インタビューアーカイブ

2020/10

不確かな情報が飛び交うコロナ禍 看護師が正しい医療情報を得るには?

「外科医けいゆう」のペンネームで、医療情報サイト「外科医の視点」、「Yahoo!ニュース個人」、Twitter、YouTubeなど多くのWebメディアで医療情報を発信する、消化管外科医師の山本健人氏。看護師をはじめとする医療従事者がインターネット上で情報を発信する際、どのような点に気を付ければよいのでしょうか。何気ない書き込みで患者さんを傷つけたり、不信感を抱かせたりしないよう気を付けるべき点、看護師ならではの情報発信について、アドバイスをいただきました。

山本 健人

京都大学大学院医学研究科、消化管外科

ネット上の情報は玉石混交 医療従事者としての使命から正しい情報を発信

私がインターネット上で情報発信を始めたのは、2017年のことです。当時はスマホが幅広い年代に普及しはじめ、自分の体の症状や病名をネットで調べてから病院を訪れる患者さんも増えていました。とはいえ、ネット上の情報は玉石混交。信頼性の低い情報を載せた粗悪なサイトも多く、不適切な医療・健康情報を扱っているとして「WELQ」も問題視されていました。

ネットで医療情報を収集する人は多いのに、正しい情報を発信する人は少ない。こうした現状を知った私は、正しい医療情報をネットで発信する医療従事者が必要ではないかと考えるようになりました。そこで、自分自身でWebサイトを作り、情報発信することにしたのです。こうして立ち上げたのが、医療情報サイト「外科医の視点」です。サイト開設にあたり300本ほど記事を書き、Googleで検索した際、どうすれば上位に表示されるのかというSEO対策も独学で勉強しました。その甲斐あって、サイト開設からわずかな期間で膨大なアクセスが集まるようになりました。

自分のWebサイトを公開するようになったことで、より、ユーザーの関心の高い話題をキャッチできるようになりました。ユーザーがどのようなキーワードを検索しているのか、そのキーワードをどれくらいの回数で検索しているのかといった情報も、アクセス解析を行うことでわかるようになります。例えば「風邪が治る味噌汁」という検索ワードが急増したことがあり、「こんなキーワードで検索されているのか」というような怪しい健康情報を求める人の多さに驚いたことも。こうしたフィードバックを得て、多くの人々のニーズに応える情報、より信頼性の高い情報を発信できるようになりました。

患者の負担を減らすために、医師と患者の情報格差をなくしたい

実を言えば、Webサイトを立ち上げる前の2013年頃には新聞の投書欄を通じて医療情報を発信していた時期もありました。病院を訪れるのは中高年の方が多いので、ネットよりも新聞のほうが効果的だと考え、投書をしていたのです。

その背景にあったのは、医師と患者さんとの間に横たわる情報格差です。当時私は、救急医療で名が知られた神戸市立医療センター中央病院で研修医をしていました。次から次へと救急外来に運ばれてくる患者さんをほぼ徹夜で診療するのですが、大半が緊急性の高くない軽症の患者さんなのです。夜中にわざわざタクシーでやってくる患者さんも、たくさんいました。これでは患者さんの負担も大きいでしょうし、付き添いの家族も真夜中に駆り出されるのは大変です。「この症状なら市販薬でしばらく様子を見よう」「これなら翌朝の外来診療を受ければいいだろう」と、患者さん側でもう少し判断できないものかと考えるようになりました。そこで、少しでも患者さんに役立つような情報を、新聞に投書するようになったのです。

また、医師が患者さんと会話できる時間は限られているため、よりきめ細やかに情報を伝えたいという思いもありました。と言っても、難しい専門知識まで知っていてほしいわけではありません。例えば、がん治療の種類やがん検診などの基本的な知識、医師に対する患者の誤解など、患者さんが知っていればもっと得をする情報はたくさんあります。こうした情報の差、医師と患者さんの溝を埋めるために、情報発信をしていたのです。

現在は中高年の方でもネット検索しますが、それでもやはり新聞やテレビから情報収集する方が大多数。新聞だけ、ネットだけに偏らず、さまざまなメディアを通じて情報を発信することが大切だと感じています。

