インタビューアーカイブ

2021/1

社会が激変する今こそ、看護の現場を変えるチャンス ニューヨーク在住看護師と考えるwithコロナ時代の看護

ニューヨーク市内の病院で、ICU看護師として新型コロナウイルス感染症に対峙する岩間恵子氏。壮絶なパンデミック第一波を乗り越える過程では、院内の各スタッフが創造力を発揮し、さまざまな工夫を凝らしたそうです。第一波において行った改善策、日本がアメリカに学ぶべき点、withコロナ時代の看護の在り方について、岩間氏から日本の看護師をエンパワーする力強い言葉をいただきました。

岩間 恵子

ペース大学 助教授 / マウントサイナイ モーニングサイド病院 臨床看護師

パンデミック第一波から学んだ「創造力」の重要性
医療現場で行ったさまざまな改善策

前編はこちら

私は、ニューヨーク市内で新型コロナウイルス感染症に対応するICU病棟の看護師です。2020年春のパンデミックでは、目の前で次々に患者さんが亡くなるつらい経験をしてきました。そんな第一波で学んだのは、「Creativity(創造力)」の重要性。その実例をいくつかご紹介します。

・病室に入らずにケアできるフロアアレンジ

院内感染のリスクを減らすには、患者さんに触れずにケアを行うことが重要です。私が勤務する病院はICU病室がガラス張りになっており、病室に入らずとも廊下から患者さんの様子をうかがえます。さらに、点滴の輸液ポンプに延長チューブを付け、廊下に設置。いちいち病室に入って点滴バッグを替える必要もなくなりました。採血も室外から行えるようになっています。ほかの病院では、人工呼吸器のコントロールパネルも廊下に設置し、廊下から調整できるようにしています。こうした取り組みは全米に広がり、今では点滴のポンプを室外に置く病院が大半を占めています。

▲COVID_ICUでのお写真 点滴の輸液ポンプに延長チューブを付け、廊下に設置した

・ICU看護師不足を補うチームナーシング

ICU看護師が不足した時には、人員を補うためにチームナーシングが導入されました。一般病棟やステップダウン病棟のナース数名とICU看護師がチームを組み、複数の患者さんを担当。ICU看護師は人工呼吸器や点滴量の調整を行い、ほかの看護師は記録を取ったり血糖値を図ったり、身体看護を中心に行いました。チームを組むナースは、常に同じメンバー。一緒に働くうちに信頼関係も生まれてチームワークも高まり、仕事の効率も大きく上がりました。

・院内教育とスーパーユーザーの活用

アメリカの病院には、患者さんを担当せず、院内教育を専門に行う看護師がいます。患者さんの治療にはさまざまな機器を使用しますが、新人看護師には使用方法がわかりません。そこで、ICU、小児など各分野の専門知識を備えた院内教育専門の看護師がさまざまなオンラインツールを提供し、パンデミックのさなかにおける教育をサポートしてくれました。また、新たな機器などを導入する際には、数名の経験豊かな職員を特別にトレーニングし、その方々がスーパーユーザーとなってほかの病棟のスタッフに教えたり、セッティングを手伝ってくれたりしました。全員そろって同じ教育を受ける必要がなく、業務の効率化につながりました。

・無駄を省く効果的な分業制

アメリカの医療現場は分業制です。医師は、治療方針を決めて指示書を書き、患者さんの家族と治療について話し合います。一方看護師は、主に患者さんのケアを行います。

この点は日本もアメリカも共通していますが、アメリカの看護師は日本に比べるとより多くの処置ができます。人工呼吸器の調整や抜管、動脈血の採取と分析も看護師の役割です。こうした処置を行いつつ、患者さんの病状を観察し、医師に伝えて意見を交換します。医師も看護師を信頼しているため、患者さんにとってより良い治療を行うことができています。

また、清掃や食事のスタッフも、看護師とは別に存在します。清掃スタッフはパンデミックのさなかでもマスクとフェイスシールドを装着し、病室の床を拭いてくれました。調理部のスタッフは、患者さんに食事メニューを聞いたり、配膳したりしてくれました。こうした役割分担ができているからこそ、私たち看護師は自分の仕事に専念できたと言えるでしょう。

・仕事の効率を上げるツールの活用

さまざまなツールも、看護師の仕事の効率アップに貢献してくれました。例えば「Amazon Echo」のようなスマート機器。このツールを使うと、ボタンひとつでほかの看護師とコミュニケーションを取ることができます。物品が足りなくなった時にわざわざ隔離室から出てガウンやマスクを取ることなく、同僚を呼んで必要なものを持ってきてもらったり、助っ人が必要な時に病棟内の看護師全員にメッセージを伝えたりできて、大変便利でした。

