インタビューアーカイブ

2020/9

看護の基本はいつの時代も変わらない withコロナ時代の看護の在り方(前編)

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、生活様式だけでなく看護の提供体制も変化しつつあります。withコロナ時代の看護の在り方、どんな時代も変わらぬ看護の基本について、日本看護協会会長の福井トシ子さんにうかがいました。

福井 トシ子

公益社団法人日本看護協会 会長

第一波を乗り越えるために実施した4つの取り組み

5月25日、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言が全国的に解除されました。7月14日現在、東京を中心に感染者数は増加傾向にあるものの、重症者はそこまで増えておらず、予断を許さない状況ではありますが、一時期のような医療崩壊を招きかねない事態は免れています。現在は第一波を乗り越え、次の波に備えるインターバルのような時期ではないかと思います。

第一波に対峙するにあたり、日本看護協会では主に4つの取り組みを行いました。

  1. 看護職員確保
  2. 現場支援
  3. 国への要望
  4. 看護の現場と国民をつなぐ

「看護職員確保」に関しては、各都道府県のナースセンターに登録された潜在看護職員に対し、復職を求めてメールを送りました。その結果、約3,000人から反応があり、1,000人近い(2020年6月29日時点)看護職員が軽症者宿泊施設や相談対応コールセンターなどに就業しました。短期雇用や短時間勤務など多様な働き方で、滞りない施設運営に貢献してくれました。

「現場支援」としては、最前線でケアにあたる看護職の皆さんに向けて4月20日から感染管理、働き方、メンタルヘルスの相談窓口を開設しました。例えば感染管理であれば「リネン類やユニフォームを消毒するのに人手が足りない」という声、働き方であれば「感染症病棟で勤務することになったが、防護服が不足しているので感染しないか心配」「妊婦なので
感染リスクの低い部署に異動したいが、なかなか受け入れてもらえない」という声、メンタルヘルスに関しては「感染するかもしれない、感染させるかもしれないという不安が拭えない」という声などが挙がっていました。こうした相談に対してメールや電話で返答したり、よくある質問に関してはFAQにまとめて日本看護協会の公式サイトに掲載したりという形
で対応しています。

医療現場の声を聞き、「国への要望」を提言することも行いました。2月28日、厚生労働省保険局長宛に「災害時同様の入院基本料等に関する診療報酬上の柔軟な対応」等を要望したのを皮切りに、ほかの協会とも歩調を合わせ、現在に至るまで訪問看護に関する要望、医療機関の経営支援に関する要望など、各種要望書を提出しています。医療現場の切実さを懸命に訴えたところ、テレビや新聞などメディアのバックアップもあり、これまでの要望の多くが受け入れられています。

「看護の現場と国民をつなぐ」取り組みに関しては、看護職にエールを送る「#NursingNow_いま私にできること」ハッシュタグキャンペーンを行ったり、コロナ禍での看護職の活動事例を発信したりしています。医療従事者への最大のエールは、国民の皆さんが新型コロナウイルスに感染しないこと。国民一人ひとりの感染予防意識を高めると共に、看護職員も多くの温かい言葉に励まされたのではないかと思います。

 

医療機関の経営悪化が招く 医療崩壊の危機

現在懸念されているのは、医療機関の経営悪化です。3月下旬から4月にかけて新型コロナウイルス感染症の重症者が増加した際、一般病棟を閉鎖し、感染症の患者に対応してきた医療機関が数多く見られました。緊急性の低い手術を延期したり、人間ドックの受け入れを見送ったりというケースも少なくありませんでした。また、患者さんが集中治療室に入ったり、ECMO(人工心肺装置)による治療を行ったりする場合、一人につき複数の看護師で対応しなければなりません。新型コロナウイルス感染症患者に対応するには通常の数倍もの人手が必要にも関わらず、医療機関の経営は圧迫されているのです。こうした事態に対し、日本看護協会では、重症患者への医療提供に対する診療報酬の加算等、特例的な対応を国に要望してきました。

