年男性不妊の認知が高まっています。今回は日本でも数少ない生殖医療専門医であり、都内のクリニックで男性妊活外来の担当医も務める辻村晃氏に、男性不妊治療の現状についてお聞きしました。
国立社会保障・人口問題研究所の2015年の報告によると、不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は18.2%に及び、日本の夫婦全体の5.5組に1組は不妊症の疑いがあると言われています。40年ほど前から、世界的に精子の数の減少が指摘され、世界保健機構(WHO)の不妊原因の調査(1998年)では、「女性側」が41%、「男性側」が24%、「男女とも」が24%、「不明」が11%と、不妊症の半数近くが男性側に原因があることが明らかになりました。日本では10年ほど前に、ロックシンガーのダイヤモンド☆ユカイさんが無精子症をカミングアウトしたことも手伝って、マスコミが盛んにこの問題を取り上げるようになり、男性不妊が広く認知されるようになりました。
一方、女性側が行う高度生殖医療と呼ばれる体外受精の技術は高度化が進み、日本産婦人科学会のデータでは、2017年には年間約45万件もの体外受精の治療が行われており、世界で最も多い件数となっています。それに伴い、2017年に体外受精で生まれた子どもの割合は16人に1人となりました。これは、精液中の精子が少なかったり、精子の運動性が低い状態であっても、わずかな精子さえ存在すれば、子どもを持てる可能性が高まっていることを意味します。そのため、体外受精が話題になればなるほど、男性の不妊治療の必要性を問う議論が出てきたのも事実です。しかし、高度生殖医療に対する安全性や高額な医療費などの問題はいまだ未解決であり、夫婦の身体的、精神的、そして経済的な負担を軽減するためにも、夫婦で原因を探り、適切な治療を行うことが大切です。男性不妊の治療は女性の負担を減らすことにもつながり、妊娠の可能性を高めるためにも、男性側の協力は不可欠と言えるのです。
男性不妊治療は医療の重要テーマに位置付けられていますが、今も日本の不妊治療は圧倒的に女性主体で、女性だけが治療を強いられるケースがほとんどです。その大きな要因が、男性不妊に関する診療体制が万全でないことにあります。というのも、全国に9000人近くいる泌尿器科医のうち、日本生殖医学会が認定する生殖医療専門医はわずか63人。男性不妊の専門外来を定期的に行う婦人科クリニックは増えつつありますが、男性不妊に特化した医療機関は極めて少なく、男性不妊に対する診察を希望しても、多くの人は「近隣に受診できる専門の医療機関がない」というのが実状なのです。
そんな中でも、男性不妊が注目されるにつれて、医療機関を受診する男性不妊症患者は年々増加し、厚生労働省の「我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査」によると、2014年度に泌尿器科領域の生殖医療専門医が診察した男性不妊症患者は7253名で、1997年度の患者数と比較すると、2000人近く上回る結果となりました。
また近年では、結婚を控える男性が精液検査で精子の状態をチェックし、自分に不妊の原因があるのかどうかを調べるブライダルチェックが広まってきました。私が診察を行っている都内のクリニックにも、ブライダルチェックを受けるために多くの方々が来院されています。これも、男性不妊がごく身近な問題であることが一般に認知されてきた証と言えるでしょう。こうした男性側のニーズに応え、少子化対策に貢献するためにも、男性不妊に対応できる泌尿器科領域の生殖医療専門医を増やし、診療体制の整備を全国規模で行うことが急務なのです。
男性不妊の知識を持って診察できる泌尿器科医ですらこれほど少ない状況なので、不妊症看護認定を持つ看護師さんであっても、男性不妊の知識や経験を持つ方は極めて少ないだろうと思います。診療体制を整えることは、男性不妊症患者さんに対して十分なサポートを行うのはもちろんですが、男性不妊症看護の実践の機会を増やし、看護師さんに豊富な知識と経験を得てもらうためにも重要だと思っています。
女性は年齢が上昇すると妊娠しづらくなりますが、男性も年齢とともに1日に作られる精子の数は減少すると言われています。事実、近年の晩婚化によって結婚前にすでに精液所見が悪化している男性が増えています。2015年から、ブライダルチェックとして結婚前の男性の精液を検査してきましたが、その結果、4人に1人が精液量や精子濃度、運動率でWHOの基準値を下回り、不妊リスクがあると判定されました。さらに約50人に1人の割合で、精液中に精子が確認できない無精子症が認められたのです。これはかなり衝撃的なデータだと思っています。そして、活発な精子の数(総運動精子数)と年齢の関係を分析すると、30代以降、大きく減っていくことも明らかになりました。
精子の力が低下する要因は、晩婚化だけでなく、不規則な生活、睡眠不足、バランスに欠けた食生活などが関係し、喫煙、過度の飲酒、ストレスによっても精子の状態が悪化することがわかっています。精子の数や運動能力といった精子の力を高めるためには、まずは自分の精子の状態を確認した上で、「心身ともに健やかに規則正しい生活を送ること」が重要なのです。
後編では、男性不妊の具体的な症状や治療法、また、こうした現状の中で求められる男性不妊症看護についてお話しします。
順天堂大学医学部附属浦安病院 泌尿器科 教授
Dクリニック東京メンズ 男性妊活外来 担当医
(略歴)
兵庫医科大学卒業
独立行政法人国立病院機構大阪医療センター泌尿器科医師
米国ニューヨーク大学細胞生物学臨床研究員
大阪大学医学部泌尿器科学講師
大阪大学医学部泌尿器科学准教授
順天堂大学医学部附属浦安病院泌尿器科 先任准教授
日本泌尿器科学会 専門医、日本泌尿器科学会 指導医
日本泌尿器内視鏡学会泌尿器腹腔鏡技術認定医、日本内視鏡外科学会技術認定医
日本臨床腎移植学会 腎移植認定医、日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本内分泌外科学会 内分泌・甲状腺外科専門医
日本内分泌学会 専門医
日本性機能学会 専門医、日本生殖医学会 指導医 他
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