 

医療従事者の燃え尽きを避けるには
無駄を省き、職務に専念できる環境づくりが必要

パンデミック第一波が収束したあと、日本の状況についても学びました。日本とアメリカのネットワークを構築し、なんとか日本に貢献できないかと私にとって新たな目標も生まれました。

日本の看護師から話を聞き、私が最も大きなショックを受けたのは医療従事者に対する差別があったことです。アメリカでは、そのような差別は一切ありません。アメリカの世論調査によると、ナースは「最も信頼度の高い職業」のナンバーワンに18年連続で選ばれています(※1)。こうした土壌があるため、差別が起きにくいのだと思います。逆に言えば、差別があるということは、日本では看護師の社会的地位があまり高くないのではないか、看護師が重要な職業だと認識されていないのではないかと大変悲しく感じます。次世代のためにも、看護師の働きを社会に広め、その重要性をより多くの方々に理解していただくことが重要だと思いました。

日本で新型コロナウイルス感染症の対応にあたる看護師は、とても大変な思いをしており、燃え尽きて離職するケースもよく耳にします。アメリカと労働環境を単純に比較することはできませんが、それでも日本の看護師はひとりが抱える仕事量が多すぎるように感じます。床掃除から食事の配膳まで、すべてが看護師の仕事。そのため患者さんのケアがしっかりできず、理想と現実のギャップに悩んで辞めてしまう方がいるのかもしれません。

もうひとつの問題は、看護師の労働環境です。アメリカでは多くの病院で、12時間勤務の2交代制を採っています。しかも、昼も夜も同じ人員配置なので、顔を合わせるメンバーはいつも同じ。そのため、効率良く仕事ができます。同僚の中には、昼間はお子さんと過ごし、夫が帰宅したら育児をバトンタッチして夜勤に出る方も。仕事とプライベートを無理なく両立できるため、子育てでキャリアを中断することもなく、65歳まで働いて定年退職する方も数多くいます。私の場合、週3日フルタイムで働きながら休日に大学院に通い、修士・博士課程を終えることができました。日本の場合は超過勤務が多く、看護師も疲弊しているように見受けられます。簡単に解決できる問題ではありませんが、できるだけ無駄を省き、他部署とのチームワークにより看護に専念できる環境を作っていくことが重要ではないかと思います。

※1 https://news.gallup.com/poll/1654/honesty-ethics-professions.aspx

 

第一波の教訓を生かし、常に最悪の事態を想定
物品と人員を確保し、余裕のある看護を

現在、ニューヨークでは新型コロナウイルス感染者数が増加傾向にあります。ICUに入る患者さんも増えていますが、2020年12月時点ではなんとか乗り越えられるのではないかと考えています。第一波を経て私が学んだのは、いつでも最悪の事態を想定して準備をすることの大切さ。第一波ではマスクやガウンなどの物品が不足し、それによって同僚や彼らの愛する人が亡くなりました。こうしたつらい経験が、私たちの大きな学びになっています。現在は、どの病院でも最低90日間はサバイブできるよう、院内の倉庫に物品が備蓄されるようになりました。

ニューヨーク州知事の計らいで、病院間のネットワークも構築されました。第一波の時は、ひとつの病院に患者さんが集中することもありました。都心の病院は満床でも、郊外の病院ではまだ多少の余裕がある。こうした時に、患者さんをうまく分配できるようネットワークが作られ、パンク状態を避けられるようになったのです。また、病棟内のチームワークが深まったことで、院内でも互いに助け合う風土が生まれました。

私自身の看護観も変化しました。最大の変化は、第一波の経験を踏まえ、これからの看護師の在り方について考えるようになったこと。パンデミックは、いつまた起こるかわかりません。看護師の労働環境をどのように整えていくか。未来の看護はどうあるべきか。そして、次の世代のために何ができるのか。こうした問題を考える機会が増えました。現在アメリカでは、労働環境の改善、仕事のさらなる効率化を目指し、看護師たちが声を上げています。第一波の収束時、病院は経済的な打撃を受け、病棟に配置する看護師の数を減らしてコストを抑えようという政策が持ち上がりました。しかし、人員が不足すれば、私たちは安全で十分なケアができません。そこで「必要な人員と物品を与えてほしい」と看護師みずからが声を上げ、病院と話し合いながら第二波に立ち向かっているのです。私たち看護師が中心になり、これからの病棟を作っていかねばならない。そんな思いを強くしています。