しかし、それでも医療機関の医業収入は大幅に減少したままです。重症患者が減った今も病床の稼働率は上がらず、外来患者数も以前の水準には戻っていません。感染リスクを恐れて通院を控える方が増えたため、新型コロナウイルス感染症患者の対応を行っていない医療機関でも外来患者が減少しています。医療提供全般が縮小傾向にあり、多くの医療機関で減収減益という事態が起きているのです。経営悪化に伴い、職員への給料や賞与の支払いがままならないという声も届いています。この状態が長期にわたれば、看護職員の離職、医療機関の倒産につながり、第一波とは異なる形での医療崩壊を招きかねません。

そのため、日本看護協会では7月8日、医療機関や訪問看護ステーションへの経営支援に関する要望書を厚生労働大臣に送りました。第二次補正予算の予備費の活用、診療報酬や訪問看護療養費の大幅な引き上げを要望しています。 とはいえ、コロナ禍において経営難に陥っているのは医療機関だけではありません。飲食業、観光業など多くの産業が、深刻な打撃を受けています。貧困状態にあり、八方ふさがりの人も少なくないでしょう。日本看護協会では国への要望を出していますが、我々看護職員さえ救われればよいと考えているわけではありません。新型コロナウイルス感染症の影響が社会に及ぶ中、どのようにバランスをとって全体を底上げしていくか、国に方針を示していただきたいと考えています。

 

コロナ禍においても看護の基本は変わらない

新型コロナウイルス感染症には、まだワクチンや治療薬がありません。無症状でも感染しているケースがあり、自分が感染しているかどうか検査をするまでわからないという特異性もあります。今後私たちは、新型コロナウイルス感染症と共存する「withコロナ」時代を生きていくことになります。

とはいえ、看護の基本はいつの時代も変わりません。〝人を看る〞という看護師独自の視点で、患者さんを観察する。そして、最善のタイミングを見計らって、検査や治療、ケアを行う。それによって、患者さんの生命と生活を支えていくのが看護師の役割です。

新型コロナウイルス感染者の看護においては、「自分も感染するかもしれない」という不安や恐怖がつきまといます。そのため、患者さんとの間に物理的な距離はもとより、心の距離が生じるときもあるかもしれません。患者さんも不安が募るあまり、看護師に対して攻撃的になることもあるでしょう。しかし、看護師のケアが十分でないと、その分患者さんの快復も遅れます。感染対策を徹底し、看護の基本をしっかり行うことが大切だと考えています。

感染対策においても、特別なことを行うというのではなく、手指衛生とうがいを徹底する。感染管理の手順を愚直なまでに守る。「三密」を避ける。新しい生活様式に沿った日常を送る。これらの基本を徹底することに尽きます。 感染症病棟に配属され、プレッシャーを感じたり、息が詰まったりする看護職員もいるかもしれません。そんなときは、同僚や上司に相談し、組織全体でメンタルヘルス支援も含めた安全環境をととのえてもらうことも重要です。家族への感染を避けるため、独身で一人暮らしの若手看護職員が新型コロナウイルス感染症の対応にあたるケースが多々見られます。こうした状況も、今後解消していく必要があるでしょう。

また、時には医療従事者やその家族に向けて偏見の目を向けられることもあります。未知の感染症に怯え、不安に押し潰されそうになると、中にはターゲットを見つけて責めようとする人もいます。不安を周りに当たり散らす人は、ケアが必要な状態といえるかもしれません。嫌悪や差別、偏見をなくすには、社会全体が感染症への理解を深めることが大切です。 

後編はこちら

福井 トシ子

公益社団法人日本看護協会 会長

【略歴】
2005年3月 国際医療福祉大学大学院博士後期課程修了
東京女子医科大学病院、杏林大学医学部付属病院総合周産期母子医療センター師長、
同院看護部長などを経て、2017年6月から現職
【資格】
看護師、助産師、保健師、診療情報管理士、経営情報学修士、保健医療学博

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