 

研究が進むにつれ刻々と変わる評価 コロナ禍における情報取得の難しさ

新型コロナウイルス感染症が拡大してからは、特に情報発信・収集の難しさを感じています。なにしろ未知の感染症ですから、当然のように情報が錯綜します。感染症の専門医であっても、何が正しくて何が誤っているのか簡単に答えが出せません。しかも第一線で活躍する専門医は、テレビに出演したり取材を受けたりする時間を十分にとるのも難しいはずです。まだあまり信頼できない情報がマスメディアで強調されることも多く、情報に偏りが生じていました。

その後、論文が発表されたり、臨床試験が行われたりして徐々に知見が集まってきました。すると、以前は正しいと思われていたことが、実は正しくなかったとわかるケースも当然ながら出てきます。例えばマスクも、当初は感染予防の効果が薄いのではないかと言われていましたが、無症状の患者さんがマスクをすることで二次感染(別の人に感染させる)を予防できるという知見が出てきました。それによって、マスクに対する評価が変わったのです。

このように、医学を含む科学の分野では、絶えず情報がアップデートされてきました。例えば私が子どもの頃は、ケガをした時に傷口に消毒薬を塗っていました。しかし、今では消毒をすると、かえって傷の治りが悪くなるというのが定説です。風邪の予防に有効だと言われていたうがい薬も、実は予防効果は乏しく、水うがいの方がよいことがわかりました。何年もかけて知見が集まり、それまでの常識が見直されたのです。

しかし、人類が新たな感染症に直面したコロナ禍においては、こうした変化が極めて短期間のうちに起こります。1ヶ月前と今とで正しいとされる情報が変わることも、珍しくありません。科学的な考え方に慣れている人にとっては当たり前のことですが、そうでない人は「専門家なのに発言がコロコロ変わる」と不信感を抱くこともあるでしょう。その結果、首尾一貫して同じ考えを主張する人を信奉し、意見や評価を変える専門家を「信用できない」とみなす負のスパイラルが生まれてしまいます。医療においては、常に100%正しい答えがあるわけではありません。すべての評価はグレーであり、その濃淡でしかないのです。こうした認識を広めることも、非常に重要だと感じています。

 

不確かな情報に惑わされないよう、出典の確認を

では、このような状況下において、看護師をはじめとする医療従事者が最新かつ適切な医療情報を得るにはどうすればよいのでしょうか。その指針になるのが、情報の出典です。新しい情報が発信された場合、きちんと査読された論文から引用されたものかどうかしっかり確認する必要があります。たとえ専門家からの発信であっても、論拠のない主張であるならそれは個人的な見解にすぎないと考え、判断を保留しなければならないのです。

とはいえ、看護師のみなさんが論文一つひとつをあたるのも難しいでしょう。そういった際は、学会や厚生労働省、国立感染症研究所などの公的機関からの発信を元にした情報を取得するのがおすすめです。これらから発信される情報は必ず出典が明示され、頻繁に更新されるからです。また、感染症関連の情報であれば、Twitterや「Yahoo!ニュース個人」で出典をきちんと明示しながら慎重に情報発信している感染症の専門家が多くいます。そういった方々から情報収集すると、バランスの良い情報を得られるのではないかと思います。

後編では「看護師による発信」をテーマに、看護師ならではの情報発信のポイントや、5G時代に向けたこれからの医療情報についてお聞きしました。

山本健人

京都大学大学院医学研究科、消化管外科

2010年、京都大学医学部卒業。複数の市中病院勤務を経て現在、京都大学大学院医学研究科、消化管外科。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで、医療情報サイト「外科医の視点」を運営するほか、「時事メディカル」「Yahoo!ニュース個人」などのWebメディアで連載。TwitterなどのSNS、YouTubeでも情報発信にも意欲を見せる。著書に「医者が教える正しい病院のかかり方(幻冬舎)」「もったいない患者対応(じほう)」「医者と病院をうまく使い倒す34の心得(KADOKAWA)」など。

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