 

看護現場の環境を変えるため
次世代に向けて種を撒く

アメリカの看護教育に関する方針は、アメリカ看護大学協会「The American Association of Colleges of Nursing(AACN)」が策定しています。同協会が2008年に打ち出した「The Five Core Professional Nursing Values(看護師のプロとしての5つの価値)」は、以下の通りです。

 


「The Five Core Professional Nursing Values(看護師のプロとしての5つの価値)」

 

Human Dignity  : 人権の尊重、患者さんを擁護すること
Integrity   : 倫理、道徳
Autonomy   : 自律性
Altruism  : 利他主義
Social Justice  : 社会の弱者を守ること、弱者を守るために社会を変えていくこと


私が最も重要だと感じるのは、5番目の「Social Justice(社会正義)」です。看護師は、病棟内で自分の担当患者と向き合う時間が長いため、狭い価値観に捉われがちです。しかしAACNは、より広い視野を持って社会に目を向けること、弱者を守ることの大切さを謳っています。その背景には、アメリカでは貧富の差が大きく、社会的弱者が満足に医療を受けられないという現状があります。パンデミックが起きた時も、低所得者層、黒人や移民の死亡率が、白人に比べて約2倍も高かったそうです。「Social Justice」には、こうした方を支えるために社会を変えることも含まれます。実際、低所得者が十分な医療を受けられるよう、法改正に向けて看護師たちが強く訴える活動も行っています。学生時代からこうした方針を教わることで、看護師としての自負、社会貢献への意識にもつながっていると感じます。

アメリカの長所ばかり語ってしまいましたが、日本の看護師にも世界に誇れる特長があります。それは、患者さんに寄り添うきめ細やかな看護です。清拭ひとつとっても、これほど丁寧に行う国はありません。患者さんを包み込むような、丁寧な対応は「おもてなし看護」として世界に発信すべきだと思います。日本の方は遠慮深く、自分の仕事をなかなかアピールしません。看護とはどんな仕事なのか、どれほど社会貢献しているかアピールすることで、看護師が尊い職業だと広く知られることにつながるのではないかと思います。看護師をしていると言うと、日本ではまず「大変ですね」と言われます。でも、「素晴らしい仕事をしてくれてありがとう」と感謝される職業であってほしい。私も微力ながら、アメリカの情報を発信したり、どうすれば日本の看護が発展するか話したりすることで、力になれたらと思っています。

アメリカと日本では医療制度も違い、一概に比べることはできません。「アメリカは恵まれている」と感じる方も、少なくないと思われます。とはいえ、アメリカの労働環境も、先人が頑張って勝ち取ってきたものです。社会構造や文化の違いはあれど、日本でもできない理由はありません。確かに道のりは険しく、私が生きている間に日本の看護師をめぐる環境が大きく変わることはないでしょう。それでも大事なのは、種を撒くことです。次世代へと思いをつないでいけば、いつか大きな山を越えられるはず。新型コロナウイルスによって社会が大きく変動しつつある現在は、考えようによっては大きなチャンスです。災いに見舞われたあと、どのように未来の発展につなげるか、みなさんで考えていくべきだと思います。

 

第一波の経験を踏まえ、コロナ病棟で働く看護師のためのオンラインプログラム「プロジェクト・フローレンス」が立ち上がりました。私が勤務する病院で院内教育を担当する方が、スウェーデンのAI教育ツール会社Sana Labsと共同開発した学習プログラムです。 新型コロナウイルス感染症の患者さんに対し、どのような治療方針があるのか、どうやってケアをすればいいのか、問題を解くことで最新知識が身につきます。 このプログラムは、日本語版も無料提供しています。これは、当プログラムを日本の看護師にも伝えるべきだとした数名の日本人看護師が、Sana Labs と共同で日本語訳をしたことで実現しました。現在までに約1,680名(2020年12月30日時点)の看護師に使っていただいています。一般病棟で働く看護師や看護学生にも勉強になるため、ぜひご利用いただきたいです。

岩間 恵子

ペース大学 助教授
マウントサイナイ モーニングサイド病院 臨床看護師

東京生まれ。ルーテル学院大学で社会福祉を学び、ソーシャルワーカーに。その後、看護専門学校、聖母大学(当時/現・上智大学総合人間科学部看護学科)助産学専攻科に進学し、看護師・助産師に。2004年に渡米し、ニューヨーク市のマウントサイナイ医科大学付属病院で看護職に就く。フルタイムで勤務しながらアデルファイ大学 看護学部博士課程修了。ペース大学 助教授に就任。

SNSでシェアする